転生者がシナリオを変えた結果、バタフライエフェクトで生まれたキャラがやべーやつだった場合。(仮)
原純
第一章
第1話「脱・悪役令嬢」
王国貴族の中でも伯爵家以上の者しか招待されない、超上流階級向けのダンスパーティ。
おそらくこの日、この場所に、運命の分岐点がある。
侯爵令嬢エヴァンジェリンは、固唾を飲んで出席者を見渡した。
すでに原作通り、ヴォールト公爵の長子ディランと第一王女グレースは婚約を結んでいる。
原作では、ディランに懸想していた侯爵令嬢エヴァンジェリンは、同じくグレースに懸想しているヴォールト公爵第二子のアーロンとこのダンスパーティで知り合い、お互いの利害関係の一致を見て、協力して2人の仲を引き裂こうと策謀を巡らせていくことになる。
その先に待っているのは、エヴァンジェリンの死だ。
アーロンは全ての責任をエヴァンジェリンに
そんな未来を受け入れる訳にはいかない。
原作とは違い、ここにいるエヴァンジェリンは、その言い分を誰にも信じてもらえないような我儘令嬢ではない。
自身と実家の持つあらゆる力を駆使し、平民や貧民に施しをしたり、疫病を未然に防いだりし、一部では聖女とまで言われるほどに名声を高めてきたのだ。
とは言え、もし仮に本当に公子と王女の仲を引き裂こうなどとすれば、いかに高い名声を持っていたとしても到底相殺しきれない。
いや、むしろ高い名声は逆効果になるだろう。あの清廉潔白だった聖女が何故そんな愚かなことを、というわけだ。名を広く知られているからこそ、それが堕ちたときのダメージも大きい。
やはり愛し合う2人の仲を引き裂こうなど、するべきではない。
幸い、エヴァンジェリンは公子ディランに特に思うところはない。確かに彼は2人と居ない美男子だとは思うが、冷静に周りを見回してみれば、貴族の中には近いレベルの容姿の者は大勢いるし、平民の中にもイケメンはいる。
恋という名の状態異常にかかっていないのであれば、そんな愚かな末路を辿る事はない。
あとは、未来を知る者としてはもはやエヴァンジェリンの直接的な仇とも言える、公爵家次男のアーロン・ヴォールト。彼とさえ繋がりを持たなければ、最悪の結末は回避できるはずだ。
アーロンの顔は、これまでに何度か出席しているパーティでも見知っている。
内面はともかく容姿だけなら兄に似て端麗である上、目立ちたがり屋で華美な衣装を好む性質をしているので、きらびやかなパーティ会場でもすぐに見つかるはず。
そう考えながら会場に視線を走らせているのだが、アーロンの姿は一向に見つけられなかった。
(……どういうことかしら。いえ、別に居ないのならそれに越したことはないのだけれど。でも、居るはずなのに姿が見えないというのは少し怖い気がしますわね)
ちらり、とグレースと踊るディランに目を向ける。
兄弟であるなら、アーロンが来ているかどうかは知っているはずだ。
(あら?)
エヴァンジェリンはディランについてそれほど深く知っているわけではない。原作の事もあって、必要以上に関わらないようにしていたためだ。
そんなエヴァンジェリンでも気が付いた。
愛するグレース王女と踊っているはずのディランの表情に
それは当然踊っているグレースにも伝わっているようで、彼女もまたどこか心配そうにディランを見ていた。
まあ、貴族たるものの最低限の作法として、2人とも貼り付けたような笑顔を浮かべてはいるのだが。
ディランが浮かない顔をしている事と、アーロンの姿が見えない事。
この2つは関係があるのだろうか。
どちらも原作には見られなかった描写だ。ディランの機嫌については触れられていなかったが、アーロンが居ないのは明らかにおかしい。これでは悪役令嬢が悪役になれない。
もちろんエヴァンジェリン自身も悪役令嬢にはならないよう、これまで必死に立ち回ってきた。控えめに言ってもすでに全く原作通りではないわけだが、もしやアーロンもそうなのだろうか。
エヴァンジェリンのこれまでの行動がアーロンに影響を与えた、というのは考えにくい。エヴァンジェリンのした事と言えば、自身の名声を高めるため、王都に住まう平民や貧民の死者を減らしたくらいである。疫病の発生を抑えた事もあったが、原作では疫病が流行しても貴族たちには特に影響は出ていなかったはずだ。
ヴォールト公爵家も、長子ディラン以外は貴族にあらずんば人にあらずと言わんばかりの典型的なお貴族様といった性質だったはずなので、平民がいくら救われていようともアーロンに何か影響があるとは思えない。
だとすると、もしや、ヴォールト公爵家にも転生者がいるのだろうか。
エヴァンジェリン自身の例を考えると、あちらの転生者も同じく悪役のアーロン・ヴォールトなのだろうか。
これは一度、アーロンに会ってみる必要があるかもしれない。
このパーティが始まるまでは、決して顔を合わせないようにしようと思っていたアーロン・ヴォールトに、まさか会わなければならなくなるとは。
◇
エヴァンジェリンは、継続して行なっている慈善事業の件で相談があるという建前でヴォールト家を訪れた。
ヴォールト家は基本的に平民以下には価値を認めていないが、次期公爵であるディランは別だ。当主ルーベンには話を聞く気がなくとも、ディランが対応してくれるだろう。
少なくともアポイントメントの時点で断られたりはしない。慈善事業の相談を門前払いしたとなれば、いかに公爵と言えどもさすがに外聞が悪いからだ。
幸いヴォールト家の領地は辺境にあり、普段は王都の別邸にはディランしかいない。邪魔が入る事はないはずだ。
そうして目論見通りにディランとの面会を取り付けたエヴァンジェリンは、ヴォールト家の応接室で建前ばかりの会話に興じていた。
元は高度に文明化された平和な社会の平民であった彼女であるが、この世界に貴族として生まれ、すでに18年も生きてきた以上、それなりに貴族的な会話は出来る。
そんな貴族的な会話の中で、当たり障りのない話題からやんわりと本題の──と相手が思っているだろう──慈善事業への投資の嘆願を
「──ところで、ヴォールト家には確かディラン様の下に弟君がおられませんでしたか? 年齢的には私のひとつ上だったと記憶しているのですが、先日のダンスパーティではお見かけしなかったものですから……」
「っ!」
エヴァンジェリンにとってはこちらが本題であったのだが、話の切り出し方も雰囲気も完全に雑談という雰囲気であった、はずだ。
ところがエヴァンジェリンの言葉を聞いたディランはその端正な顔を歪め、哀しみとも怒りとも取れるような複雑な表情を浮かべた。まったく高位貴族らしからぬ振る舞いである。
彼はアーロンに対してそれほどの強い感情を抱いているのだろうか。
そして、そのアーロンはどうしたのだろうか。
「お、弟というのは……、アーロン、の事だろうか。聖女と名高い貴女に知っていただけているとは……光栄だが……」
全く光栄には見えない顔でディランは続ける。
「アーロンの事はその……どうか忘れて欲しい。これは近いうちに当主から正式に発表される事だから言ってしまうが……公爵家次男、アーロン・ヴォールトは、すでに死んだものとして扱う事が決定した。今後本人もその名も世に出る事はない」
「えっ」
悪役令嬢を脱却しようと努力を積み重ねてきたら、相棒の悪役がすでに退場してしまっていた。
何がどうなっているのか、エヴァンジェリンにはさっぱりわからなかった。
★ ★ ★
新連載を開始いたします。
よろしくお願いします。
なお、第1話と第2話には主人公は名前すらも登場しません(
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