第99話
「宮仕えは自分の気性には合わないと思います」
せっかく異世界に来たのに真面目に働くなんて絶対嫌だ。
特に朝のイチャイチャタイムは絶対に死守せねば。
これまで何の為にパーティーも組まずにソロで頑張って来たと思っているんだ。
もっとも求められるのは有事の際の戦力としてだから真面目に働く必要はないのかもしれないけど。
「だろうね。軍務卿直属ともなると名前を隠すというのも無理があるし」
「あの~、例えば仮面か何かを付けて正体を隠すのはいかがでしょうか?」
今まで黙って話を聞いていたナナイさんが提案してきた。
変身ヒーロー的な感じだろうか?
上手くやればこの世界初のヒーローモノとして爆発的な人気を得られるかもしれない。
キャラクターグッズを商品化して大儲けなんてことも夢じゃないかも。
「一時凌ぎにはなってもずっとは無理だろう。
却って目立つことになるし余計なトラブルも招き易くなるだろうね」
「そうですか……」
ナナイさんはシュンとしてしまった!
まぁ、『あの仮面魔術士の正体は誰だ!?』と騒ぎになるのは目に見えているからなぁ。
「一番良いのは魔物の侵攻を許さず自分の出番がないことだと思うのですが、1等級冒険者や金級・銀級冒険者に前線に住んでもらっていざという時に守ってもらうことはできないのでしょうか?」
ここで今日レイシス姫に会う前に疑問に思ったことを聞いてみた。
「う~~ん……、これは中央や軍の中枢で噂されていることなんだが、金級・銀級・1等級冒険者は実はいないのではないかということが言われてるんだよ」
「いない????」
どういうことだ?
例え活動自体はしてなくてもきちんといるはずなんだが……
「君も知っているだろうけど1等級冒険者への昇格は数年に1人、銀級への昇格に至っては10年以上いない。
これはどういうことかと言うと、新しく昇格した1人を除けば全盛期から10年以上経過した者ばかりが集まる老兵集団ということになる。言い方は悪いけどね」
「つまり実績はともかく戦力や能力的には1等級に相応しくない者ばかりということなのでしょうか?」
「鍛錬を続けていれば技量を維持したり向上させることは可能だし対人戦や模擬戦では相応の強さを発揮できるだろう。
しかしながら我々に必要というか期待したいのは魔物を殲滅する強さだからね。
身体能力の劣化した彼らは1等級だの銀級金級と持ち上げて特別視するような存在ではなくなっているのだよ」
加齢による能力の劣化か……
キツイ問題が出てきたな。
しかし……
「ロイター様が仰られたのは近接戦闘職についてですよね?
魔術士はどうなんです?
魔術士であれば加齢による影響も少なく実戦で等級相応の実力を発揮できると思うのですが……」
「確かにそうなんだけどね、本来魔術士というのは数を揃えて火力で制圧するのが従来の運用法で君が教えてくれた新魔法を会得してもそれは変わらない。
1等級以上の魔術士が戦列に加われば戦力アップにはなるものの戦局を左右するような存在ではないんだ。
君だって自分が特異な存在だと思うからこそ権力機構や危ない組織から狙われるのを危惧している訳なんだろう? 君と同等以上の働きが1等級以上の魔術士にできるのなら名前を隠す必要はないだろうからね」
薄々そうなんじゃないかとは思っていたが、魔法に関しては人類最強クラスということらしい。
もちろん経験が必要な技術的な部分では俺より優秀な魔術士はいくらでもいるだろうが、威力や魔力量で総合的には上回ってしまうのだろう。
「わかりました。今後どこかが危機の際はお知らせください。
なるべく正体がバレないように魔物を撃退しますので」
「そこなんだがね……
ツトム君。貴族になることを真剣に考えてみたらどうかな?」
「それは最初にお会いした時に話されたロイター様の臣下にということでしょうか?」
この人の下なら真面目に勤務しなくても大丈夫だろうし、色々融通も効かせてくれるだろう。
あっ、でも冒険者は辞めないといけなくなるな。
稼ぎ的には厳しくなるし年上ハーレム計画も頓挫してしまう。
いや、例え冒険者を辞めてもどこかの商会に直接オークを売れるなら稼ぎとしては問題ないのではないか?
狩りなんて貴族の嗜みみたいなもんだろうし、俺の場合は獲物の量がちょっとだけ多いってだけだ。
「そういえばそんなこともあったねぇ。
あれからまだ一月も経ってないのに随分昔のことのように感じるよ。
それはそうと結論から言うと、私に仕えるという形ではなく君自身が新たに家を興すということだ」
「自分が……ですか……」
「貴族になれば国からの庇護が受けられるし、よほどの理由でもない限りは手を出そうと考えることすらなくなる。
最初はせいぜい村1つだろうけどそこから領地が増えれば君の同居人だったかな? を守る戦力も増えることになる。
私の臣下では政治的には守れても直接的に守るのは難しくなるからね。普通は家臣が主君を守るのであってこれが逆になると家内の統制的にもマズイ事態となってしまう」
「しかし自分に貴族が務まるでしょうか?
権謀術数が渦巻く魑魅魍魎《ちみもうりょう》の世界と聞き及びますが……」
「そのイメージはどうなんだと思うけどね。
確かに中央の貴族にはそのような傾向があることは否定しないけど私が言ってるのはここバルーカで貴族にならないかということなんだ。地方貴族ということだね。
デメリットとしては男爵より上に出世するのが困難なことなんだけど爵位を上げたい訳ではないのだから問題はないだろう。
領主であるグレドール伯爵は中央から派遣された方だけど公明正大な人柄だし伯爵を除けばバルーカでの貴族のトップはかく言う私だから悪いことにはならないと思うよ」
確かに貴族というだけでチョッカイかけてくる人なり勢力や組織は激減するだろう。貴族バリアとでも言うべきだろうか。
いずれ与えられた領地で兵馬を養えるようになるなら防御力としても完璧だ。
現状のようにロザリナを常にルルカに張り付けておく必要もなくなるかもしれない。
「いずれにせよ砦を奪還するまでは伯爵も私も手が空かないからね。
君を貴族にするにしてもその後ということになる。
それまでよく考えて結論を出して欲しい」
「承知しました。
前向きに検討させて頂きます」
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