第330話

「…………今回の魔物の攻勢にはそれまでとは相違点が2つある」


 ロイター子爵は指をイズフール川の上流のほうへと動かしていき、


「1つは魔物の軍勢が防御陣への攻撃とは別にイズフール川の源流、山のすそ野の陸地沿いにコートダールへ侵攻しようとする動きを見せている点だ。

 もちろんコートダール側もそのような侵攻路を無防備にするはずはなく、すそ野の突破してくるルート上にレグザール砦という防衛拠点を築いて備えていた。

 ただ、攻勢を受けているイズフール川沿いの防御陣地からの援軍は望めず、レグザール砦単体の戦力でどこまで魔物を食い止められるか……」


 攻撃を受けてる最中に他へ戦力を出せないのはわかるが、


「商都から援軍を送ることはできないのでしょうか?」


 ちなみに、コートダールの首都は商都、ベルガーナ王国やアルタナ王国は王都、グラバラス帝国は帝都と呼ばれている。都市名があるのは帝都のラスティヒルだけだ。


「コートダールには、ゲルテス男爵が率いる第2騎士団や、帝国から派遣されているビグラム子爵が率いる白鳳騎士団のような騎士団が存在しない。前線に配置されている防衛部隊と各都市に警備隊があるだけだ。

 コートダールは商業国家と呼ばれてるだけに経済活動に重きを置いていて、軍隊自体はそれほど強くないんだ。南部三国同盟の中でも経済援助での貢献が主な役割でね」


 なんか日本みたいな国なんだな。専守防衛的な?


「帝国からもコートダールの前線には部隊が派遣されている。

 むしろ帝国からの戦力供給がなければ防衛線を維持できない、と言ったほうが正確かもしれない」


 差し詰め帝国軍の立ち位置は在日米軍といった感じだろうか。

 実際に血を流してコートダールを守っているという点は大きく違うのかもしれないが。


「ここで2つ目の相違点だ。

 前回魔物がアルタナ王国へ侵攻する構えを見せたので、帝国軍が西へ移動してるという話は覚えているね?」


「もちろんです」


「西へと移動中の帝国軍がどう動くかはまだ不明だが、仮に即反転してコートダールに向かったとしても到着するまでにはかなりの日数を要する。

 つまり今回の攻勢に対する援軍としては間に合わないと考えたほうがいいだろう」


 陽動にモロ引っ掛かってしまったからな。


「帝国の戦力はかなりの規模だと以前ナナイさんに聞きました。

 まさか全軍を西に移動させたわけでもないでしょうし、コートダールへ援軍を送る余力はあるのでは?」


「そうなんだけどね…………」


 言いにくそうな感じだな。


「これはコートダールが伝令を通じて非公式に伝えてきたことなんだが、帝国内での過激派の妨害が激しくてこれ以上の兵力増強は困難とのことだ」


 帝国の過激派とは南部三国への支援を止めて、帝国単独で南に支配領域を広げていくことを目的とした派閥だ。


「援軍を送ることを妨害するって、そんなことが普通できるものなんですか?

 帝国を治めている皇帝陛下の命令を妨害するってことですよね?」


「皇帝が命令を下すよりもっと前の段階で、援軍を送らせないように軍部に働きかけているってことだね。

 帝国国内には過激派以外にも南部三国への直接的な支援に反対する人達がいる。

 当然だ。他国を守るために自国の兵士を犠牲にしているのだから。

 それらの人達が一部主張を同じくする過激派と歩調を合わせているのだろう」


 皇帝ってもっと理不尽で一方的に命令を下すもんだと思っていたけど、何だか違うみたいだな。

 神聖にして不可侵なる〇〇皇帝みたいなイメージが先行し過ぎているのか。俺の中で。

 結局はロイター子爵の言う通り、帝国からの新たな援軍は望めないってことだ。


「この国からは……?」


「王都には竜の子の第1騎士団が残っているけどね、さすがにコートダールへ動かすことはできないだろう。王都がガラ空きとなってしまうし、この国だって魔族に対する最前線なんだ」


 ですよね~。


「君は商都には行ったことはあるかい?」


「はい。何度か」


「ならわかると思うけど、メルクやロクダリーアから東の国境沿いには山岳地帯が広がっている。

 仮にコートダールが陥落したとしても、山岳地帯の地形を利用して少ない兵力で魔物の侵入を防げるかもしれない。中央の軍部からはそのように楽観視する意見もチラホラと聞こえてくる」


 ロイター子爵はコートダール滅亡という最悪の事態もあり得ると予測しているのか……


「だが、コートダールの陥落はこの国とアルタナ王国の防衛線が崩壊するのと同義である、と私は考えている。

 両国の戦力は商業国家の経済に支えられていると言っても過言ではないんだ」


「コートダールは絶対に守らなければならない。

 そのためにレグザール砦へ加勢しに行く、ということでよろしいでしょうか?」


 地図上には商都と南のイズフール川との中間地点に街がある。

 ルルカの祖父母と両親、娘のルミカちゃんが暮らしているワナークだ。

 個人的にも守らなければならない理由がある。


「そのことなんだが、魔物の攻勢に関してはあくまでも第一報を受けての分析に過ぎない。状況は刻々変化しているだろう。

 そこで君にはまず、商都の司令部に行って最新の情報を聞いた上で適切な行動をしてもらいたい」


「ちょっと待ってください!

 冒険者が司令部に行っても門前払いされるだけだと思いますが……」


 行くのなら冒険者ギルドのほうじゃないかなぁ。


「その心配には及ばない。

 この書状を持って行きなさい」


「これは……」


「今回君はバルーカから正式に援軍として派遣されることになる。

 閣下と私名義の正式な公文書だ」


 なんかエラいことになってきた!?


「これは前回のアルタナ王国の時のように、密偵まがいのことをされては困るということもあるが……」


「あれは想定外の状況に追い込まれまして……」


「コートダールの前線では防衛部隊の他に帝国軍も混在している。

 冒険者のままでは行動に制限が掛けられたり、余計なトラブルに見舞われることを回避するための措置だ」


 たった1人でバルーカを……いや、ベルガーナ王国を代表して参戦しろと?


「閣下と私とで全責任を負う。

 現地では君自身が最善と信ずる行動をとって欲しい」


「……わかりました。全力を尽くします!」


「頼んだよ」


 ここまで言われたからにはやるしかないだろう!!

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