第118話

「食事や生活用具などはどの程度用意すれば?」


「食事に関しては軍のほうでお出しできますよ。

 領軍・騎士団共に調理班が帯同しますので、城で食べているのと同じぐらいの……っと、ツトムさんは城で食事なさったことはないのでしたか。

 一般家庭より上等な食事ですので美味しさは保証致します」


「料理人を連れて行軍するのですか?」


 てっきり異世界モノ定番の干し肉で済ますのかと思ったのだが……

 味の濃い干し肉をお湯に入れて即席スープを作り、硬いパンをスープに浸して柔らかくして食べる。試してみたい異世界あるあるの一つだ。

 でも実はこれって作ろうとさえ思えば日本でも可能なことだったりする。


「今回は砦の恒久的な占領を目的としていますので……、普段は大規模な輸送隊でも編成しない限りは調理班は連れて行きません。

 ツトムさんは収納魔法が使えるのですから寝具や好みの食材などは持参なさったほうが砦でもより快適に過ごせるのではないでしょうか?」


 布団一式は必要か。食べ物は王都で買った肉パンがあればいいかな。

 そう言えば初期の頃に城内で買ったビーフシチューもどきが少し前から切らしたままだっけ。帰りにでも店に寄るか。


「必要な物は自分で用意しますね。

 それで自分への依頼内容というか役割みたいなのを教えてくれませんか?

 緊急事態や変事に対応するのはわかっているのですが、作戦が順調に進む可能性のほうがむしろ高い訳で……」


 先ほどの軍議の際もロイター子爵は『私の直属で動いてもらう冒険者で……』という言い方しかしてなくて通常時に何をしていればいいのかさっぱりわからないのである。


「特に何も聞いておりませんが……。

 ひょっとしたら負傷者の治療を手伝ってもらうかもしれませんが、基本的には何もせずに本陣か砦の指令室で待機していればいいのではないでしょうか?」


 げげげげ!?

 本陣や砦の指令室って伯爵始め偉い人がたくさんいるとこじゃん。

 気まずい空気満載のそんなとこで待機しているより前線で1兵士として戦ったほうが気が楽だわ。


「本陣や指令室で待機というのは勘弁して欲しいと子爵にお願いしておいてもらえませんか?

 待機しているだけで気力が消耗してしまいますので……」


「クスクスッ。

 そうですね、砦を奪還するまでは個人用の天幕を用意しましょう。

 奪還後は司令室の近くに個室を……ちょっと砦内の見取り図で確認しますね」


 ナナイさんは手元の資料から1枚を取り出して食い入るように見ている。


「天幕は必要ありませんよ。

 砦は短時間で落とせるでしょうし、何でしたら土魔法で自分で天幕っぽい小屋を作れますので」


「わかりました。

 それで砦のほうなんですが、ちょっとツトムさんに待機用の個室を用意するのは無理そうです。

 司令室のある建物に空き部屋がないからですが、今回ツトムさんには就寝用の個室を(もちろん司令室とは別の建物に)割り当てますので、その上で更に待機用の個室までというのはお止めになったほうがよろしいかと。

 大部屋や天幕でザコ寝の兵達の反感を買いますよ?」


 あー、その視点は無かったな。

 兵士達からすると俺は上官ポジション的立ち位置になるのか。命令権はないけど。

 自分は冒険者で軍から依頼を受けてここ(砦)にいるんだと口での説明ならいくらでもできるが感情的に納得できなければ意味ないからな。

 いや、むしろ冒険者のほうが問題なのかもな。軍隊は上からの命令は絶対だから上官ポジションなら逆に無理にでも納得するのかも……


「砦では司令室でおとなしく待機しておくことにします」


 空き部屋がないなら建物を増設して部屋数を増やすこともできるけどやらないほうが良さそうだな。


「それがよろしいでしょう。

 子爵にはお伝えしておきますのでそれとなく配慮してもらえると思いますよ」


「よろしくお願いします」


 う~~ん……

 今日はナナイさんに場を完全に支配されている感じだなぁ。

 睨み合いみたいな感じにならないどころか、同じ土俵に立たせてすらもらえない。

 ロイター子爵が優秀と評したその能力を存分に発揮している感じか。

 時々色っぽく組み替えられる真っ白な太ももからの脚線美に俺が目を奪われてなければだが……



「あの~、何か御用件があったのでは?」


 やべぇ、どうしても目線が脚に……

 これだけガン見していたらナナイさんにはモロバレだろうな。


「コホン、そうでした。ナナイさんは半年前にメルクに出現した黒オーガ……、オーガの特殊個体のことは御存知ですか?」


「はい。冒険者ギルドとは密に情報交換をしておりますので。かなり強い個体らしいですね」


「実はアルタナ王国で同種族と思われる黒オーガと戦いまして…………」


 メルクで情報収集したことと、そこから導き出された推論を話した。


「なるほど。魔族側が人族の強者を抹殺してるということですか」


「ええ。一昨日ロイター子爵から金級・銀級・1等級冒険者が実はいないのではないかというお話を聞きましたが、もしかしたら2等級冒険者の数も魔族によって減らされているのではないかと危惧致しまして……

 事実バルーカの現在のトップは4等級ですしメルクのトップも黒オーガに2等級の烈火がやられて以降は3等級が繰り上がる形でのトップのようです」


「軍のほうでも冒険者ギルドの実態を把握している訳ではありませんので何とも言えないのですが……」


 最前線の2都市に2等級すらいないなんて緊急事態だと思うのだけど……


「これはそのオーガとか関係なく一般的な事柄なのですが……

 優秀な冒険者はまずコートダールに集まります。次に帝国ですね。

 2つの王国、ベルガーナとアルタナはその次になりますので中々強い冒険者を確保できない状況にあります」


 確かに昨日のレドリッチ(バルーカギルドのマスター)も『3等級より上のパーティーを招くことは簡単にできることではない』と言っていたな。


「何か明確な理由でもあるのでしょうか?」


「はい。コートダールと帝国は冒険者に支払う依頼料が高いのです。

 グラバラス帝国の帝都であるラスティヒルは帝国東部にあってコートダールに近くしかも両者は河川で繋がっています。

 この河川を利用しての帝国との大規模な交易がコートダールを商業国家に至らしめている最大の要因なのです」

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