第309話

 バルーカ城東門の内側にある広場に停車している馬車へと乗り込む。

 オークの集落を討伐する場合はこれまでギルドが馬車を用意していたが、今回は帰りが今日か明日かわからないので一般のメルク行きの馬車での移動にするようだ。おそらくバルーカと東のメルクの中間を過ぎた辺りで途中下車して南の森へと入っていくのだろう。


 南の大森林において魔物の集落は東側(=メルク側)に点在している。

 これはベルガーナ王国内最大の軍事拠点と言っていいバルーカと違って、メルクには領主であるハシス侯爵家の手勢しか戦力がないので、軍による魔物の集落討伐が行われていないことに加え、メルクの冒険者ギルドが南の大森林の中に点在する魔物の集落の討伐を行わなくなったためだ。

 半年前にランテスが所属していたメルク最強の2等級パーティー『烈火』がオーガの特殊個体に壊滅させられて以降、ギルドは特殊個体との戦闘を避けるために集落を討伐せず魔物の個体数を減らすことに方針を変更したという経緯があった。


 バルーカ方面も俺とグリードさんが二本角の黒オーガと戦って以降、ギルドは魔物の集落討伐を行わないことにしたようだが、バルーカ周辺は軍による定期的な掃討作戦が行われているので比較的安全が保たれている。



 メルクに向かって走る馬車の中でも2等級パーティー『チェイス』の会話は少なかった。

 たまに魔術士に向かって『水くれ』と言って、魔術士が収納から水筒を出して無言で渡すといった感じだ。

 長くパーティーを組んでいるとこんな感じになるのだろうか? 冷めきった夫婦関係みたいな?

 バルーカやメルクのパーティーはもっと和気あいあいとしてるがなぁ。


 俺達以外にも一般の乗客が3人乗っているが、チェイスに影響されてか特に会話はない。

 仕方ないので横に座っているギルド職員のコーディスに話し掛けてみる。


「昇格試験の野営時に特殊個体のことを聞いてきたのは、こうなることを見越してですか?」


「いや、本部からの討伐隊派遣の通達があったのも彼ら(=チェイス)が来る直前だったんだ。あの時点では想定もしてないことだ」


「彼らは特殊個体(=二本角)に勝てるのでしょうか?」


「それは私のほうが君に聞きたいぐらいだ。

 強力な仲間がいれば勝てるかもと言っていたのは他ならぬ君なんだぞ」


「確かにそのようなことを言いましたが、あくまでも自分より強い人がメインで戦うならってことですし、今回は自分は戦闘には参加しないので……」


「チェイスは国内ではトップクラスのパーティーなんだ。

 勝ってもらわねば困るよ」


 その評価は妥当なのか、チェイスの実力はオークの集落を殲滅する時にでもわかるか。


「ところでどうして4等級に昇格したばかりの自分に護衛を?」


「君個人でひょっとしたら4等級や3等級パーティーよりも強いのではないか、と私が睨んでいるからだ」


「それは買いかぶり過ぎですね」


 4等級パーティー相手にならいけそうな感じもするが、3等級パーティー相手には厳しいだろう。

 あぁでも、模擬戦仕様ではなく実戦における能力についてか……

 人相手の戦闘ってまだ未経験なのでよくわからないが、戦い方としては飛行魔法で距離を取りながら遠くからの土甲弾連打って感じか。街の外限定の戦い方だけど。

 街中だと使用魔法が制限されて結局模擬戦と似た戦い方になってしまうかなぁ。


「そうは思わないけどな。

 何にせよ引き受けてくれて助かったよ。

 これで貸し借りはチャラだな」


 戦闘に参加しなくていい護衛役で借りが返せるのならそれほど負担とも思わないし上出来だろう。


「っと、そろそろだ」


 コーディスは席から立ち上がって御者のいる先頭に移動する。

 しばらくして馬車が停まり7人が降車した。



「ここから南東の方角に半刻ほど歩くと最初の集落がある。

 まずはそこを叩こう」


 チェイスの後に続いて俺とコーディスが森へと入っていく。

 森の様子は数日前に昇格試験で訪れた時から特に変化はない。

 このバルーカとメルクの南に広がる大森林は木々の間隔が広くて移動し易い。しかも所々木々のない整地されていない広場のような場所が大小無数にあり、魔物の集落はそんな広場を伐採でさらに大きくしたような場所に存在している。


「集落の場所は事前に調査したのですか?」


「事前にというよりは、ギルドでは定期的にこの森に斥候を送って調べてるんだよ。

 やはりある程度は実態を把握しておかないと、大規模な集落が形成されているのにも気付かない、なんてことが起こり得るからな」


「南のどのあたりまで調べてるのです?」


「最大で砦のあるラインまでだ。

 日帰りで往復できる地点までという制約がある。野営すること前提に斥候に護衛を付ければ最大距離も伸ばせるが、現状だとそこまで知る必要がないので実行してはいない」


「それってバルーカ側のことですよね。メルク側の調査は……」


「あちらのギルドは街近くの崖を降りた周囲と、バルーカとメルクの中間辺りは調べているし、こちらのギルドとの情報の共有も行っている。

 だが、街から離れた南のほうにかけての一帯が手付かずなのはその通りだ」


 以前メルクでフライヤさんを連れ戻した際には、案内役のヌーベルさんは街近くのオーク集落はきちんと把握していた。

 近くと言っても徒歩で数時間といった距離感なのだが、あの辺りよりもっと南のほうは調べてないから未開の地ってことになるのだろうか。


「なのでメルクの南にはオークが街規模の巨大な集落を築いている、という噂もあるぐらいだ」


 その噂が本当かどうか今度見に行ってみるかな。

 飛行魔法なら短時間で…………そうか。飛行種が迎撃して来るかもしれないのか。

 俺は飛行種との戦闘はおろかその姿を見たことすらない。

 アルタナ王都に潜入していたあの異形の魔族が飛行種でなければだが。

 あんな特殊な事例はノーカウントでいいだろう。

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