第322話

「お願い……とは?」


 少し警戒感を強める。

 3日前に王都ギルドへのミリスさんの依頼を受けたばかりだ。

 俺とミリスさんの間の貸し借りは……一応ミリスさんの立場を考慮して通常の依頼(=清掃依頼)を暇な時に受けていくつもりだが……それでもミリスさんから借りてる要素が大きいか。城内ギルドからの呼び出しもこう何度もでは結構な負担だろうし。


「実はツトムさんに清掃して頂きたいという城内の宿屋からの依頼が入っていまして……」


 俺への指名依頼は断るようお願いしてあるが、レドリッチとは違ってミリスさんに対しては強制することはできない。あくまでもお願いベースだ。


「その依頼を断れない特別な事情でも?」


「特別なというか……先日ツトムさんに、今後は通常の依頼も受けると仰って頂いたので、高い依頼料の指名依頼は断るのはもったいないかなぁと……」


 俺としては依頼料とかどうでもいいことだけど、ギルド側からしたら高額依頼を手放したくないのだろう。


「それにどうしてもここのギルド(=壁外区の出張所)では、ツトムさんの等級に相応しい依頼をご用意できませんので」


 壁外ギルドで登録した冒険者は早ければ6等級の内に、通常は5等級で城内のギルドに所属を移す。ロザリナも王都から姉妹で来た当初は壁外ギルドに所属していたが、後に城内ギルドに移っている。

 なので依頼票が貼られている掲示板も6等級と7等級が最も賑わっており(見習い期間は掲示板では7等級の区分)、5等級の掲示板には現在依頼票は2枚しかなく、4等級に至っては掲示板すらない。

 城内ギルドに依頼(特に高ランク依頼)が集まるのは、こちらが所詮は壁外区にある出張所でしかないので仕方ないことだ。壁内とは人口がかなり違うし、経済的な格差も生じている。


「自分に依頼を用意する必要は全然ありませんからね。暇な時にテキトーに下の等級の掲示板から清掃依頼を受けますので」


「それは……ちょっと困るというか、ご遠慮頂きたいような……」


「下の等級の冒険者から仕事を奪うな、みたいなことですかね?」


 俺は現在4等級、この壁外ギルドではトップに君臨している。

 まったくもってそんな自覚はないが……


「もちろんそのような意味もあるのですが、そのこととは別に通常の清掃依頼をツトムさんの浄化魔法でこなしてしまうと色々と支障が……」


 詳しく聞くと、過去に俺が壁外ギルドで受けた清掃依頼が問題となったらしい。

 浄化魔法による清掃の出来は、他の冒険者が手作業で行う清掃とは一線を画する綺麗さだ。

 俺が清掃した依頼主が次も同じ金額で依頼したが、前回からは程遠い結果に納得できずにギルドに文句を……という流れみたいだ。


「それでどうなったんです?」


「その依頼主には、『あの魔術士は等級も上がりまして今後はあのような安価で依頼を受けることはないので、依頼主さんは逆に幸運だったと受け止めてください』、で押し通しました」


 なんて強引な。

 しかし、壁外ギルドの少ない件数で問題になってるのなら、多くの件数をこなした城内ギルドではかなり問題になってるかもしれない。けどその割にはレドリッチが何も触れてこなかったのが解せないが。


 ※レドリッチは当時ツトム達臨時パーティーが大量に清掃依頼を行った翌日に職員に聞き込みさせて対処済。


「まぁわかりました。その依頼を引き受けましょう」


「ありがとうございます! こちらが依頼票となります」


 城内の宿屋が依頼主とのことだが、依頼票に記された名前に覚えがない。

 報酬が……4万ルク?!

 宿屋なので部屋数が多いとはいえ、清掃の依頼なんて1件につき2000~3000ルクが相場なのに随分と奮発したものだ。


「それと…………今後もツトムさん宛の清掃依頼を受けてもよろしいですか? 報酬は高額に設定しておきますので」


 下の等級の清掃依頼を受けられないのなら仕方ないか。


「そうですね。依頼を受けるのがいつになるかわからない、という条件でしたら」


「承知しました!」


 依頼主の宿屋の場所を教えてもらい壁外ギルドを出る。

 ミリスさんも後で商業ギルドに行くみたいだ。




 ちゃんと通行料を支払って北門から城内に入り教えられた場所へと行く。

 依頼主の宿屋は以前臨時パーティーから紹介されて請け負った2件の宿屋の近くにあった。


 中へと入り従業員に清掃の依頼で来た旨を伝えると、


「おぉ! アンタが噂の魔術士か!」


 この宿屋の主人である恰幅の良い中年男性が出てきた。


「知り合いと飲んだ時に色々と聞いてね、ウチも綺麗に頼むよ!」


「その知り合いの方は近くの宿屋の?」


「いや、少し離れた場所で食堂をやってる奴さ」


 宿屋繋がりというわけではないらしい。

 続いて浄化魔法の説明をする。


「……となると宿泊客は出てもらったほうがいいな。

 オイ! 各部屋を回ってしばらく外に出るようお願いしてこい! 一応貴重品は部屋に残さないよう言うのを忘れるなよ」


「わかりました!」


「アンタは食堂と厨房から頼む」


 指示された順番で浄化魔法をかけていく。

 2階建てで部屋数が多いとはいえ1棟のみなのでサクサクっと終わらせた。


「聞いてた以上に早いな! しかもまるで新築の頃のようだ!」


 他言しないようお願いしようかと思ったが、今更口止めしたところで無駄なので止める。

 大層喜んでる主人にサインをもらって壁外ギルドへと戻った。




「さすが早いですね!」


 壁外ギルドに入るとミリスさんのほうから声を掛けられた。


「ミリスさんは商業ギルドへは?」


「もう行ってきましたよ」


「そちらのほうが早いですよ」


「私のほうは幾つか聞きに行っただけですので」


 完了手続きを済ませて報酬を受け取る。


「今後の清掃依頼なんですけど、依頼料を上げてもらえます?」


「ご不満でしたか?」


「不満と言うほどではないのですが……」


 宿屋1件で4万ルクというのは最初は破格の報酬だと思ったが、実際やってみるとこれでもまだ安価なのではと思い始めた。

 食堂と厨房から始まってロビーに風呂場と脱衣所、トイレに廊下に客室多数と従業員用の事務室と仮眠室など、単価で換算するとかなり格安になってしまって俺への指名依頼が増える結果になってしまう。

 それではダメだ。たまに依頼が来て壁外ギルドに貢献するぐらいが丁度いいのだ。

 加えて俺への依頼が多くなると、結果的には他の冒険者から依頼を奪う形になってしまう。余計なトラブルの元だ。


 今後の依頼料は建物の大きさや部屋の数などに応じて変化させ、少しだけ強気な価格設定をミリスさんに提案した。

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