第五章 黒い紋章

第48話 すれ違った二人

 ダンジョンを抜けて僕たちは順調に町に戻る事ができた。何か途中で全く魔物に出会うことがなかったのがびっくりだったけど、何か戦ったような痕跡が道中幾つかあったんだよね。


 誰か他の冒険者が通って魔物と戦ったのかもしれない。魔物も強い人間がいるとわかると暫くその周辺に近寄らなくなることがあるからね。


「何とかダンジョン攻略出来たね」

「うん。途中、トラブルはあったけどね」

「スピィ~」

 

 スイムも安堵してるように思えるよ。ダンジョン攻略に関しては初対戦となるボスを倒した場合はギルドに報告する義務があるから、その時にハイルトンの事も伝えることになるね。

 

 戻ってくると空は茜色に染まっていた。はぁ、何だか町に戻ってきたらちょっと気が抜けたかな。いけないいけない報告までが冒険とギルドでも言われてるからね。


「ギルドに向かおうか」

「うん」

「スピ~」


 三人で冒険者ギルドに向かうことにする。スイムはエクレアが抱えて歩いている。


 通りにはこの時間結構人が多い。人々の話す声も自然と耳に入ってくる。


「今日の夕食は何にしようかしら?」

「新しい本が欲しいな」

「最近景気はどうだい?」

「今回はここで仕事か」

「あぁ。大事な仕事だ慎重にな――」


 あれ? ふと違和感を覚え後ろを振り返ってしまう。


「ネロどうしたの立ち止まって?」

「う、うん。ごめんちょっと!」

「え? ちょネロ!」

「スピィ!」


 気になって仕方なかった。それはマスターの言っていたことを思い出したからだ。


「あ、あの!」


 通りですれ違った二人の男性に声を掛けた。二人の内一人はローブ姿で細い目をした男性。


 もうひとりはシャツにズボンといった出で立ちで鍛え上げられたガッチリとした体つきで鍬を肩に担いでいる。。


「うん? どうかしたかい?」


 最初に反応したのは目が細い温厚そうな人だ。黒い髪が肩まで伸びている。


「何だ若い魔法師か」


 次に反応したのはガッチリ体型の鍬を担いだ男性。どことなく訝しそうにしていた。


「あ、その、実は自分紋章マニアで」

「は? 紋章マニア?」


 声を掛けておいて何も考えてなかったことに気がついた。咄嗟に適当なことを言ってしまっている自分がいる。


「そ、そうなんです。それで今チラッと見えた紋章が素敵だなと思って良かったら見せて頂いてもいいですか?」


 うわぁ我ながら酷い作り話だよ。初対面でこんなこと言われて普通に引かれるんじゃ……。


「はは。変わった子だね。だけど僕たちの紋章なんて何の変哲もない風と鍬・・・の紋章だけどそれでもいいのかい?」


 二人が前もって紋章について教えてくれた。確かにそれだけ聞くと普通なんだよね。


「あの、お、お願いします」


 だけどそれでも気になって聞いてしまった。細い目の男性がニコリと微笑む。


「まぁいいよ。こんなもので良ければいくらでも見なよ。な、ガル?」

「……ふん」


 そして二人があっさりと手の甲を見せてくれた。だけどその腕には二人が言っていたように普通の紋章が刻まれている。


「今も言ったけど僕のはただの風の紋章さ。これがそんなに珍しいかな?」

「俺なんて鍬だぞ。農業にしか役立たない紋章だ」

「あ、ありがとうございます」


 僕は一応お礼を言っておいた。ただ、知りたいのはそれじゃない。チラッとしか見えなかったからどっちの甲かうろ覚えなんだけど……


「あの逆の甲も見せてもらっても? 気のせいかもしれないですがそっちにも何か見えたような?」

「うん? いやこっちには何もないぞ?」

「あぁ俺もだ」


 そう前置きした上で二人が逆側の手の甲も見せてくれたけど、確かに何も、ない?


「あれ……」

「ねぇネロ。いきなりどうしたのよ」

「スピィ」


 僕が戸惑ってると追いかけてきたエクレアから声が掛かった。慌ててたから特に説明してなかったんだよね。


「ごめんねエクレア。ちょっと紋章が気になったんだ。あ、おかげで参考になりました」


 エクレアに謝罪しつつ、二人にもお礼を言った。それにしても見間違いだったかな?


「ま、別にいいさ。それにしても坊主可愛い彼女連れで羨ましいな」

「え? か、彼女!?」

「そ、そんな彼女だなんて」

「スピィ?」


 いきなりそんなこと言われて慌てちゃったよ。ほらエクレアも顔を真っ赤にさせて戸惑ってるし!


「エクレアというのかい? 可愛い名前だねぇ」

「あ、えっとそうなんです。彼女も僕も冒険者でそれでパーティーを組んでてその――」

「はは。なるほどなるほど初々しいな」

「しかし二人して冒険者とは若いのに勇ましいもんだ。ま、今後も頑張るんだな」

「は、はい。ありがとうございます」


 そして二人が手を振って去っていった。


「そのエクレアごめん。気を悪くしなかった?」

「え? いや、その、別にそんな、悪い――気も……」


 悪い気も、もしかしてやっぱり迷惑だったのかな……。


「それよりネロ。どうしてあの二人に声を掛けたの?」

「スピッ」


 エクレアが話題を切り替えてきた。スイムも不思議そうにしてるかな。


「実はちょっと気になる事があったんだけど気の所為だったみたい」

「そうなんだ。フフッ、ネロも結構早とちりよね」

「スピィ~」


 う~ん確かにそうだったかもね。実はどちらかわからないけど黒い紋章というのがチラッと見えた気がしたんだけどね……。

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