第110話

 それにしても……

 あんな短いやり取りでここまで洞察して来るとはなぁ。

 このニナという受付嬢には今後注意が必要か。

 まぁメルクにまた訪れる機会があるのかはわからんが。


「かしこまりました。報酬はいかがしますか?」


「無事に連れ戻せたら貸し1つということで」


 金銭よりもこちらのほうがお得感があっていいだろう。


「承知しました。ヌーベルさんは……」


「私のほうも問題ないよ」


「ツトムさんはメルクの地は初めてですのでヌーベルさんの指示に従ってください」


 フライヤさんと合流したら2人を抱えて飛ぶことになるのか。

 試したことないが大丈夫……だろうか?

 もはや当たり前なのが釈然としないが2人の身長は俺よりも高い。

 ヌーベルさんはスレンダー体型だがフライヤさんは剣士だけにアスリート体型だ。

 ゆっくり飛べば……却って不安定になるか……

 このことは後でヌーベルさんに言うとして、それよりも……


「もしフライヤさんが街への帰還に同意しなかったらどうしますか?」


 もしも何も絶対拒否すると思う。

 ここで説得に応じるようなら1人で救出になんて行かないだろうし。


「その時は………………」


 悩んでいるな。

 ここでヌルい指示を出すようであれば改めてこの話は断ろう。

 頼む側が責任を負わない件に首を突っ込むのは危険だ。

 領主の血縁者が絡むのであれば尚更だろう。


「……フライヤさんを捕縛してでも連れ帰って下さい」


 まぁニナさんはフライヤさんとの付き合いは長いだろうし、説得に応じるとは俺以上に思ってないのだろう。


「捕縛はヌーベルさんにお任せできるのでしょうか?」


「私は斥候職だ。戦闘力は期待しないで欲しいし、まして4等級の剣士を正面から無力化するなんて無理だ」


「ツトムさんにお任せしても?」


「自分がやるのであれば手足の1本や2本は覚悟してもらわないといけませんよ?

 オークの勢力圏下で模擬戦みたいなゆっくり無力化する戦い方なんてできませんし」


「構いません。この際骨折程度は仕方ありません」


「骨折程度で済ますような便利な魔法はありませんよ。

 手足を物理的に斬り落とすことになるでしょうね」


 まぁその後でちゃんと繋げるけど。


「そ、それは……」

「斬り落とすとか……マジかよ……」


 2人共にドン引きである。

 まぁ無理もないか。

 繋げた後できちんと元通りに動かせるようになるのかまでは確認できてないからなぁ。

 昨日千切れ掛けた自分の腕は回復させた後も何も問題はないが、完全に切断された状態ではなかったので証明とまではいかないだろうし。


「と、とにかくそうなった場合は私が最初に仕掛けてみる。

 上手く不意を突ければ捕えることができるかもしれないから少年もフライヤの気を引くなりしてサポートしてくれ」


「わかりました。こんな場合ですし街中から飛び立っても?」


「緊急時には街中での飛行は認められていますので大丈夫ですよ」




 ヌーベルさんと簡単に飛行中のサインの確認をする。

 指で方向指示、手を上下で減速しろ、俺の体をつねって着陸しろの3種類だ。

 本来ならもっと複雑なサインを構築するみたいだが色々な意味での初心者な俺との急造パーティーではこれが限界だとの判断みたいだ。


 建物を出てヌーベルさんを抱き締め南に向けて飛び立つ。

 初対面の女性と密着してドキドキするが心の中で深呼吸して冷静さを保つ。

 もし女性に飢えていたら心臓のバクバクが止まらなかっただろう。

 ヌーベルさんがスレンダー体型なのも幸いした。



 昨日遺体が発見された現場からそれほど遠くない場所に2つのオーク集落があるという。

 現在向かっているのはその内のひとつだ。


 メルクの南は崖になっている。崖の高さは目視で30メートルを超えている。

 東側は山岳地帯になっているので飛行魔法や滞空魔法を持たない冒険者は街道をバルーカのほうに向かって大きく迂回しないと南の森には行けない。

 上手くいけば街道上でフライヤさんを捕捉できるだろうと楽観視していたのだが……

 メルクから少し歩くと身体能力がそこそこあるなら崖を上り下りできる箇所があるとのこと。

 冒険者の間で『森への出入り口』と呼ばれているその崖の部分は地上から5メートルほどのところから崖の上手前3メートルまで土魔法で階段と休憩所(単なる横穴)が作られている。

 当然のことながらちゃんとした階段を作らないのは魔物が登って来れないようにする為だ。

 階段以外の部分を壁面の凹凸を駆使して上り下りできること。メルクで冒険者活動を続ける為の適性事項だ。


 ヌーベルさんの指示通りに巡行速度よりやや遅めで飛行していると体に回された手で背中をつねられたので適当な場所に着地する。

 地図(強化型)スキルには前方に敵(魔物)を示す赤点が多数表示されており、この先にオーク集落があることは間違いないようだ。


「フライヤがいないか周囲を捜索して来る。少年はここで待っててくれ」


「お一人で大丈夫ですか?」


「これでも斥候としての腕には自信があるんだ。任せてくれ少年」


「お気を付けて」


 打ち合わせの段階からヌーベルさんにずっと少年呼びされているのが気になるが、たぶん今日だけの関係だろうから訂正するまでもないだろうと放置している。


 3分……5分とジリジリとした時間が経過していく。

 いっそオーク集落を殲滅した方が早くないかという思いに駆られるが、虜囚がいなければ無駄な戦闘になってしまい時間を浪費してしまうし、虜囚がいたらいたで戦い方が難しくなる。人質を取られているようなものだからだ。

 何より俺達の目的は囚われた冒険者の救出ではなくフライヤさんを連れ帰ることだ。



「ここにはいない。次の集落に行くぞ」


 音もなく戻って来たヌーベルさんに小声で言われた。


 再び彼女を抱き締め飛び立つ。

 次の集落は比較的近距離にあった。

 地図(強化型)スキルには先ほどのオーク集落とは違い多くの赤点がせわしなく動いており、数十体が集落の外で北へ向けて高速移動をしている。


 この魔物の動きはもしかして何かを追い掛けてるのか?

 地図(強化型)スキルは敵しか表示しないのでこんな時には不便である。


 状況はわからないがフライヤさんが追われていると仮定して動いた方がいいよな。

 問題なのはこのことをスキルのことを隠しながらどうヌーベルさんに説明するかなのだが……

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