絶望の手際の良い治療

 先行するマリアに付いていくと、『ヒール室』というひねりの全くない文字が書かれた部屋が見える。ドアが開いて固定されたその部屋に、僕はマリアと一緒に入っていく。


「ここが治療室ですよ! 回復魔法が必要な冒険者がやってくるので、適当に回復してあげるんですよ~。青の札を持ってる人はヒール、黄の札の人はキュアですね!」


 マリアが先輩らしく診療所のシステムを解説してくれる。


「……まあとはいえ、それは回復魔法を使えたらの話なんですけどね(笑) ねえライトさん、今のうちに先生に謝っておいた方がいいんじゃないですか? じゃないとこの診療所からも追放されちゃいますよ!」


 相変わらず僕が回復魔法を使えないという前提で話を進めてくる。客が来た時にテストしようと決まったのだからいちいち追及しないでもらいたいものだ。


「それにしても、マリアがノウィンに来ているとはな」


 強引に話題を変えてマリアについて触れる。実際ここは誤魔化しでなくとも気になっていたのだ。何故ノウィン出身という訳でもない冒険者がヒーラーとして働いているのか。


「他の人たちも全員来てますよ! むしろ私は付き添いです! ジョシュアリーダーがどうしても行きたいって言うから仕方なく来てる感じですね~!」


 マリアは追及を引っ込め、素直に質問に答えてくれた。やはり発案はジョシュアか……。まったく利益度外視で故郷とののために動くとはご立派な事だ。


「さすがメンバーを追放するようなリーダーは情に厚いものだな」


「そうですね~!」


 いやそうですねじゃないんだよ。なんで皮肉が肯定されるんだよ、おかしいだろ。どういう「そうですね」なんだよそれは。


「ライトさんもやっぱり故郷がピンチだから戻ってきた感じですか? それともちょうどよかったからですか?」


「ちょうどよかったからってなんだよ、ぶん殴るぞ。ノウィンを救いたいから来たんだよ」


 僕の熱い決意に「おお~!」と無駄に感心するマリア。いちいち茶化されているみたいで腹が立つなホントに。


「まあこの村ではなにもかも供給が乏しいので、ライトさんでも……あ、患者さんですね! こちらにどうぞ~!」


 話をしていて気付かなかったが、部屋の入り口に冒険者らしき4人パーティが立っていた。僕と変わらない程度の若さからするとF~Dランクパーティってとこか。


「いてて……今日はちょっと手ひどくやられちゃってさあ。とりあえず全員で頼むわ」


「わかりましたー!」


 青年の注文に返事を返すと、マリアは机に置いてあったでかい計器を持って僕の隣に来る。


「ほらライトさん、私がヒール計を持っててあげるからちゃんとメモリ10までヒールしてくださいね! 0だったら引退ですよ!」


 10とはささやか過ぎて逆に不安になる。そういえば今までに使ったヒールは数値(※別規格)で言えば999999、生死の壁さえ越えてみせんと意気込んでのヒールだったな……。それに比べたら生きてる人間の治療なんて、なんて簡単な事だろう。


 僕はリーダーらしき青年の腕に手をかざし、聖の魔力を放出していった。破けた皮膚が淡く光り出し、マリアが構えた計器のメーターが上がっていく。


「お? おお~~?!」


 上がっていく計器の針にマリアの目は釘付けになっている。本当に僕がヒールを使えないと信じていたらしく、信じられない様子だ。


 やがてその針の指し示す数値が10になったところで僕はヒールを止めた。青年の怪我は綺麗に治っているようだ。


「ふう……こんなところで良いですか?」


「ああ、オッケーオッケー! ありがとな、おかげで痛みが引いたよ!」


 どうやらちゃんと10メモリ程度に収められたようでほっとする。回復魔法に不慣れな僕がうっかり2000とかの数値を叩き出して周りがビックリ仰天してしまうんじゃないかとちょっと思っていたが、流石にいらぬ心配だったようだ。


「ええー! ライトさんほんとに回復魔法使えてるじゃないですか、すごーい!! なんでですか!? 一体何が起こってこうなったんですか!? 奇跡が起こってますよこれ!」


 とはいえ数値が2000でなくても驚く人間は存在する。相変わらずポカンとする周りを差し置いて、とにかく驚きの感情をあらわにするマリア。


「いや、今は治療中だから……お客さんを待たせちゃいけないし、ほら……」


「えー! だったらもっと見せてくださいよヒール! ほらライトさん、もっともっと! もっとヒールして! 三人全部して!」


 質問の次はヒールの催促をしてくるマリア。手分けしてとかじゃないのか、彼ら結構痛そうだけど。まあこれくらいじゃ死なないしいいか。


「はい、ヒールヒールヒールー。お大事にー」


「ありがとう! 治ったよ!」


「代金はここに置いとくね!」


 一回目でコツを掴んだ事もあり、流れ作業で残りの三人を手早く治してやる。四人パーティは銀貨数枚を机上の箱に入れて速やかに去っていった。急かされて言い訳も考えないままにさっさと終わらせてしまった失敗に気付いたのは、四人の姿が見えなくなってマリアと二人きりになった瞬間であった。

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