第190話

「残念ながら旧友は8年前に病没しているんだ。まだ37歳の若さだったんだけどね」


「そうとは知らず……、申し訳ありません」


「君が謝ることではないよ」


「はい…………

 そうしますと後は当時の乗組員に聞き込むぐらいしかないかと……」


「ただの乗組員が有益な情報を持っているとは思えないな。

 それにいくら酒の席の雑談感覚だったとはいえ、それぐらいのことは旧友に聞いたはずなんだ」


 15年以上前の記憶を丁寧に掘り起こしていく。


「そうだ…………、そのことを聞いたら違うと言っていたな。何についてかはわからないが、確かに違うと。

 その違いこそが真実への…………くっ、ダメだな。これ以上は思い出せない」


「御友人は外務官とのことでしたが帝国に赴任されていたのでしょうか?

 随分とこの件を深くまで探られていたようですが」


「いや、旧友はずっと王都勤めだったよ。

 帝国には公務で何度か行った程度だったはずだ」


 王都に居ながら帝国のことを探っていたのなら、普通であれば人を送って調べさせていたと考えるのが妥当だろう。

 あんな酒の席で話すのだから外務部の任務という訳ではないだろうが…………しかし過激派が絡んでいる以上間違いないとまでは言い切れないか……

 もし外務部が絡んでいるのなら王都に伝手の有る伯爵経由で何らかの情報を入手できるだろうが、個人で動いていた場合はどうにもできないだろうな。


「巨大大型船の件は更なる情報が得られるまでは置いておくとしよう」


「わかりました」


「明日私は伯爵と共にバルーカに戻るが、君はツトム君から無理しない範囲でもっと情報を引き出して欲しい。

 特に必要なのが彼の国における魔術士の能力だ。

 もし彼クラスの実力者がゴロゴロいるのならとんでもないことになるからね」


「まさか……、あり得ませんわ」


「こちらの常識が通じるなんて最初から考えない方がいい。

 我々にとって文字通り未知の大地なんだから」


 もし新大地の魔術士が我らを圧倒する能力を持つのならば、帝国内における過激派の台頭もそのことが背景にあるのだろうか?

 それにしては先にその実力を見せたのがバルーカで事故で飛ばされてきた少年というのは間の抜けた話だ。


 あるいは新大地と過激派を安易に結び付け過ぎてるのかもしれない。

 彼が新大地出身だったとしても、そのことは巨大大型船と新大地側とが接触した証拠にはなり得ない。

 あくまでも旧友が過激派との関連を疑ったのは巨大大型船のことなのを忘れるべきではないだろう。


----------------------------------------------------------------





 翌朝、砦の北門にて伯爵閣下とロイター子爵を見送った。

 主要な指揮官や幹部クラスは勢ぞろいしており、その中には当然レイシス姫とナナイさんの姿もある。

 逆に一般兵は一部の者だけで、北門近くの城壁上で守備している者と広場にチラホラいるだけだ。もちろんこれは伯爵や子爵が不人気なのではなく、任務(の為の就寝)を優先させた結果だ。


 おっと!? レイシス姫と目が合ってしまった。

 礼儀として一応頭を下げておく。

 レイシス姫は俺をアルタナ王家所縁の家に婿入れさせたい意向を持つお姫様で、俺からしたら非常に厄介な存在だ。

 あまり実感はないものの俺の主君ということになっているらしいイリス姫と姉妹のように仲が良いので無下にもできない。


 20騎ほどの護衛に守られて伯爵と子爵が出立すると、砦の最高司令官は国軍の第2騎士団長であるカール・ゲルテス男爵が引き継ぐことになる。

 ゲルテス男爵は長身で40歳ぐらい、立派な顎髭を生やしているモロ武将っ感じのお人だ。

 城で一度挨拶しているのと、初めてオークキングと戦って苦戦してた際に見えない斬撃で止めを刺してくれた。あの一太刀は本当に凄かった。



 さて、これから俺はナナイさんとお風呂作りをしないといけない。

 ナナイさんは砦にいるからなのか昨日からの女性用の兵士姿なのは相変わらずで、素敵なおみ足は拝見できないままだ。

 いっそ風呂が完成したら試しに入ってもらうとかできないだろうか?

 一緒に入るとかまではさすがに言わないから、是非ともどのような姿で湯に浸かっているのか見せて欲しい…………いや、見たい!!

 そんな願望を胸に秘めながら建築関係の専門家と打ち合わせをしているナナイさんの下へ行こうとした時だった。


「冒険者ツトム!!」


 部下から二本の木刀を受け取ったゲルテス男爵に呼ばれた。


「君の実力を見せてもらおう!

 ついて来てくれ」


「は、はい!」


 砦の北門から外に出て行く男爵について行く。

 レイシス姫を含めた見送りに来ていた人達も一緒について来る。


「この辺りでいいだろう」


 男爵は砦から200メートルほど離れて止まり、俺へと木刀を投げてよこした。


「自分の剣技は素人の域を出ませんけど?」


「もちろん魔法を使ってくれて構わない。

 この砦の最高司令官として君の実力を知っておきたい」


 お貴族様相手に魔法攻撃しろとか無茶苦茶言う!?


「さぁどうした! かかって来い!!」


 仕方ない……


「いきますよ!!」


 ドンッ! ドンッ! と威力を多少弱めた風槌を放つ。


 男爵は軽く木刀を振る感じで風槌を打ち消していく。

 やはりランテスや昨日戦ったオークジェネラルと同じく剣圧で風槌を相殺することができるようだ。


 これまでだったらここで風槌の威力を強めたり手数を増やしたりしていたが、今回は戦い方を変えることにした。


 水棍!!

 水魔法で棒を生成し打ち付けていく。

 何も水棍は律儀に一本だけである必要はない。

 同時に何本もの水棍で叩いていく。


 男爵は細かくステップして回避したり剣で水棍を真っ二つにしている。

 やはりロクに練習してないから鋭さに欠けるか……


 ここから更に水鞭と水玉を加えていく。

 三種の水魔法を駆使して多角的に攻撃しているものの、どうしても『違う種類の魔法は同時使用できない』という制約が邪魔をして有効な攻撃にならない。

 仮に練習を積み重ねて技自体の精度を上げたとしても、この制約が壁になって強者相手には通用しないであろうことが容易に予想できてしまう。


「中々の手数だが…………、各魔法の連携が今一つだな」


 くそっ! 見抜かれている!!


「今度はこちらからいくぞ!!」


 男爵がわずかに腰を落とした。


 く、来る!?

 あの見えない斬撃が……!!

 あれを防ぐ為には剣の軌道を先読みして、男爵が攻撃する前に魔盾を置くしかない!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る