第139話 ガイの決断

「やっと戻ってきたか。この不良息子が」


 ガイは屋敷に戻るなり父であるグラン・マイトに文句を言われた。そのままグランの部屋に連れて行かれ無駄に高そうな机を挟んで父と息子が対峙した。


「相変わらず趣味の悪い部屋だな」


 壁には魔獣の頭を素材とした剥製が飾られていた。絵画や鎧、何だかわからない皿のような物も飾られているが全体的にゴチャゴチャしているように見えてガイは好ましく思っていない。

 

 棚には幾つかのトロフィー。すべて過去に何らかの大会で手にした物だが昔の栄光にしがみついているようでありガイは嫌いだった。


「お前にはこの部屋の良さはわからんさ。今更貴様のセンスについて兎や角言っても仕方ない。それよりも本題だ。ガイ、貴様あのネロの始末にいつまでかけているのだ?」


 やはりその話か、とガイが目を眇める。アクシス家の執事がわざわざ町までやってきた時から嫌な予感はしていた。


 命じられたころから、すぐに始末しては怪しまれるなどとごまかし、これまではのらりくらり躱して来たが流石にアクシス家も痺れを切らしせっついてきたのだろう。


「――ネロはパーティーから追放した。それで十分だろう。勇者パーティーを追放されたとあればネロの評判も落ちろだろうそれで終いだ」


 父であるグランの詰問にガイは平然と答えた。あのハイルトンという執事相手にも答えた内容だ。


「ふざけるな!」

 

 だが納得してないのかグランは拳で机を叩きつけた。勢い余ってか机に乗っていた万年筆がパキッと折れてしまいインクの瓶が落ちて床を汚した。


「くっ! 貴様のせいで高級な筆が割れてしまったではないか!」

「知るかよそんなもの」


 グランに文句を言われるもガイは気にもとめていない。


「アクシス家からも催促が来ている! 追放して終わりだなどとそんな生ぬるい決着で納得されるわけがないだろう。わかっているのか貴様は!」

 

 指をガイに突きつけ興奮したグランが唾を飛ばしながら叫びちらした。


 しかしガイは敢えて言葉を返さず黙ってグランの不満を聞き続ける。


「今このマイト家があるのもアクシス侯爵家のおかげ。ましてあのギレイル・アクシス様がお前に目を掛けてくださったからこそこれだけの重大な任務を与えて頂いたのだ!」

「……何が重大さ。所詮は汚れ仕事だろうが」


 ここでガイが反論した。ギレイルはネロの父親であり水の紋章を授かったネロを追放した張本人だ。


 しかしアクシス家は無能と決めつけているネロの存在そのものを忌々しく思っていた。本来なら即処分したいところだったようだがいくら無能とはいえ実の息子を親や家族が殺したとなると問題がある。


 それにアクシス家にはそれを許さない存在もいるという話だ。どちらにしても――自らの手を汚したくないアクシス家は長年面倒を見てきた、というより利用してきたマイト家にネロの始末を命じたのである。


 そしてネロの始末係として白羽の矢が立ったのがガイ・マイトであった。


「ガイ――貴様が勇者としてやっていけているのもアクシス家の支援があったからこそだ。で、ある以上貴様はその恩に報いなければならない。そうだろう」

「そんなもの別に俺が頼んだわけじゃねぇよ」

「な、んだと?」


 アンダルの眉がピクリと反応した。


「もううんざりだ。お前にも俺らを利用するアクシス家にもな。俺は降りさせて貰うぜ」


 そしてはっきりとガイが告げた。既に父とも思っていないアンダルの肩がわなわなと震えている。


「貴様、自分で何を言っているのかわかっているのか?」

「当然だ。言ってなかったが俺はずっとお前が嫌いだった。相手を見下し散々偉そうにしていながらアクシズ家の前では猫なで声ですりよりペコペコと頭を下げる情けないテメェがヘドが出るぐらいにな」


 ガイはこれまでも態度に出すことはあってもここまではっきりと言い放ったことは初めてだった。


 しかしガイは家に戻ってきたころからハッキリ宣言することを決めていた。


「ふざけるな! この父にそんな口を聞いてただで済むと思っているのか!」

「そうかよ。だったら俺もアクシス家がやったように追放するか? 俺は構わないぜ。こんな家を出たところで一人でやっていく自信があるからな。だがお前はどうだろうなぁ」


 敢えて挑発するようにガイが言った。


「どういう意味だ?」

「文字通りの意味だ。今この家に価値があるのは勇者の紋章を授かった俺のおかげだろう? その俺を追放してこの家に何が残る」

「ガイ、貴様父であるこの私を脅す気か!」

「俺は事実を言ったまでだ。ま、それでもいざとなればアクシス家に縋り付けば何とかしてくれるかもなぁ。もっとも俺がいなくなった後のこの家に価値があると判断するかはわからないが、どっちにしろもう俺には関係のない話だ」


 思ったままを口にしガイはスッキリした顔で踵を返した。


「待て! まだ話は終わってないぞ!」

「こっちはもう話すことはないぜ。言いたいこと言えてスッキリした。悪いがここから先は俺の好きにさせてもらう――あばよ」


 部屋を出て引き止める使用人たちも無視してガイは屋敷を離れた。後に残されたグランは何度も何度も机を叩きつけ遂には高級そうな机を叩き壊してしまう。


「ガイ、許さんぞ。絶対に許さんからな――」


 そしてグランは使用人に部屋の片付けを任せ怒りに満ちが顔のまま部屋を出た――

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