僕もギルド職員が天職だと思っていたんですよ!

「おー、ギルドの腕章似合ってるじゃないかライト君!」


「へへへ、そうですかね! ありがとうございます先輩!」


 先輩ギルド職員のモッシュさんに渡された腕章を付けると、いかにも公的な何かに携わってますという感じが強く出る。冒険者だった頃は特別これを付けた職員に対してなんとも思っていなかったが、自分が付けるとなんだか得意げな気分になってくるから不思議だ。


「わからない事があったら俺らに聞くんだぞ! 現場ではホウレンソウが大事だからな! 報告! 連絡! そうそう失敗とかする訳ないぜという気構え!」


 同じく先輩ギルド職員のドジーさんも顔は怖いが面倒見良く教えてくれる。僕みたいな新人の身としてはとてもありがたい事だ。


「で、どうだいギルド職員の初仕事は。いきなりのダンジョン調査なんて緊張するかもしれないね」


「今の所は穏やかですかね!」


「ははは余裕じゃねえか! さすが元冒険者ってとこかな!」


 僕らが今来ているのは、最近新しく生まれたダンジョンだ。世間ではあまり意識されていないが、ダンジョン攻略というものは冒険者が探索に入るよりも前にギルド職員が最低限の情報を調べて持って帰るという段があるらしいのだ。


「まあ穏やかっていうか……なんというか、あれですね」


 どのように言えばいいのか悩み、話題に上がっているへと視線を向ける。


「ダンジョン調査って別にダンジョン内部には入らないんですねえ……」


 向けた視線の先にはまさにダンジョンの入り口がぽっかりと待ち構えていた。僕らは先程からダンジョンの入り口前に陣取り、たまに一言二言交わしたり、初仕事を終えた祝いとしてもらうはずだった腕章を前倒しで渡されたりと、とにかく時間を持て余している。


「僕らの目的はあくまで確実な調査だからね」


「おう! 慎重過ぎると思うかもしれないが、今俺達はの前にいるんだぜ?」


 ダンジョン調査というのは正確に言えばダンジョン危険度調査の事だ。やる事と言えば第一階層にどのようなモンスターが出るか調べるという、ただそれだけの事である。


 最初の階層に何が出るのかさえわかればある程度ダンジョン全体の難易度が計れるので、たまにモンスターが顔を出す瞬間を狙って入り口で待ち続けるのが仕事という訳だ。


「滅多にありませんが、一階層からドラゴンが出るような恐ろしいダンジョンが生まれる事もあります。潜り込んでの調査でそれに当たれば当然我々は死亡。かといっていちいち大事をとってSランクパーティに全てのダンジョンを調べてもらう訳にはいかない」


 そこで行き着いたのがこのやり方という事か。ダンジョンから生まれたモンスターはダンジョンから大きく離れて行動しようとはしないので、その辺の境目で入り口を見張るのは確かに合理的だ。


「ま、それを言えば雑談なんてしてるのもアレだが……と、待て! なんか来たぞ!」


 ドジーさんに言われるまでもなく、僕の目は入り口奥で蠢く三匹の生き物に集中していた。それは形だけなら人間にも見えたが、衣服の纏い方が簡素で骨格が少し歪だ。なによりその手に持つ粗野な棍棒が身分証代わりだろう。


「トロールじゃねえか! 思ったよりやべえダンジョンだな! よし逃げるぜ!」


 僕を含めた三人のギルド職員が駆けだす。トロール達はそれを見て、奥から猛烈な速さで追ってくる。魔物は人を襲う習性があるのでダンジョン外にも少し足を伸ばして追ってくる事があるのだ。


 そして走ってきた先頭のトロールがダンジョンの入り口付近に差し掛かったところで突然にでもぶつかったかのようにベシャリと音を立てて停止した。それに続くトロール達もつっかかって団子になって盛大に転んでしまう。


「はっはっはー! すげえなライトよ! あれが噂のユニークスキルか!」


「へへへ、楽勝ですよ! 僕の盾はドラゴンの攻撃すら防ぐんですからね!」


「こりゃ心強い新人だ! さあギルドに帰るぞ……『スピードアップ』!」


 モッシュさんの強化魔法を受けてそのまま速やかにギルドに駆ける三人。後ろを振り返るとトロール達は追撃を諦めたようだった。





◇◇◇◇





「書類整理終わりました先輩!」


「おや、お疲れ様ですライトさん」


 今日の仕事を終えた僕はあの日ギルド職員に誘ってくれた受付さん━━フィリアさんに報告をした。


「文字を覚えるのも早かったし、これならもっと色々な仕事を任せる事ができますね!」


「そうですかふへへへ!」


 褒められて変な笑いが出てしまうが、仕事でハイになっているので気にならない。フィリアさんも笑ってるし、多分言う程変でもなかっただろう。


「どうですか、ここまで一週間やってみてどんな感じですか?」


「そんなの決まってます、職員になってよかったです! 別に冒険者じゃなくてもこういう生き方があるんだなって気付かされました! 今まで地味な裏方だと思ってたけど意外に良いですね!」


「そうですか、それは良かった! あまり調子に乗らない事ですね」


 今言った通り、ギルド職員の仕事はかなり僕に合っているように感じていた。元々イージスの盾は守りに専念する上では有用なスキルだし、冒険でなく調査に主眼を置いたギルド職員のダンジョン担当にはピッタリだ。それに事務仕事も新鮮で面白い。モンスター相手に体を動かすよりはこっち側が性に合っていたのだろう。


「それに仕事もそうですけど、文字を覚えて良かったです! 街の景色がこんなに違って見えるなんて思わなかった! こんなペラペラの紙に意味が込められてるんですよ! これが集まった本なんてめちゃくちゃ価値があるものじゃないですか!」


 興奮する僕の言う事をフィリアさんはニコニコしながら聞いてくれている。彼女には最初からこの光景が見えていたのだろうか? 僕も冒険一筋の脳筋達に教えてあげたい。君たちは本を読むべきだと! 僕はもう本を読んでいると!


「では少し早いですけど、今日はこれで上がりで良いですよ」


「はい! ありがとうございました!」


 僕は荷物を整理し、入り口ドアへと歩こうとする。


「あ、そうだ待ってライトさん」


「はい?」


「これをあげます」


 そう言ってフィリアさんが差し出してきたのは横長の四角い紙だ。汚い字で『安い本一冊 No.851084651』と書かれている。


「なんですかこれ?」


「図書券です。街の西の本屋で本と交換できますよ」


「え!?」


 こんな紙が本と交換できるだと? 僕でも作れそうだが、一体どういう理屈でそこまでの価値をこの紙が生み出しているのだろうか。


「この前の秋のお祭りでくじ引きに当たって手に入れたんですよねー。その本の分は既に街が十分なお金を払っているので、それを見せれば本をもらえるんですよ」


「へー! なるほど、という事はもしかしてこの数字の羅列がパスワード(合言葉)となって書店員さんに本がもらえるという事ですか?」


「そうそう! ね、文字っておもしろいでしょー」


 これにはかなり新鮮な驚きがある。合言葉が書かれた紙を一つの価値として配布する事ができるのだ。この仕組みを上手く利用すれば最終的には金銀銅貨なんて必要なくなるんじゃないか? この僕が考えた素晴らしいアイデア、誰か使ってもいいですよ。


「図書券ありがとうございました! じゃあ改めて僕はこれで!」


「いえいえ! これからもよろしくねライトさん!」


 足取り軽くギルドのドアを開けて街に出る。目の前に開けた町並みが広がり、外の空気が鼻を通っていく。


 『武器屋 鍛冶師の拳』、『青果店 大地のめぐみ』、『特価!リンゴ2つ銅貨1枚』、『病院この先200m』


 街にも様々な文字が溢れている。文字を覚えて三日、相変わらず目の前の景色が新鮮に映る。


「うおお、文字が彩る祭りのような華やかさ! なんでもいいから読んで書いてやりたい気分だ!」


 覚えたものは使いたくなる。帰りに本屋に寄って何を買ってやろうかと本屋のラインナップも見えない内にあれやこれやと考えている。僕に文字をよこせ、読みたくてたまらないんだ! いやいっそ文字じゃなくてもいい! その辺の野良犬でも読んでやろうか!


 一つの商店街を抜けるとまた自然と文字は少なくなる。文字を覚える前はどちらも大差の無い景色だと思っていたが、今は地味な色合いの建物が一層寂しく見える。そうだ一般家屋にも家主の名前などを書いてみたらどうだろうか。きっと訪ねてくる人達にとって便利に違いないぞ。名付けて表札! 誰か僕のアイデアを使ってもいいですよ。


 早く本屋のある一角に辿り着きたくて速足で歩きながら、目線はキョロキョロと街の文字を探す。一つ看板が見つかるだけで幸せな気持ちになれるのだからこんなに安上がりな事はないだろう。ああ、他にもないかな。何か文字が。文字の書いてあるものが……。


「あ、そうだ!」


 街の文字を探す内に一つの事実を思い出し、思わず声を上げる。


「そういえば僕のイージスの盾にもんだった! あれなんて書いてあるのかな! すっごく気になる!」


 気付いてしまったからには今は本屋よりもそっちの方が気になって仕方ない。僕は速やかに道の脇へと避けて、ユニークスキルであるイージスの盾を出現させたのだった。

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