毒吐き猫と世話焼きばぁさん

もげりん

第1話 ばぁさんとの日常

 オレの名前は団子

 生まれた時から小太りだった俺を見て、婆さんが満面の笑顔で付けた名前だ。


 だが、この名前……

 あまり好きじゃない


 だって団子だぜ?

 食われるのか?

 俺なんか食っても美味くねぇんだ。


 そして婆さんは今日も

 嫌いなオレの名前を呼ぶ。


 ーーーーーー


「団子や〜ご飯じゃよ〜」

 婆さんは、ガラガラで震えた声を張り上げて大声を出せば、オレのご飯をリビングの端に置く。


 薄めた味噌でマグロを煮込んだその飯は、オレの大好物の猫飯だ。

「にゃぁ〜」

 匂いに誘われ、リビングに置かれた椅子から飛び降りると猫飯の入った皿へと近づいた


 ん〜、良い香りだ。

 やっぱりこの匂いは堪らない……。

 人間はこの何倍も濃ゆくして飲むそうだが、オレには理解が出来ない。


「どうだい?美味しいかい?」

 婆さんは毎回の様に心配そうにコチラを見つめ、問い掛けてくる。


 何を言ってるんだか……。

 美味しい以外の言葉が有るなら、教えて欲しいくらいだ。


 俺は、無我夢中でこの猫飯を食べていると婆さんは決まってオレを抱き上げる。

 あと少しで完食だと言うのに、何をしてくれるんだ……

「団子がお餅になっちゃうから続きはお昼にしようねぇ」

 オレは毎度思う。

 何故、分けて出してくれない?

 お預けされたコッチの気持にもなって欲しいものだ……。


 飯を取り上げられ、やる事も無いオレは、仕方なく外に出て散歩をする事にした。



オレと婆さんの住むこの村は、実にのどかだ

 忙しい車の音も、

ガヤガヤとした人間の声も無い。

 有るのは虫の鳴き声と風の音……

まぁ、言ってしまえば何も無い田舎暮しだ。


 季節は夏に移り変わろうとし、暫く雨が多い日が続いていたが、今日は久しぶりに晴れ晴れとした天気だ。

 清々しい空を見て、オレは少し遠くへ旅をする事にした。



 ーーーーーー


 どのくらい歩いただろうか?


 カエルを追い掛けていたら、いつの間にか縄張りから出てしまったらしい。

 あまり遅くなったら、心配性の婆さんの事だ警察を呼ぶかもしれないし、最悪の場合には家から出して貰えず、丸1日婆さんの膝の上に座らされる羽目になりそうだ。


オレは急いでUターンし、元来た道を歩いた。



 家が見えて来た時、人間の子供が自転車で競走し隣を駆け抜けて行く。

 昨日までの雨で土が湿っていたせいか、泥が跳ねこのオレに命中する。


 まったく、おかげで全身泥だらけだ

これでもオレは綺麗好きなんだっ、帰ったら婆さんに乾かしてもらおう……。



「にゃぁ」

 婆さん〜帰ったぞ。

 玄関先でそう合図してやると、婆さんが足早に廊下を歩く音が聞こえる。

 そしてスリッパを履けば玄関の戸を開き、必ず同じ言葉を口にする

「おかえりなさい団子、今日は何処まで行って来たんだい?」


 泥だらけのオレを抱き上げては、洗面台へと立たせる。



 まて?水浴びなど聞いてないぞ!


 オレは慌ててその場から逃げようとするが、「逃がさないよ!」と婆さんに戸を全て閉められ逃げ場を失う。


こういう時の行動だけは素早い婆さん……。


 オレは観念して大人しく泥を洗い流してもらう事にした。


「よしよし、綺麗になったよ」

 うるさいドライヤーも終わり、やっと自由の身になったオレは急いでその場を離れ、冷たい縁側の廊下へと寝転んだ。

 ひんやりとした床が、ドライヤーで温められた身体にしみ渡りとても気持ちが良い。


 俺はそのまま、昼寝をする事にした。



 ーーーーーー


 数時間後、オレは飯の匂いに目が覚める。


 今日の夕飯は何だろうか?

重たい身体を持ち上げ、グッと伸びをすれば、匂いのするリビングへと向かった。

「起きたんだね、おはよう団子」

 婆さんはオレの姿を見ると、にっこりと笑いかけ「もうすぐ出来るから待っててね」と料理を続けた


 オレは、リビングの椅子に座りテレビを眺める事にした。

『ーーーでは、続きまして。今年の夏は猛暑となる見込みにより、高齢者や持病のある方の急患が多くなると予想されます。本日は、そんな猛暑に向けて体調を悪くしない予防について専門家にお話頂きます。』


 熱中症か……婆さんも良い歳だからな

 気を付けろよ?


「にゃぁにゃぁ」

 注意してみたが、オレの言葉は婆さんには届かない……。

「なんだい?お腹すいてるんだね、ほら出来たよ。お食べ」

 そう言って、婆さんはオレ食事をリビングの端へ置く


 今日の夕飯は……親子丼だ!!

 コイツはオレの好物、第2位だ。

 この鶏肉と玉子の組み合わせがもう何とも言えないんだよな〜。

 仕方ない、今日は婆さんと寝てやろう。


 今日はオレの好物ばかりだったからな、特別なのだ。




 ーーーーーー


 そして夜、オレは婆さんの眠る寝室へと向かった。

「にゃ〜」

 オレが声を上げると、布団に入ったばかりの婆さんは、隣を開けてくれる。

「なんじゃ、今日は一緒に寝てくれるのかい?おいでおいで」

 遠慮なく隣へ入ると、婆さんは上から布団を掛けてくれた。


婆さんの体温はとても暖かくて、落ち着く。



 俺は婆さんの腕の中で丸まり

 夢の世界へと入っていった。


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