第190話 異変に気がつく――

「やれやれ。まさかこんなに早く救援要請が入るとはな。とんだ腑抜け揃いだったってわけか」


 頭を擦りながらシルバが愚痴る。


「大体わざわざ俺たちまで出る必要ないだろう。猛獣狩人もいるんだしな」

「文句ばかり言わないの。それに幾らなんでもおかしいわよ。確かに毎年ここまで来るとそれなりに笛を鳴らす受験者がいるみたいだけど、今回はいっぺんに多数の受験者が笛が鳴らしてるんだから」

 

 そう言ってビスクが眉を顰めた。確かに本来であれば笛がなった後に対処するのは控えていた猛獣狩人の三人の役目だった。


 だがそれも通年通り程度の数ならだ。それが今回は異常であるほどの数になっている。それも複数の受験者からほぼ同時にだ。


 この事態はあまりに異質だとビスクは考えていた。なにかあるかもしれない――そう考えたのがビスクも用心のために鳥や狼を何匹も引き連れてやってきている。


「とにかく急ぎま――え?」

「どうやら気がついたようだな」


 ビスクが言葉途中で口を紡ぎシルバが警戒するように通路の奥に目を向けた。先はT字状になっているがその影から何かを感じ取ったようだ。


「武芸・銀操作――」


 シルバの両腕に嵌められていた銀の腕輪が変化し鎖状となる。先端は鏃状になっておりそれを先の道に向け伸長させた。


「ギャギャッ!」

「ギギョッ!?」


 耳障りな悲鳴が聞こえた。鎖によって何かを仕留めたようだ。シルバの目つきが変化しビスクも身構えた。


「この声――まさか」

「あぁ、恐らくお前の思ってるとおりだ」


 シルバが答えたその時、左右から飛び出してきた六体のゴブリンが二人に向けて襲いかかってきた。


「やっぱりゴブリンかよ」

「まさかこんなところでゴブリンが!」


 シルバとビスクが同時に戦闘態勢に入った。ゴブリンはだいぶ頭に血が昇っているようだ。シルバの先制攻撃で仲間が何匹かやられたのが原因だろう。


「悪いが雑兵に遅れをとる俺じゃねぇよ」


 シルバは戻した銀の鎖を変化させ槍にした。一方でビスクは鞭を取り出し地面を叩くことで従えている狼たちがゴブリンに向けて飛びかかっていく。


「ギャ!」

「ギゲェ!?」

「グゲギャギャ!」


 狼たちはゴブリンの喉笛に噛みついたり爪で切り裂いたりなどでその数を減らしていった。


 一方でシルバは巧みな槍捌きでゴブリンの急所を貫き止めを刺していく。一部のゴブリンがビスクに向かっていったが彼女の鞭がそれを許さず、更に狼が止めに入るなどし難なくゴブリンの数をも減らしていった。


 そして数分後――そこにはもう、ゴブリンの姿はない。


「チッ、こっちで仕留めたのは四体か」


 T字路の先で倒れているゴブリンを見てシルバが舌打ちした。向かってきたゴブリンを含めて十体いたことになる。


 今回は片付けたもののあまり機嫌が良さそうに見えない。


「面倒な事になってる気がするぜ。一応確認だがこのダンジョンでゴブリンが生息しているって話は?」

「あるわけないでしょう。ゴブリンはCランク以上の腕前が必要な魔物よ。Cランクへの昇格試験でそんな魔物が徘徊する危険な場所選ぶわけない」


 怪訝顔でビスクが答える。実際それはシルバも理解していたことだった。ただでさえゴブリンは不測な事態に見舞われることの多い危険な魔物だと言われているのだから。


 Cランク以上推奨とあるがBランク冒険者が同行させられる事も多い。つまり本来ゴブリンがいる時点でこのダンジョンは昇格試験には向かないと言えた。


「もし笛がなった要因がこのゴブリンのせいだったら大変なことよ。とても試験どころじゃないわ」

「たく。何で今回の試験はこんな厄介事ばかりおこるんだ」


 シルバが愚痴る。するとビスクの肩に乗っていたオウムが騒ぎ始めた。


『聞こえるかシルバ! ビスク! 聞こえてるならこっちに向かってきてくれ。思った以上に厄介なことになってる!』


 オウムから聞こえてきたのはノーダンの声だった。これはビスクの武芸の一つであり使役する動物によって様々な効果がある。オウムの場合は番としたオウム同士であればある程度離れた場所からでも声を届ける事ができる。


 流石に通信の魔導具のように遠方の相手には無理だがダンジョンなどでお互いの状況を確認するには便利な特技であった。


 ビスクが連れているオウムから聞こえてきた声から緊迫した様子が感じられた。何よりノーダンが名前を間違えていない。それが状況の深刻さを如実に現していた。


「わかったわ! 今すぐ行くから待ってて!」


 ビスクが答える。番のオウム同士は互いの位置がわかる。それを利用して二人は猛獣狩人の下へ急いだ。


 しかしそこで見たのは予想以上に最悪の光景。猛獣狩人が相手していたのは見上げるほど巨大なゴブリンであった。


「これはまさかゴブリンジャイアント? めったに出ない希少種よ。こんなのまで現れるなんて……」

「たく、こんな時に。こいつを相手するだけでも事だぞこりゃ――」

 

 シルバが奥歯を噛み締め言う。これにより試験官二人を含めた五人の冒険者は暫く足止めを喰らうこととなったわけだが――

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