第198話 ネロは裏切り者

「やっぱりそうだったんだ。ということは君は僕が誰か・・は知ってるんだね」


 冒険者の僕はネロとだけ名乗っている。アクシス家の生まれなのは言ってない。追放されたときに家名は剥奪されたようなものだし、敢えて言う必要もないからだ。


 正体を知っているのはギルドの一部の人間だけだよ。


「――裏切り者。水の紋章に生まれたことで逆恨みしてアクシズ家に仇なす愚か者」


 アイスが淡々と僕の質問に答えた。まさかそんな風に話が伝わってるなんてね。


「僕は恨んでなんていないよ。確かに家から追放こそされたけどね。それにもう僕はあの家に関わりたくないんだ」

 

 それが僕の本音だ。以前は冒険者として大成して見返したいという気持ちも多少はあったけど大切な仲間と巡り会えてそんなことはどうでも良くなった。


 もっともハイルトンの時といい、例え僕が避けていても向こうから来ることがある。今回のアイスにしてもそういうことなんだろう。


「アイス。君にもできればあの家と関わって欲しくない。自分が育ってきた家だけど、いや、だからこそ言える。彼らの考え方は君とは合わないし深入りしても君が傷つくだけだ」

「分かった風な口を叩くな!」


 アイスが叫んだ。怒りが再燃したようでもある。


「お前に何がわかる。アイはお前を凍さなければいけない。家の為にも絶対に!」


 怨嗟の篭った瞳をアイスが向けてきた。家の為に――彼女の魔法を見ればわかる。きっとアイスの家は魔法の力が強い家系なのだろう。


 だからこそアクシス家に利用されているのかもしれない。だけどまさか僕を相手にそこまでのことをしてくるなんて――


「スピィ! スピィスピィ! スピィ!」


 すると肩の上のスイムがアイスに向けて叫び出した。必死に何かを訴えかけているようでもある。


「スイムはきっと本能的に君が本当は素直でいい子なんだってわかっているんだと思う」

「何、を――」


 スイムの気持ちを知りアイスが戸惑っていた。それが何よりの証拠だと思う。実際僕以外の相手の言うことはよく聞いていたしスイムに食べ物もわけてくれた。根は良い娘なんだ。


「アイは……アイは――」

 

 アイが目を伏せ拳をぎゅっと握りしめた。もしかしたら彼女にも本当はわかっていたのかもしれない。このままではよくないということが。


「話の腰を折るようで悪いが、流石にそろそろまずいのではないか?」


 シャドウから声が掛かった。それを聞いて思い出した。僕たちはまだゴブリンの脅威に晒されている途中なんだって。


「そうだったアイス。これ以上時間を無駄にしているわけにはいかないんだ。ゴブリンのせいで君の仲間だって危険な目にあってるかも――」

「ガハッ!」


 その時だった。シャドウの足元から紫色の結晶が飛び出て彼女が天井に叩きつけられた。


「ふむ。人間とは随分と脆弱な生き物であるな」

 

 突然の出来事に驚いていると何者かの声が届いた。見ると長身痩躯の何者かが本をを片手にこちらを見ていた。ゆったりとしたローブ姿で見た目は人に近いが肌は緑色。

 

 そして両耳が尖っていた。この特徴――ゴブリンのようだ。ただこいつには髪の毛が生えている。しかし僕の知る限りゴブリンには髪の毛が生えない筈だ。


「ゴブリン……なのか?」

「ふむ。そちらの人間の認識としてはゴブリンと呼ばれる種族であるようだ。だが今の我はゴブリンにあってゴブリンにあらず。我が主の力によって我はより高みの存在へと生まれ変わったのだ」


 恍惚とした表情で答えるゴブリン。こいつは一体――

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