寝室の本棚。

旅音。

寝室の本棚。

私の寝室にある本棚にはカーテンが付いている。新しく本を買った時はそのカーテンを開ける必要がある。そしてカーテンを開ける度、苦い経験を思い出してしまう。




実はこのカーテンは、本棚を買った当初から付いていたものではない。またこの本棚は私のために買われたものでもない。どうやら母が買ったものの使い道が無く、買った当時まだ幼かった私の寝室に一旦その本棚を置いたらしいのだ。


私が本棚を本格的に使い始めたのは中学2年生の頃だ。たまに買う週刊少年ジャンプを並べたりするのに、例の本棚はちょうどいいサイズだった。ジャンプを並べ始めたことをきっかけに、リビングの本棚に収納していた「武装錬金」や「青のフラッグ」、「青春兵器ナンバーワン」をその本棚に移動させたりした。「チェンソーマン」が始まるとほぼ毎週ジャンプを買うようになり、チェンソーマンが表紙の号は表紙が見えるように収納した。


それから数年、高校1年生になって生まれて初めて商業BLを買った。全年齢だが18禁レベルのベッドシーンが有り(なんで?)、表紙で描かれているキャラは上半身裸。背表紙やタイトルだけではこれがどんな本かは判断できないが、取り出して表紙を見れば一目でなんとなく"分かる"。

とてもいい本だった。しかし読み終わったと同時にひとつの問いが浮かんだ。「この本をどうやって収納しよう?」

本棚のある私の寝室は母がたまに掃除に来る。そして母は本棚をよく見ている。「飾ってるジャンプの表紙が怖い!」とか「なんかジャンプ増えてない?」とか言ってきたことがあるので本棚をよく見ているのは確実だ。

親にこの本を見られるとまずい。絶対手に取る。巨乳キャラが背表紙に載っていたジャンプを取り出し少し否定的な事を言っていたのだ、もしもこの本を見られたら絶対なにか言われるに違いない。困った。一体どうすればいいんだ。普通に置いたら普通にバレる。ならジャンプの中をくり抜くか、いや、それは面倒だ。古典的な「ベッドの下に隠す」も検討したが本はやはり本棚に収納したい。

親にバレない、且つ本棚に収納する方法。考えに考え、ある方法を思いついた。_表紙がチェンソーマンのジャンプの後ろに収納するのだ。

この本棚は奥行きが割とある。ジャンプを背表紙が見えるように収納してもまだ何かを置くことも出来る。実際、収納したジャンプの手前に単行本を置いたり、パワーちゃんの着せ替えスタンドを立てたりしていた。つまり先に商業BLを収納し、その手前にチェンソーマンの表紙が見えるように置くことも出来るのだ。本棚を普通に見ただけではチェンソーマンが表紙のジャンプしか置いていないように見えるが、そのジャンプを除けると商業BLが現れるという訳である。

そうして無事に本を収納することが出来た。親は勿論気付かなかった。それで安心し、その後も商業BLを買い、その通りに収納した。こんな本の隠し方をするのは自分だけだと浮かれ、世界が薔薇色にも見えていた。


それから数ヶ月後、コロナ禍で学校が休校になった。家にずっといると退屈になるだろうと考え、休校が発表されたその日のうちに本屋で何冊か商業BLを買った。そしていつも通りのしまい方をしてその日は寝た。翌朝起きてベッドから本棚に直行、チェンソーマンが表紙のジャンプを除ける。買った本を取り出し、忘れないうちにジャンプを元通りにする。そしてベッドに戻って布団を被り本を読む。最高の休校初日の朝だった。読んでいるうちにお腹が減ったので本を本棚に置き、2階にあるリビングに降りて朝食を取った。

ああ、あの本は本当に良いストーリーだった、あのシーンの表情が可愛かった…と思いを馳せつつ休校課題をしていると、母は私の寝室がある3階に上がって行った。3階には母の寝室もあるので、母の寝室にある本棚の本でも取りに行くのだろうと何となく思っていた。

しばらくして母がリビングに戻ってきた。そして一言私に声を掛けた。

「寝室の本棚にカーテン付けといたし、また見といてね」

母は本の日焼け対策として、本棚の上部に突っ張り棒(倉庫から出てきたらしい)を使用してカーテンを付けたという。それはありがたい。早速寝室に行くと本棚には本当にカーテンが付いていた。凄い。カーテンを開ける。

初めに目に入ったのは本の裏表紙だった。

そう。私は先程読んでいた本をいつものように収納したのではなく、そのまま本棚に置いていたのだ。

ヤバい。母がカーテンを付けた時に本を見られているかもしれない。裏表紙には受けがとろんとした顔で攻めにおねだりしているカットが描かれている。これはヤバい。

本の日焼け対策のカーテンが付けられたのは嬉しいことのはずだ。しかし母に本を見られたかもしれないことから悲しいことに変わってしまった。どういう訳か分からないが怖くて母に聞くことも出来なかった。




本棚のカーテンを開ける度、この苦い経験を思い出してしまう。あれから1年半以上たっても未だに母があの本を見たかどうかは聞けていない。一体どうなのだろう。いや、知らなくてもいいことなのかもしれない。母が私の本の隠し方を恐らく知らないように。

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寝室の本棚。 旅音。 @tabi_666_

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