はいおわりおわり
今日の仕事も終わり、診療所を出て孤児院へと歩く。
僕の聖魔力が案外多い事が明るみになった関係で、今日は僕が多目にヒールする役割分担となった。緊急時を考えると診療所に残る面々に魔力を残しておいた方が良いという理屈だ。
そうなると昨日よりもよりたくさんヒールを使う事になる訳で、当然マリアの追及も激しく……となりそうな所だが、そこは持ち込んだ本が上手く働いてくれた。
マリアも一言目には僕の変に多い聖魔力を指摘するのだが、こちらが読書の邪魔だと告げると、追及もそこそこに「読書なんていいからお話しましょうよ」などと肩を揺さぶりだす。
要は彼女は第一に暇を持て余したくないだけであって、そこにいくと僕の魔力の不自然さなんて二の次なのだろう。つまりこちらが突っぱねている限りは彼女の関心はそれている。悩ましかったマリアの対処も案外簡単に解決しそうで、足取りも軽くなる。
「てめー、なあなあで済ませるのもいい加減にしやがれ!」
と、そこに近くの建物から壁を突き破らんほどの大声が聞こえてきた。音の発生源は……冒険者ギルドの中だ。そしてなんだか聞き覚えのある声。ドアを軽く開けて、中を覗いてみる。
「いつまで経ってもダンジョン調査員の数が圧倒的に足りねえ! 雑用仕事だって軽く見てんのか? 俺はいつまでボランティアで危険の最前線に立ち続けりゃいいんだあ?」
「や~、そうは言ってもジョシュアさん、ギルド職員って不人気でさあ」
やはり怒鳴っているのはジョシュアだった。そして対応しているのはたった一人のギルド職員か。
「てめーがアピールできてねえから不人気なんだろうが! なんならいつもみてーに他の町に広告出せばいいじゃねーか、金を出し惜しむんじゃねえよ!」
「ああそうかなるほどなあ。いやあ俺も一人だからそこまで手と頭が回らなくてなあ」
「これを一週間前にやってりゃその人手も足りてたんだがな! あとモンスター素材の輸送が滞って倉庫が埋まりそうらしいじゃねーか! それから……」
一つ話が終わった後もジョシュアの言葉が尽きる事は無い。ギルド職員に対してまくしたてる彼を奥に、そっとドアを閉じる。
「あいかわらず正論が好きなやつだ」
つまらない気持ちで僕はまた孤児院へと歩き出した。そりゃ現状を見渡して改善点を探るのは良い事だろう。だがそれを良しとして居丈高に喋る人間に、人の心がついてくるだろうか。
もやもやした気持ちを頭の中でこねくり回していると、気付けば孤児院に辿り着いていた。庭で院長が剣の素振りをしており、孤児達が窓から顔を出してはしゃいでいる。
「おお、ライトじゃないか! おかえり!」
僕はその院長の剣を振る様を見て、更に顔をしかめたい気持ちになった。院長が持っている剣、それは僕がバリオンで手放したのと同じ炎の剣だった。
「良い剣だろ、これ。これから先必要になるかもしれないからってジョシュアがくれたんだよ」
「院長かっこいいー!」
「すっげえよな! 剣が燃えてるんだぜ!」
幻想的に光る炎の剣に孤児達も興奮しきりである。ああ確かに良い剣だよな。炎魔力を込めるのをトリガーに刀身から火を噴きだす、優秀な魔道具だ。僕も重宝してたからよく知っている。
「あの子の言う通り、孤児院に魔物が来ないとも限らないからねえ。いや久々に剣を振ると冒険者時代を思い出すよ!」
なるほど、確かにその剣はこれから役立つかもしれないだろう。だがパーティーの財産なんて言って僕から取り上げたものを孤児院に流しているのはどういう事だ。
「ほんとジョシュアはよく気が付くし頼りになるね。あの子が帰って来てくれて村も引き締まった感じがするよ」
心底ありがたそうな顔でジョシュアを褒める院長から目を背ける。聞いているだけでもやもやに胸が潰されそうだ。院長はジョシュアが僕よりよっぽどありがたいらしい。
「僕は私情は抜きにしてもジョシュアの言動はどうかと思うけどね。今日もギルドで偉そうに職員に注文を付けていたが、ああいうのが好きになれないんだ」
子供たちに聞こえないように、院長に自分の気持ちを告げる。ジョシュアは仮に必要な事をしているとしても、決して手放しで褒められた存在ではない。
「ん~? まあそれは仕方ないじゃないか」
院長の返す言葉に自分でも驚くほど失望する。
言うに事欠いて「仕方ない」だって? 何故どいつもこいつもジョシュアを庇い立てするんだ。やつの傍若無人な振舞いが何故こうも見過ごされる。パーティメンバーを追放しようが、村で偉そうにしようが奴の自由って事なのか?
「だってノウィンの改革のために金出してるのはあの子なんだからさ」
院長が事も無げに言う。改革のために金を出してりゃ口を出してもいいのかよ。金さえ出してりゃ……改革のための金を……。
「は?」
今なんて言った? ノウィンのために金を出している? 改革のために?
唐突に聞いたことのない話を持ち出されて困惑しつつも、頭の中では昨日から今日まで見てきた様々な光景が思い起こされていく。村内の活気あふれる空気、外から呼びこまれた冒険者、デザインの凝った張り紙。何故かそれが急速に一本の線で繋がってしまったような、そんな寒気にも似た感触がざわざわと背中を駆け登っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます