絶望の身内待遇
「はー……なんだ? これがノウィンのギルドか?」
記憶通りの位置に記憶通りにギルドが立っていたが、外見が記憶通りではない。昔は人気の無さを隠そうともしない古臭い建物だったが、今は綺麗に磨かれて表にやたら張り紙をしている。
「『冒険者ギルド! 現在ノウィンでは冒険者大募集中! 依頼料金割り増し!』 ……ふーん」
ギルドの中から多少の人の声が聞こえるが、これに釣られて村の外から冒険者がやってきているのだろうか。
中に入ると、掲示板の前で5、6人の冒険者が依頼の品定めをしていた。バリオンのギルドに比べると閑散とした事この上ないが、それでも二年前を知る者としては人がいるだけで感心してしまう。
「やあいらっしゃい坊や。冒険者登録かい?」
40代くらいのくたびれた印象の男が受付で対応してくれる。やはりバリオンのギルドと比較すると肩の力が抜けているというか、なんというか村内のノリだ。
「そうですね、バリオンから来ました。元々はBランクパーティに所属していましたよ」
「へー! Bランクとは凄いじゃないか!」
受付の男が大きな声で驚くと、掲示板前の冒険者達も一目置くような疑わしそうな視線をこちらに向けてくる。なんというか肩の力を抜くのも程々にしてほしいというか、あまり個人の情報を吹聴するのはやめろ。
「ちなみに何ができる? 場合によってはわざわざ危険な冒険に出向く事もないぞ」
「というと?」
「村に滞在する冒険者の数が急激に増えてきたんでねえ、あちこちで人手が足りてないんだ。たとえば事務仕事ができるなら職員になれたりもするぞ」
「ふーん」
冒険者になりにきた人間にそれを勧めるという事は、そっちの方が供給が足りてないのだろう。職員はバリオンで経験済みだし、ダンジョンを他の冒険者が掃除してくれるなら僕は事務員になっても良いかもしれない。
……て、あれ? そもそもなんか普通にギルドに来ちゃったけど僕がやろうとしてたのってこういう事だっけ? もっと根本的に全部なんとかするつもりだった気が……。
「特に今一番人手不足なのは診療所だね。回復魔法を使える人間が圧倒的に足りないんだよ」
「あ、じゃあそれで」
足りないと言われて深く考えずに即決する。まあどうせどこに就いてもダンジョンは片手間でサクッと攻略できるのだから、まずは埋めがたい穴を埋める事にしようか。
「助かるねー! 学者もヒーラーもみんなこぞって冒険に出たがるからさ!」
「まあ冒険する舌になってるんですかねえ」
「へえー」
みんな冒険者としてギルドに来ている訳だから、割が良いとはいえ他の仕事を手助けする人間も少ないだろう。僕もこの町を出たときは冒険の事しか考えてなかったから少しは気持ちがわかる。
「あれ? 君、もしかして数年前にバリオンに旅立った子かい?」
「え? まあはい」
どの辺で気付いたのか、僕の素性を当ててくる。まあこの人の事は良く知らないが、村で長年ギルドを管理してきたのであれば僕達の事を知っていてもおかしくはない。
「つまり村のために来てる訳だよな?」
「そう……ですね」
なんだか不穏な問いだが、ここで否定するのも心が苦しいので素直に肯定する。
「実はな、宿屋とか民宿とか待遇の良い寝場所は金目当ての冒険者に割り当てようって事になってるんだ」
「は?」
「悪いけど、村のために来たなら他に泊まってくれないかな! 君は孤児院出身だよな? 院長に頼めば泊めてくれるだろう!」
「えっ」
とんでもない事を言われて絶句してしまう。僕はできるだけ昔の知り合いと関わらずにひっそりと働きたかったのに。
「あの、医者の家に泊まれたりは……」
「悪いね、外から来たヒーラーが既に一人泊まってるんだ! そっちは村ゆかりの人間じゃないしさ、優遇してやってよ!」
そりゃ外から来た人間に居着いてほしいのはわかるが、だからって故郷を救いに来た人間を旧友の巣窟に叩き落すなんてどうかしてる。孤児院にステラに憧れていた子供がどれだけいるかわかってるのか? 死ぬほどいるぞ、死ぬほどだ。僕は今夜きっと死ぬ。
「よし、宿の件も片付いたしさっさとお医者先生のとこ行った行った! ギルドも職員一人で忙しいんだから!」
雑に手で追い払うしぐさをされ、ギルドを出ざるを得ない。実際、頼るべき場所がちゃんとある以上は限りある宿泊施設を僕が埋める訳にもいかないだろうが。
に、したって……それにしたって。
やはりノウィンはバリオンほど優しくは無い。いるだけで形容しがたい痛みが体中を走り抜けていく。
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