第184話

「ん? ツトム君どうしたんだい? 何か気付いたことでもあるのかな?」


 ロイターのおっさんに自分の推理を話してみた。


「う~~ん…………魔族が人族の国家間の関係変化を目的とした攻撃を仕掛けて来るとはにわかには信じ難いが……」


 こういった考えはそう簡単には受け入れられないよなぁ。

 この世界に来てまだ2ヶ月の俺とは違い、彼らには長い年月を費やして固まった魔族に対するイメージがあるのだろうし。


「少数の部隊でも実行可能な目的ではありますな。実際の成否は別にしてですが……」


「卿自身はどう見ているのだ?」


 伯爵がロイター子爵に問い掛けた。


「バルーカに転移させることができるのなら、逆にバルーカに呼び寄せる……召喚することもできるのかもしれません」


「呼び寄せる?!?! バルーカに魔族の部隊をか!

 むぅぅ~~~~」


「あくまでも推測ですが…………」


「しかしながら、召喚するにしても転移後の砦にはロクな戦力は残っていませんでしたが?」


「必ずしも砦から召喚するとは限らないじゃないか」


「すると南方大陸から…………」


「転移システムだけでもその仕組みがわかればいいのだが……」


「砦には手掛かりはなかったのですか?」


 あれだけ大きな音がしたんだ。それなりの魔道具の起動音のはずだ。


「砦に突入した部隊が南へ飛んで行く飛行種を目撃してる。まず転移に関連する魔道具を積んで退避したとみて間違いないだろう」


「砦の内部に何か痕跡などは?」


「今のところ見つかってはいない。

 そうだ! 砦と言えばツトム君に頼みたいことがあったんだ。

 ナナイ君!」


 衝立の向こうの待機所からナナイさんが姿を現した。


「詳しい事は彼女に聞いて欲しい。

 ナナイ君、後は任せるよ」


「はい、お任せ下さい」


 再び軍議に混ざるロイター子爵を尻目にナナイさんと天幕を出た。





「先ほどは素晴らしい活躍をされたようですね」


「かなり苦戦しましたけどね」


「魔力の消耗具合はいかがです?」


「そこそこ消耗していますが…………どうしたのです?」


「実はツトムさんに砦の清掃をお願いしたくて……

 砦を占領したのはいいのですが、内部の匂いと汚れが酷くて再利用はおろかまともに調査すらできない有様で……」


 そう言えばあの砦施設の内部の臭気は強烈だったな。


「軍のほうで掃除しようとしたのですが吐き出す者や気分の悪くなる者が続出してどうにもならず、このままでは司令部すら砦に移せません。どうか……」


 数の力で押し切ろうとしたけどダメだった訳か。

 依頼料を吹っ掛けたいところではあるけど…………軍は金払いは冒険者ギルドと違って良かったし今回はアレコレ言わずに素直に引き受けておくか。

 この依頼自体の報酬が提示されないのも俺の働き次第ってことなんだろうし。


「わかりました。

 その代わり自分からもお願いがあるのですが」


「なんでしょう?」


「砦の外で魔法の練習をしていいですか?…………ちゃんと離れたところに壁を作ってやりますので。

 今日の戦闘で課題だったり調整しないといけない箇所が見つかりまして」


「そのくらい構いませんよ。行かれる際は私に一声掛けてからお願いします」


「それと、昨日話したお風呂の件、明日以降で構いませんか?

 さすがに魔力が…………」


 実は魔力そのものは常時魔法を使いまくる状態でもない限り砦を浄化魔法で綺麗にしながらでも、あるいは魔法の練習しながらでもスキルLv8である魔力回復量が上回るので何も問題ない。

 先ほどの戦闘である程度出血しているし疲れてもいるし非常に面倒そうな案件なので明日以降にしたい、というだけのことである。


「そうですね。

 砦の施設なども魔物によって破壊されているところが多いですし、予定通り北門広場に建てていいか再度確認したほうがいいのかもしれません。

 作業は明日まで延期しましょうか」


「もう少し余裕を持って3日後ぐらいからの作業開始にしませんか?」


「砦の清掃をした後で専門家と現場を視察してその結果を上に伝えませんと……」


 俺の言った事聞こえているよね?


「急いては事を仕損じると言います。ここはじっくりと計画を練り直すべきなのでは?」


「明日の一番から作業に取り掛かれるように万全の準備しておきますので」


 ワザと? ワザとなの?


「何はともあれまずは砦に行きましょうか」


 俺の発言を全力スルーして砦に向かおうとするナナイさん。

 ひょっとして歩いて行くつもりなのか?!


「ちょっと待ったぁ!

 砦へなら飛んで行きませんか?」


「魔力………………厳しいのですよね?」


 ちょっと疑わし気な目つきで聞いてくるナナイさん。


「この程度の短距離なら問題ありませんよ。さぁ、行きましょう!」


「きゃっ」


 やや強引にナナイさんを抱っこして飛び立った。

 本当は思いっきり抱き締めてナナイさんの柔らかさを堪能したかったのだけどここはさすがに自重する。




 砦の内側に降りると各施設から臭気が漏れているようで砦内には異様な匂いが立ち込めている。


「施設内部の匂いが強烈でどうしようもなくドアや窓を全開にして換気しているのです」


 兵士達も匂いが漂ってこない風上に避難しているようで誰も見当たらない。


「とにかく始めましょうか」


 鼻と口を手拭いで覆って施設の中に入り浄化魔法で綺麗にする。

 俺の浄化魔法は見えている範囲内であればそれなりの広さの部屋でも一気に浄化できる。

 死角になっている机や椅子の裏なども綺麗にするが、他の物と接している場合は浄化されない。

 例えば本棚を壁から少し離して浄化魔法を使うと壁も本棚の裏側も綺麗になるが、本棚の底面と床部分は綺麗にならない。

 さらには空気中に漂う匂いの粒子はどうにもできない。

 固体や液体を綺麗にすることはできても気体には効果がないのが浄化魔法だ。


 砦の施設……そのほとんどが兵士用の宿舎と思われるが、建物のドアや各部屋の出入り口の多くが周りの壁ごと破壊されていた。

 通常のオークでも人族サイズの建物を使うのは厳しいだろうが、それよりも大型なオークの上位種やオーガなんかが出入りするとこうなるのだろう。


 一つ一つの施設を中に入って一部屋ずつ綺麗にしていくが、段々と面倒臭くなってきた。

 一般的な住居と違って割と画一的な造りをしていて浄化作業もスムーズに行えているのだが、何せ数が多い上に単調な作業の繰り返しで飽きるのだ。


 試しに建物外部から中を一気に浄化できないか試してみる。

 上手くいかない。

 もう一度……

 失敗だ。

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