第41話 尾けていたハイルトン

「ぐぬぅうぅう! がぁ!」


 ハイルトンが感電し、これで勝ったと思ったのもつかの間――ハイルトンは額に血管を浮かび上がらせ僕とエクレアを睨みつけてきた。


「そ、そんな。確かに電撃を浴びたはずなのに、これを耐えたというの!?」

「スピィ!」


 エクレアとスイムが驚いている。僕も一緒だ。正直言葉にならない。


「ハハッ、お前らを尾けておいて正解だった。電撃が水を通すなどそんな馬鹿なことがあるかと思ったが、念の為に耐雷のスキルジュエルを装着しておいて助かった!」


 ハイルトンが言う。これってつまりハイルトンに尾行されていた?


 そう言えば途中で視線を感じたことがあった。あれがハイルトンだとすればダンジョンに入ったときから尾けられていたことになる。


 なんてこった。だからハイルトンは前もって水と電撃のことがわかったんだ。だからハイルトンは雷に耐性がつくスキルジュエルを嵌めていた。


 見たところダメージがまったくないわけじゃなさそうだからレアリティの低いジュエルなのかもしれない。


 だけど一発で仕留められなかったのは確かだ。最初はハイルトンも半信半疑だったから水と雷の連携に嵌ってくれたけど、次からは間違いなく警戒してくる。

 

「お前らは一つ間違いを犯した。それは今の一撃でこの私を殺せなかったことだ!」


 ハイルトンがダンジョンの壁を蹴りながら縦横無尽に駆け回った。水に触れないよう地上に留まらないでこっちを狙うつもりだろう。


「そんな――速すぎる」

「スピィ!」


 エクレアもハイルトンの動きを捉えきれていない。エクレアでさえそうなんだ僕が目で追いきれるわけもない。


「操投擲!」


 ダンジョンの壁を蹴り跳ね回りながらハイルトンがチャクラムを投げつけてきた。四本のチャクラムが僕たちに迫ってくる。


「水魔法・水ノ鞭!」


 水を使った鞭で再びチャクラムを絡め取ろうと考えるけどすでに見せた手だ。ハイルトンによって巧みに操作されたチャクラムを捉えきることが出来ない。


 まずいこのままじゃジリ貧だ。どうする?


「キャッ!」

「スピィ!」

「エクレア!」


 チャクラムがエクレアの肩を掠めた。エクレアの白い肌から鮮血が飛び散った。スイムが慌てている。僕も思わず声を上げた。


「だ、大丈夫よこれぐらい。ハァアァアア!」


 エクレアがハイルトンに向けて鉄槌を振り回した。だけど素早いハイルトンには当たらず壁ばかりを殴りつけている。


「ハハハハッ! 無駄だ無駄だぁッ! 貴様ら如きに私の動きは捉えきれん!」


 ハイルトンが勝ち誇ったように笑う。悔しい――僕自身もうあの家のことは忘れたかったのに、折角ネロとして新たな人生を歩み始めたばかりだと言うのに、あいつはそれすらも許さないのか。


「しかしこの私にほんの少しとは言えダメージを与えたことは許されざるな。ネロよ貴様という塵を排除することが目的ではあったが、少し趣向を変えるとしよう。貴様を殺す前にまずそこの女とスライムから始末してやる。貴様が後悔する程に惨たらしくな!」


 エクレアとスイムを? こいつは何を言ってるんだ?


 僕を身勝手に追放した癖に。その上折角出来た大切な仲間を友達を――ふざ、けるな!


 考えろ僕! こいつの動きを止めるには、そうしないと僕の大切な人が友達が――


 それにエクレアはマスターの大事な娘なんだ。僕の家とは違う温かい家族に悲しみなんて似合わない。


 マスター――そうだ。あの時見た、マスターと初めてあった時にギルドに向かう途中で見たあれを利用すれば……脳裏に浮かんだ、イメージが!


「閃いた! 水魔法・酸泡水浮さんほうすいう!」


 僕は新たな魔法を行使し杖を翳した。杖から大量のシャボン玉が吐き出され周囲にばら撒かれる。


「何だ、これは?」

「シャボン玉だよ」

「は?」


 ハイルトンが疑問に満ちた顔を見せた。まさかここに来てシャボン玉を浮かばせるとは考えなかったのだろう。


「これって――」


 エクレアも目を丸くさせていた。シャボン玉は基本的にはハイルトンを中心にばら撒かれてはいる。


 だけど、僕はエクレアに目で訴えた。察してくれたのかスイムを撫でながら彼女の動きが止まる。


「――やはり思ったとおり塵は塵ということか。こんなもので目眩ましのつもりか!」


 怒りに満ちた目でハイルトンが壁を蹴った。僕が放出したシャボン玉をただのお遊戯とでも思ったのか。だとしたら甘い――ハイルトンが動き出しシャボン玉に触れると泡が次々と破裂していった。


 途端にハイルトンの身から煙が上がる。


「ぐ、ぐぉおぉぉおぉおおお!」


 雷と水のコンビネーションの威力を知ってからハイルトンは一切地面に足をつけることがなかった。だが、もうその余裕もない。


 破裂したシャボン玉から零れ出た強力な酸を受けてはどれだけスキルの力に頼ったところで耐えられない。

 

 ハイルトンは無様に地面に落下した。片膝を付き苦しげに呻いている。


「な、何だこれは――貴様! 何をした!」

「大したことではないよ。お前の言う通り僕がやったことなんて強い酸性のシャボン玉を生み出したぐらいだ。これだけで倒せる程じゃない。だけど今の僕には仲間がいる!」

「集中する時間は十分貰ったわネロ!」


 快活な声が耳に響く。とても頼りになる女の子の自信に溢れた声だ。


 ハイルトンは電撃に耐性がある。だけど完全に威力を殺せるわけじゃない。ならばもっとも強力な技を食らわせればいくら耐性があろうと大ダメージは免れないだろう。


「これで決めるわ!」


 鉄槌を構えたエクレアが動きの止まったハイルトンに迫る。


「や、やめろ、そうだ! お前は見逃してやる。私に付け! アクシス家がお前の家をサポート出来るよう私が働きかけてやる! だから!」

「誰があんたなんか! 私はねネロをバカにされたことが一番許せないのよ!」

「スピィ!」


 エクレアがハイルトンに向けて言い放ちスイムも声を上げる。そしてエクレアの鉄槌が振り下ろされた。


「武芸・雷神槌トールハンマー!」

「ぐ、ぐがああああぁあああぁああぁあああぁあああぁあああぁあッ!?」


 エクレアの鉄槌が直撃し、雷と打撃によるダブルのダメージでハイルトンが絶叫を上げた――これで遂に、やったか……。

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