絶望のノウィン入村
バリオンは栄えた町であり、商店に行けば思い描くたいていのものは手に入る。たとえば今僕が覗いている望遠鏡もバリオンで買ったものだ。
森の中からレンズ越しにノウィンの様子を確認する。もしいきなり村に入って全ての村人たちが絶望の表情を浮かべて呪詛を振りまいていたとすれば、今の僕が耐えられる保証は無い。だから絶望の表情はまず村に入る前にここで見ておく必要があるし、なんなら呪詛の方も読唇術を駆使して先に解読しておいた方が良いだろう。
「……でもよく見えないな」
というか、どうも歩く人々を望遠鏡でとらえるという慣れない操作が難しい。止まっている人間だって無駄に森の方を向いていてはくれない。そもそも町の市場じゃないんだから、外を歩く人だって物凄く多い訳ではないのだ。
「よく見えないが……少なくとも遠目には普通に生活しているように見える」
かといってダンジョンの脅威に晒される村民の心境が穏やかな訳がない。さすが絶望の本拠地であるノウィンは一筋縄ではいかないようだ。僕を絶望の光景に慣れさせてはくれない。絶望のナイフは心の奥底に隠れ、飛び出す機会を伺っているのだろう。
「仕方ない……突入するか」
ここで手をこまねいていても仕方がない。表面的に普通の生活を続けているなら、それを最大限額面通りに受け取らせてもらおう。なんだ意外と普通のムードじゃないかとすっとぼけた顔で大手を振って村を歩く作戦で行く。
さてここから村に入るとして、その手段はもちろん徒歩では駄目だ。だって僕は馬車で来たのだから。入るとしたら馬車でないといけない。
だがもちろんここには馬車は無い。馬車は無いのに、歩いて入る訳にもいかない。どちらを選べど必ずケチが付く。となると残された答えはただ一つ。
「当然!
Sランクパーティに所属する普通の達人ですら、本気で走れば常人には目にもとまらぬ速度を出すという。ならば速さ9999の僕であれば? 聞くまでもない。僕はこのノウィンの中に
そしてここで重要なのは場所だ。姿を現すのはできるだけ咄嗟に吐いても迷惑がかからない場所。民家に近いと嫌な顔をされるのは必定。となると……。
「村はずれの林!」
森からノウィンへの距離を一瞬で駆け抜けた僕は、村の内部を最短ルートで林に向かう。あそこはちょうど林が人の視線を吸収してくれるため、突然現れても気付かれにくい。最後に目印の一軒家を曲がったところで目的の林に到着し足を止めた。完璧!
「う!?」
得意げに両手を上げて静止した僕の前に広がった光景は立ち並ぶ木々ではなかった。木々ではなく、テントだ。まっさらな空き地めいた広場にテントが二つほど立ち、そのそばに合わせて三人の人間が立ち尽くしているのが見える。
「……あれぇ? 君、何してんだそこで?」
「びっくりしたー、なんか急に出てきたわね」
「音も立てずにぬっと居るなよ、びびるだろうが」
どういう事だ!? ここは林だったはず……いや、二年で切り開かれたのか! いずれにせよこのタイミングで人に見られたのは計算外だ。何も説明の言葉を用意していない。
「ああそうか、君も冒険者だろ。村のギルドはそっち行ってすぐ見えてくるでかい建物だよ」
「え?」
合点がいったとばかりに一人の男が情報をくれる。よく見ると筋骨隆々なその体はいかにも冒険者然としている。年齢的にも結構年季が入っていそうだ。
「泊まる場所ならここよりもっと良い場所を手配してくれるわよ! ほら行ってきな僕!」
「あ、はい……どうもです」
よくわからないが村民ではないなら大丈夫だ。村の地理なんて当然把握しているのだが、礼を言って示された方へと歩いていく。
ステラがいる時は閑古鳥が鳴いていたギルドが今は動いているらしい。当然と言えば当然だ。蔓延るダンジョンはなんとかしなくてはいけないのだから。
ただ、この村の税収で遠くの冒険者が集うほどの依頼金を設定できるとはあまり思っていなかった。さっきの冒険者は何処から来たのだろう。普通はバリオンで仕事する方が実入りが良いはずだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます