高祖母の団子汁

 私の祖母はいわゆる”みえる人”であったようで、おばあちゃん子だった私は、様々な怖い話や不思議な話を聞かされて育ちました。

 そんな祖母から聞いた話。


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 誰でも、美味しいものを知っている、という話です。


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 おばあちゃん、というと料理上手が定番ですが、私の祖母は残念ながらその定番から外れていました。


 思うに、なんでも「すぎて」しまうのでしょう。野菜炒めはからすぎ、酢の物は酸っぱすぎ、煮物は煮すぎて煮崩れしていました。わがままな話ですが、祖母が食事を作るとなると、私たち兄妹はこっそり顔をしかめていたほどです。


 そんな祖母でしたが、一応得意料理もあり、それが、団子汁でした。

 団子汁とは、私の地元で一般的に食べられている家庭料理で、具沢山の味噌汁の中に、小麦粉を水で溶いた団子を入れた素朴なものです。 

 汁に入れる団子は地域や家庭によって形が変わり、生地をしばらく寝かせたり手延べして麺状にするなど、手の込んだものもあります。ですが祖母がいつも作るのは、ゆるく練った生地をスプーンですくって鍋の中に放り込む、という簡単なものでした。

 ですが、腹持ちする上に孫たちの評判もよいとあって、祖母はよく昼食としてこの団子汁を作ってくれていました。


 不思議なことに、団子汁のときには祖母お得意の「すぎる」こともなく、いつも安定した美味しさでした。私も兄たちも、鍋を空っぽにする勢いでおかわりしていたものです。


「ほんと、おばあちゃんは、団子汁は美味しいよなぁ」


 ある昼下がり、私は満腹のお腹をさすりながらそう言いました。

 いまいち素直に褒めていないその言葉に、祖母は苦笑しながら「おおきに」と食後のお茶をすすりました。


「やっぱり、ひいばあちゃんに習ったん?」

「いや。団子汁は、ばあちゃんのばあちゃん、あんたのひいひいばあちゃんやな」


 言いながら、祖母は思い出すように遠くを見ました。


「ひいひいばあちゃんちいうひとは、なんでん料理が上手な人でな。若い頃は、近所の人がよく煮物やら漬物の仕方を教わりに来ちょったんやっち。団子汁も、そりゃ美味しかったんよ」

「へー」


 返事をしながら、私は危うく出かかった、「おばあちゃんも似ればよかったのにね」という言葉を、なんとか飲み込みました。


「そうそう、団子汁といえばな」


 さいわい祖母はそんな私には気づかず、面白いことを思い出したように笑いました。


「ひいひいばあちゃんが作る団子汁は、美味しすぎて、よそから食べに来る人もいたくらいなんよ」


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 祖母が子どもの頃の田舎というのは、現代にあふれているような娯楽はまったくなく、盆と正月と地域の祭りが大きな楽しみだったといいます。


 特に秋の収穫を祝う祭りは大きなもので、これにあわせて市が立ったり旅芸人の一座が来たりと、大いに盛り上がったそうです。

 昼間は買い物や神楽を楽しみ、夜になると、男性は集会所で酒とつまみ、女性はその配膳しながら台所でお菓子とおしゃべりに興じました。子どもたちもこの日ばかりは夜更かしを許され、大人の周辺で遅くまで遊びまわっていたそうです。


 祖母が五、六歳のころのこと。

 昼間は姉兄の後をついて遊んでいましたが、夕方になるとさすがに疲れてしまい、家に帰ってうたた寝をしてしまいました。目が覚めた時にはもう日は暮れていましたが、両親や姉兄はまだ帰ってきておらず、家にいるのは自分と、二つ下でもうすっかり寝入っている妹、そしてそのお守りの高祖母だけでした。


 高祖母の気配は台所にありました。目をこすりながら祖母がそちらに向かうと、高祖母は鍋に向かって何か作っているようでした。


「ばあちゃん、団子汁しよんの?」


 祖母は、丼の中の団子の生地を見てそう話しかけます。祖母が起きてきたことに気づいていたらしい高祖母は、ちょうどよかったと振り返って手招きをしました。


「あんたもそろそろ、作り方を覚えよ」


 その言葉に、祖母は喜んで踏み台を持って来ると、高祖母に並びました。


「出汁を取ったらいりこは取り出すんで、えぐみが出てしまうけん。野菜はなんでもいいけど、なるたけいろんな種類をようけ入れること。その方が味がよくなるけん。お湯が沸騰して野菜が煮えたら、団子を匙ですくってゆっくり入れる。あぁ、欲張ってそげ入れたらいけん、中まで火が通らんけん。火が通った団子は、プカッと浮いちくるけんな。最後に味噌を溶いたら、できあがり」


 危なっかしい手つきの祖母に口と手を出しながら、高祖母は丁寧に作り方を教えてくれました。

 できあがった団子汁は、自分が手伝ったこともあっていつもより美味しそうに見えたといいます。


 早く食べようとせがもうとしたとき、ふいに玄関の戸が開く音がしました。家族が帰ってきたのかと思いましたが、同時に「おごめん」と訪問を告げる大声が家中に響きわたります。

 来客だと祖母が出迎えようとすると、高祖母が袖を引いてそれを止めました。客人は数人いるようで、案内もされないのに廊下を渡り、奥の仏間に向かっているようです。


 戸惑う祖母を尻目に、高祖母はできたばかりの団子汁を椀によそいはじめました。五つの椀に団子汁をよそうと、それを今度はお盆に乗せます。大きなお盆に四つ、乗せきれなかったひとつを小さなお盆に乗せ、祖母に渡しました。


「それ持っちな、ついちょいで」


 祖母は言われるがまま高祖母に続きました。予想通り、高祖母は仏間へ向かいます。戸惑いながら動いていた祖母は、少し団子汁をお盆にこぼしてしまったそうです。


 客人でいっぱいだろうと祖母は緊張しましたが、不思議なことに襖を開けるとそこはもぬけの殻でした。呆気にとられる祖母の隣で、高祖母は誰もいない座敷に車座になるように団子汁の椀にを並べていきます。


「さ、あんたもそれ置いて」


 高祖母は、祖母の持っていたお盆ごと開いた隙間に置かせ、何事もなかったかのように仏間を後にしました。


 なんだったんだろうと思いながら祖母が襖を閉めると、途端に中からドッと笑い声が起こりました。


「あれが話に聞く孫娘か」

「わしの汁をこぼしよった、粗忽者じゃ」

「なに、まだ子どもぞ」

「少々こぼれたって、旨いわい」


 得体の知れないモノたちが自分のことを話している、と祖母は腰を抜かしそうになったそうです、、すんでのところで高祖母に支えられ、引きずられながら台所に戻りました。

 声も出ない祖母に、高祖母は団子汁をよそってくれました。そして、自分もそれを口にしながら話してくれたそうです。


「あれらはな、毎年この祭りの日に、うちの団子汁を食べにくるんよ。ばあちゃんがまだ娘時分からな。ばあちゃんの団子汁を、気に入っちくれたみたいでなぁ」

「……うちのこと、話しよったけど…」

「そろそろ、あんたが作る番なんかもしれん。仕方を教えちょってよったわ。さ、冷めんうちに食べよ。あん人らはじき帰るけん」


 しばらくして祖母が恐る恐る仏間へ行くと、そこにはもう誰もいませんでした。

 ただ、残された椀はどれも洗ったようにピカピカで、配膳の際に祖母がお盆にこぼしてしまった雫も、きれいになくなっていたといいます。


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「次の年もその次の年も、ひいひいばあちゃんは祭りの日には、団子汁を作っちょった。ばあちゃんは、最初のとき以来はお客さんの姿は見らんかったけど、確かに来ちょったんやろうねぇ。亡くなってから最初の年は、ばあちゃんが張り切って団子汁を作って待っちょったんやけど、食べには来てくれんかったんよ。なんでかなぁ」


 首をひねる祖母の隣で、私はさっき食べたばかりの団子汁を思い浮かべました。確かに美味しい団子汁でしたが、出汁ガラのいりこが隅にプカリと浮かび、大きすぎる団子は中まで火が通らず芯が残っていました。


「おばあちゃんさぁ、ひいひいばあちゃんに言われたこと、守ってないやん」


 高祖母直伝の作り方に忠実ではないと指摘すると、祖母は少々憮然として


「だって、しゃあしい(面倒臭い)んやもん」


 と口を尖らせました。


 これじゃあ、わざわざ食べには来ないよな。私は苦笑しながら、ひとり納得してしまったのでした。


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 あれから二十年以上が経ち、家庭を持った今、私はつくづく祖母の気持ちが理解できるようになりました。かけなくてもよい、でもかけたら美味しいひと手間を、「しゃあしい」と感じるあの気持ちです。


 子どもが好むので、時折家でも団子汁を作ります。その時は、祖母から聞いた高祖母のレシピを参考にしています。この時ばかりは、祖母と同じ轍を踏まないよう、私なりに手間を惜しまず作っているつもりです。

 幼い息子は美味しいと食べてくれますが、きっと私の団子汁は高祖母はもちろん、祖母にも及ばないでしょう。


 団子を頬張る息子を見ながら、祖母のあの団子汁を懐かしむと同時に、誰もが食べたがったという高祖母の団子汁を一口食べてみたかったなぁと思うのでした。

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