絶望のヒール解説!

「あー、もうちょいもうちょい……あーこれくらい……いやうーんまだかな、もう少し……よし、そこでストップ!」


 マリアにヒールを掛けられている冒険者がヒール計を見つつ切り上げのタイミングを伝えてくる。マリアもやはり慣れたもので、フェイントのような指示にも動じずにストップの声と共に回復を終了する。


「はい、二人とも完了ですねー。合わせてメモリ200くらいですし、銀貨20枚でいいですよ」


 正確には205だったメモリを雑に丸めて200換算で集計するマリア。実際ヒール計は完全に正確に計れるものでもないので、端数をおまけする事は珍しくない。


「ふいー、魔力が大分回復したな」


「ありがとねお姉さん! また明日もよろしく~!」


 男女の魔法使いが満足げな様子で部屋を出ていった。おそらく既に顔見知りなのだろう、マリアも笑顔で手を振って見送っている。


「一人メモリ100って事はDランクパーティってとこかな」


「そうですね、彼らはDです。Dくらいまでは簡単に魔力を回復できるから良いですよね~」


 ヒールという魔法には主に三つの効果があるとされている。怪我の治療、体力の回復、そして魔力の回復だ。つまりパーティ内で万全に怪我や体力を回復できる一般的な冒険者パーティからは必然的に魔法使いが診療所へと足を運ぶ事となるのである。


「なんなら更にヒーラーが他の魔法使いの魔力を回復して、ヒーラーだけが診療所で魔力を回復してもらうみたいな事も多いですね。これヒーラーの辛い所なんですよね~、冒険の後も一人だけ残業みたいにセルフケアに努めなきゃいけないんですよ~」


 確かにパーティを結成した初期は冒険が終わった後にマリアだけがギルドに残ってヒーラーに掛かる事は珍しくなかった。ノウィンの診療所は空いているから良いが、ギルドのヒール治療はいつも混んでいて大変そうに思っていたな。


「しかもこういうヒーラーの努力、意外に知られて無いんですよねえ。中には魔力なんて一晩寝たら全快すると思ってる人もいますし。そんな事ある訳ないじゃないですかー!」


「はは、よくある笑えない話だよな。まあ冒険しない人たちは普段そんなに魔力を使わないからな」


 まあそれにしたって神秘の源たる魔力がたった一晩で全快するわけがないし、まったく常識的に考えてほしいものだ。ちょっと寝れば全て元通りなんて創作上の英雄譚に毒され過ぎだろう。


 え、じゃあ何晩で全快するのかって? そんなの二晩に決まっているだろう常識的に考えて。まったく常識が無いのか、まったく。


 つまりこの手の診療施設はダンジョン攻略の回転率を上げる上で非常に重要な役割を担っている。なにせ連日と隔日では効率に二倍の差が出る。もちろん冒険者だって休みは取るので毎日診療サービスを利用する訳ではないが、それでもあると無いとでは計画の立てやすさに雲泥の差が出るだろう。


「それにしても、この診療所で働くようになってからの生活は大分穏やかになりましたねー。儲かる冒険者生活を捨てて診療所のヒーラーになろうとする人達の気持ちもわかりますよー」


「そうだな、冒険に強い憧れが無ければ診療所ヒーラーやギルド職員で良いんだよな」


 魔力が一晩で回復すると思っているような一般市民は次にこう疑問に思う事だろう。「診療所のヒーラーが大勢の冒険者の魔力をぽんぽん回復しているみたいだが、何故そんなに魔力がもつんだ?」と。答えは簡単、大勢の冒険者の魔力をぽんぽん回復できるようなヒーラーが診療所のヒーラーをやるのである。


 例えばFランク冒険者パーティのヒーラーが魔力が尽きるまでヒールし続けたとして、ヒール計が示す強度は20程度。それがEになると50、Dだと200。Cは500となり、Bに至っては2000となる。そしてこの中で診療所ヒーラーをやるのはBのヒーラーだ。


 要は上級ヒーラーによるパワープレイ(?)で下級冒険者達のコンディションを常に全快まで整えてやろうというのがこの手の診療サービスのコンセプトである。FランクとBランクでは内包する魔力に100倍近くの差がある。Bランク所属のヒーラーが一人いれば、Fランクの魔法使いを100人近くは回復できる計算なのだ。(※一つの魔法属性しか使えない冒険者の魔力を半分回復させるとした場合の人数)


 もちろんBランク1人とFランク100人のどちらが貴重なのかという話には諸説あるが、そもそも回復魔法の使い手というのは冒険者ばかりでもないし、五体を失ったり老齢で引退したヒーラーは診療所勤めがちょうどいい。冒険者パーティとしてやっていける余力のあるヒーラーが診療所勤めへと転職するケースは一般的なイメージほどは多くないのである。


「まあ私だったらヒーラーよりは学者になりたいですけどね~。せっかく自分自身が高レベルの魔法使いになれたんだから、セルフでいろいろ試せば研究が捗りますよ~」


「ふーん頑張って」


 ちなみにこれも学問以前の常識オブ常識の話なのだが、魔力というのは火の魔力、水の魔力、雷の魔力といった具合に属性ごとの魔力がそれぞれ独立して体内を循環している。


 そしてその中で聖の魔力を源とするヒールの魔法はそれら全ての魔力を漏れなく回復する。怪我の治療、体力の回復、欠けた魔力の補填、ヒールの回復はその三つの内の必要なものへと無駄なく使われる。


 最下級の聖魔法使いでも使えるヒールという魔法が何故これほどの複雑な挙動を示すのかは、魔法界隈でも長年の議論の的であった。一説によるとその答えは生物の構成要素の一つ、魂にあるとも言われている。


 そもそも人間は自然に過ごしていても段々と体力が回復するし、怪我も治るし、魔力も回復する[要出典]。それを一手に担っているのが魂[要出典]という目に見えない器官だと一部の学者[だれ?]によって提唱されているのだ。[独自研究]


 つまりヒールという魔法はただ魂に力を与えて元気にするだけの魔法であり、複雑な魔力の采配などは魂が勝手にやってくれているという事である。実際、魂と呼ばれる不定形の何かの事は「あるらしい」という事以外は現状よくわかっていないため、体のケアのような役割を担っていたとしても不思議ではない。


 以上、元冒険者ライトによる常識談義である。ちなみに目の前の女はこの手の事を全部知っているので、僕がこの場で声に出してうんちくを語るような事は決して無い。ただ想像上の一般市民に対して教鞭をふるうのみである。

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