第21話「特に何とも呼ばれていない盗賊団」





 盗賊団について公爵が具体的な手を打っていなかったのは、領内における軍事的な余裕が一時的に消失してしまったせいであり、新規採用者の訓練や部隊の再編に追われていたからである。

 またそれ以外の理由として、盗賊団によってもたらされた被害が平年の蠻獣被害よりも遥かに少なかった事もあった。これについては、つまり裏を返せば、蠻獣の群れをほとんど一人で機能不全に陥らせたローリーならば、個人で盗賊団以上の被害が出せる事を意味していた。


 ちょっとした災害である蠻獣と比較せざるを得ないほどの戦闘力である。

 ローリーにとって盗賊の壊滅など造作もないことであった。





 ◇ ◇ ◇





 さて、たまらないのは、そんな怪物の相手をさせられた盗賊団の方である。


 盗賊団が事前に得ていた情報では、グロワール辺境のヴォールト領は現在兵力が低下しており、しかも蠻獣の数も減っているという事だった。その二つの事実を組み合わせれば、大方ヴォールト公爵が無茶な討伐作戦でも決行したのだろうと考えられた。

 領主にとって重要なのは領民とその財産を守る事であり、辺境にて公爵位を賜っているヴォールト家であれば、それに加えて国全体の防波堤となる事である。

 領内の蠻獣問題を解決するために、解決装置である領軍を不用意に損耗してしまうなど本末転倒にも程がある。辺境の驚異は蠻獣だけではないのだ。

 見積りが甘いそんな領主ならば盗賊行為も容易だろうと、意気揚々とヴォールト領へやってきて略奪を繰り返した。

 だというのに。


「──ちくしょう! 情報と違うじゃねえか! 何が、ヴォールト領は今兵力が低下している、だ! 確かに兵士は少ねえみてえだが、あんなバケモンがいるんじゃあ、森の中より危なっかしいぞ!」


「お、お頭! トゥーリのやつの姿が見えません!」


「ギーウもでさ! ヴタもいねえ!」


「あのバケモンにやられちまったか……! あいつらはもう駄目だ! 忘れろ! 今は俺たちが生き残る事だけを考えるんだ!」


 数十人といた部下も逃げている間に次々と姿を消し、今やたった二人しか残っていない。





 あの化け物──ローリーと名乗る赤毛の男の戦闘力は異常の一言だった。いや異常なのは戦闘力だけではない。

 まず最初におかしいと感じたのは、潜伏していたアジトにたった二人で乗り込まれた時だった。

 アジトは元々蠻獣が巣を作っていた洞窟らしく、人間が入り込む事がない場所だった。人里まで距離があるのは難点だったが、土地勘がある人間が周囲に存在しないのは余所者のゴロツキにとっては好材料でもあった。


 しかしローリーと名乗る身なりの良い男は、そんな場所に突然現れたのだ。

 当然、盗賊団のかしらはなぜここがわかったのかを聞いた。

 そして返ってきた答えは「勘」だった。

 かしらあたまのイカれた奴が来た、と思った。

 その認識は正しかった。

 仕立ての良い服を着た鴨がやってきたとばかりにローリーに近づいていった部下が、あっという間に地面に転がった。部下が何をされたのか、それすら頭にはわからなかった。

 そこからは盗賊団の全員を巻き込んだ乱戦、いやローリーの無双だ。

 数人が何の抵抗も許されずに倒されるのを見て、頭は早々に逃げる事を指示した。

 しかし、これだけ異常な身体能力を持つ化け物だ。追いかけっこの能力も異常であった。部下たちは次々に捕まり、かしらの前から姿を消した。


「……戦闘力も異常、足の速さも異常、そして何よりオツムも異常だ。こんなやばいのがいるんだったら、噂くらいにはなっているはず……。くそ、あの野郎、絶対に知ってやがったはずだ!」


 あの野郎とは現在のヴォールト領の情報を盗賊団に流した男のことである。

 胡散臭かったが、受け取った情報の裏を取ってみると、確かにヴォールト領では新兵を募集しており、蠻獣被害も減少しているようだった。情報さえ確かなら男が何者だろうと問題はなかろうと引っ越しをしてみたら、少し仕事をしただけでこれである。


 かしらが裏を取った中で、噂にも登場しなかったというのはいかにも不自然な話だ。あれだけの異常者なら、どんな話し下手でも絶対に話のタネにするはずだ。

 これは盗賊団を陥れるためにあの男が何か手を回したに違いない。

 かしらはそう考えた。


 冷静に考えれば、そこまで手間をかけてまで名もなき盗賊団を陥れる価値など皆無なのだが、自分本位なかしらは気が付かなかった。


「くそ……! 無事に逃げおおせたら、あの野郎、八つ裂きにしてやる……!」


 もうすぐ、ヴォールト領と隣領との領境だ。

 そこさえ越えれば、公爵家の人間とて無茶なことは出来ないはずだ。


「──お頭! 前! 前に人が居まさあ!」


「なにい!? 先回りされたってのか!?」


 部下の叫びに慌てて前方を確認すると、確かに3人分の人影が見えた。


(待て、3人だと? 奴らは確か、2人組だったはず……! 一人増えたのか? それとも、別働隊か?)


 慌てて立ち止まった一行──もう、頭と部下2人しか残っていない──だったが、やはり前方の3人組の目的も盗賊団であったらしく、警戒しながらこちらに近づいてきた。


 貴族風の女と、それに従う騎士風の青年、それと道案内役なのか猟師風の男だ。

 盗賊団を壊滅に追い込んだ2人とは別人である。


「──お待ちなさい! このような人里離れた場所で、その風貌……さては、貴方たちが今この地の安全をおびやかしている盗賊団ですね!」


 3人組の中央にいる貴族風の女がそう誰何すいかしてきた。

 誰何というか決めつけだが、この3人が例のやばい2人の別働隊だとするなら、こんな聞き方をするだろうか。するかもしれないし、しないかもしれない。

 何となくだが、かしらはあのやばい2人とこの3人とでは纏っている雰囲気が全く違うように感じた。


(こいつらは……おそらく別口だな。俺らの事を聞きつけてやってきたのは、あの2人組だけじゃあ無かったってことか。ちょっと仕事をしただけなのに、そんなに有名になっちまってたのか?)


 目の前の3人はどう見ても貴族とその関係者である。

 貴族であれば、平民では知ることが難しい遠くの地の盗賊被害の情報も入手することが出来るかもしれない。

 しかし普通はそのようなことはしないし、情報を得たとしても行動に移すことはない。

 なぜなら自領以外のトラブルに首を突っ込んでも何も得るものなどないからだ。

 それどころか、下手をすればその領地の領主に内政干渉だとクレームをつけられてしまう恐れさえある。

 貧民か、よくて平民上がりの盗賊団では本来知る由もない話ではあるが、そういう後ろ暗い仕事をしているからこそ、下手な上流階級よりも貴族らの力関係には敏感なのが裏組織というものだった。


 この3人がヴォールト領の関係者だというなら話はわかるが、そうだとしたら先ほどのいかれた2人組と別口らしい事が気になってくる。別口だというのはあくまでかしらの直感に過ぎないが、間違いないはずだ。


 何にしろ、あのいかれた2人組と関係がないのなら恐れる必要など無い。


「んだあ? てめえら。山で遭難した可哀想な一般市民を捕まえて、いきなり盗賊呼ばわりたあ良いご身分じゃねえか。そういうてめえらは一体どこのどいつ様なんだよ。親に慰謝料請求してやっから、素直に吐きな」


 かしらが凄むと、部下の2人は状況を察して3人組の退路を断つように立ち位置を移動する。

 この部下たちは盗賊団立ち上げからの付き合いなので、阿吽の呼吸で動くことが出来るのだ。部下はかしらの態度が急に尊大になったので、これはもう安心だと勝手に判断し、いつも通り略奪の手順を踏もうとしたというわけである。


 3人を殺し、金品を奪ってそれを逃亡のための資金にするのだ。

 リスクは高いが、危ない気配を感じたらとっとと逃げればいい。いつも通りだ。

 女は貴族のご令嬢なだけあって大変に見た目がよかった。いつもならば捕らえて親に身代金を要求するか、闇市で人買いに売り捌くところだが、今はそんな時間はない。もったいないが、持って逃げられる嵩張らない貴重品だけ奪えれば良い。


 この時、かしらの判断力はかなり鈍くなっていた。

 直前にあまりに異常すぎる相手とまみえたからかもしれない。


 確かに、ローリーと名乗った赤毛の男は異常だった。

 それと比べれば目の前の3人組は十分に普通の範疇であった。

 しかしそれは、この3人組が弱いことを意味するものでは決してなかったのだ。


「……その下賤な物言い、そしてこの殺気。やはり、貴方たちがこのヴォールト領をおびやかす盗賊団なのですね」


「へっ! だったらどうした! おい! 野郎ども! やっちまえ!」


「あいさ!」


「へい!」


 相手の3人組を挟み込むようにじりじりと動いていた部下たちが、短剣を抜き左右から飛びかかった。


「おっとお!」


「……!」


 すると、女を守るように左右に立っていた青年2人が武器を抜く。


 陽気な雰囲気の青年は弓に矢をつがえ、流れるようにそれを射た。

 放たれた矢は一直線に部下の喉めがけて飛んでいき、その勢いのまま、部下の頭部ごと後方へと吹き飛ばした。

 凄まじい威力である。普通の弓ではない。また、そんな弓を引くことが出来た陽気な青年も普通の人間ではない。


 無口な方の青年が抜いたのは剣だった。

 そして一足飛びに残った部下に走り寄ると、部下の首めがけて剣を振るう。部下は気づいて躱そうとするが間に合わず、喉を切り裂かれ、血を吹き出して倒れた。あれではもう、助からない。

 こちらが囲んでいるからと、気を抜いて油断していたからだろう。

 いやそうでなかったとしても、果たして勝てたかどうか。


 あっという間に部下2人を片付けた青年たちは、勝利の余韻に浸ることなく女の左右に戻ると、かしらに対して武器を構えた。


「ヤン! ハンス! な、なんなんだてめえらは……!」


 長年連れ添った部下をいっぺんに失ってしまったかしらは、ここでようやく腰のマチェットを抜いた。

 武器を抜いても状況が好転しないことはわかっている。

 かと言って、回れ右をして逃げたところであの異常な2人組のところへ戻るだけだ。

 部下の仇を打とうとは思わない。そんな実力もない。

 しかし、このままでは終われない。

 そんな気持ちで、マチェットを握る手に力を込める。


 しかし、警戒を高める青年たちをよそに、貴族風の女は悲しげな瞳で物言わぬ躯と化した部下たちを見つめているだけだった。


「……ああ。また、尊い命が失われてしまいました。人はなぜ、争いをやめられないのでしょうか……。貴方たちも、誰かから何かを奪おうとさえしなければ、死なずに済んだはずなのに……」


 女のその言い草が妙に癇に障った。

 貴族のような格好をして、何不自由なく暮らしてきただろうこの女に、かしらたちの一体何がわかるというのか。


 グロワール王国は戦争もなく、縄張りを頻繁に変えるタイプの蠻獣が少ないため、大陸では比較的平和な国である。

 しかしそれが住みやすさに繋がるかと言えばそうとは限らない。確かにそれなりに豊かで発展はしているが、その影には必ず、豊かさも発展も享受出来ない層がいた。

 少し大きな街ならばどこにでもある、いわゆるスラム街の住民たちのことだ。

 この盗賊団は皆そういったスラムの貧民や、落ちぶれた平民によって構成されていた。いやおそらくだが、この国の犯罪組織のほとんどはそうだろう。

 かしらたちだってまともに働いて生きていけるならばそれに越したことは──





「──ああ。やはり横取りだったようだ。見てみろダミアン殿。すでに2人も死んでしまっているぞ」





 しかし走馬灯じみたかしらの考え事は聞き覚えのある声に強制的に中断されてしまった。


 この声は。


 あの、イカれた赤い男、ローリーだ。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る