第86話
「アルタナ王国の情勢を聞かせてもらえませんか?」
「アルタナ王国……確か3日前の情報では南の防衛線が突破されたとか……」
「3日も前の情報ですか。自分が王都や下の待合室で聞いた話ですと、既に魔物の軍勢はアルタナ王国の王都に迫っていて(ベルガーナ)王国からの物資の輸送にも影響が出ているとか」
ナナイさんは慌てて資料を漁るが、このような重大な情報が頭に入ってない時点で負けを認めているようなものである。
情報は鮮度が命。
常に新しい情報を仕入れておかないといざという肝心な時に役に立たない。
「ツトム君。君はアルタナの戦況を聞いてどうするんだい? 興味本位ということならこちらとしても詳しく教える訳にはいかないが……」
ロイター子爵が割って入ったことで勝負は決着した。
「この後にでもアルタナ王国の様子を見に行こうかと思いまして」
「!?」
ナナイさんが悔しそうな顔をしている。
戦地に向かう者に必要な情報を渡せないのではふがいなさで一杯だろう。
「ふむ……、2人共こちらに来てくれ」
そう言うとロイター子爵は机の上に引き出しから出した地図を広げた。
「先ほどナナイ君が言ったように3日前に南部防衛の要であるルミナス大要塞が突破されたという知らせが届いた。例のオーガによる投石がその原因だ」
ロイター子爵は地図上のアルタナ王国の南の地点を指差している。
そこには東西にやや右上がりに線が引かれており、それがルミナス大要塞らしい。
地図上の表記だけでもかなりの大きさのように思える。
「オーガによる投石と猿の魔物の情報はアルタナ王国には……」
「もちろんすぐに伝令を飛ばしている。南部3国(アルタナ王国・ベルガーナ王国・商業国家コートダール)は対魔物で同盟を組んでいてね、情報はすぐ共有する取り決めになっているんだ。君の魔法も同様にね」
「ならばどうして……」
「新魔法の習得が間に合わなかったのか、それともルミナス要塞の防御を過信し過ぎて脅威に感じなかったのか……
いずれにせよオーガと猿は要塞の守備隊が突撃を敢行して殲滅したとのことだ。多大な犠牲と引き換えにね」
「突破されたという表現ですと要塞そのものは未だ健在なのですか?」
「それが連絡が途絶していてよくわからないんだ。敵中に孤立している訳だからね。
魔物は北上しているので要塞への攻撃自体は緩くなっているはずだから落とされてはいないというのが大方の見方だね。
話を進めよう。
急報を受けたアルタナ側は王都の戦力を総動員してルミナス大要塞と王都の中間にある、ここだね、レグの街の少し南で遅滞戦闘を開始した。これが2日前の戦況だ。
その後アルタナ軍は一部の部隊をレグの街の防衛に残し本隊は王都へ撤退した。レグの街は籠城戦に入ったそうだ。まぁ籠城戦と言ってもどこからも援軍が来る宛などないのだから実質的には王都を守る為の捨て石というところだね。
魔物はレグの街を包囲するグループと王都へ向かうグループの2つに分かれている。
今頃は王国と帝国から援軍が出陣しているだろう。何としてもアルタナの王都を守り抜く腹積もりのようだ。
これまでの全体的な流れは以上かな」
聞いていた以上に状況は悪いようだ。
ロイター子爵は地図を示しながら説明してくれたが……
「これほど詳細な戦況を教えて下さるということは自分に何か指令でも?」
「それなんだけどね……
君にはレグの街に残った部隊の指揮官であるレイシス姫をなんとか救出してもらいたい。
アルタナ王の三女であるレイシス姫はイリス姫と非常に懇意にしていてね、イリス姫は早くに夫を亡くされた同じ境遇も相まってレイシス姫を妹のように想っておられるのだよ」
姫様絡みか。
「レイシス姫の状況をイリス様は御存知なのでしょうか?」
「もちろんだ。伝令からの報告の際にその場にいらしたからね」
レイシス姫のことが心配だろうに、そんな中でも面会者との謁見をこなして俺のくだらない願いにも嫌な顔一つせずに応じてくれたのか。
これは是が非でもなんとかしないといけないなぁ。
「それにしてもレイシス姫はどうして王都に撤退しなかったのでしょう?」
「……私の推測なんだが、恐らくはアルタナ王の命令だと思う」
「!? 実の娘を捨て石とする街の守りに? そのような事があり得るのでしょうか?」
「1つの街を犠牲の祭壇に捧げる以上その犠牲者の中に王族がいなければ王家として国民に対する示しが付かないのだろう。君には理解し難いことかもしれないが……」
「そのような事情であるなら自分が行ってレイシス姫を救出するなんて不可能なのでは? そもそもレイシス姫が説得に応じるとも思えません」
王族に連なる者の責務と捉えているだろうし。
「その通りだよ。事はアルタナ王国の内政問題だからね。こちらから口出ししては大問題になってしまう」
「つまりアルタナ軍を急襲してレイシス姫を攫って来いと?」
「いやいや! そんな過激な行動はしないでくれ!! そんなことをしたら大問題どころの騒ぎじゃなくなるよ」
「ではロイター様はどのようにしてレイシス姫の救出を?」
「君にはレグの街を明日まで守ってもらいたい。
行軍を急いでいれば明日にはアルタナの王都に王国と帝国からの援軍が到着するはずだ。
王都で魔物を撃退できれば魔物は一気に引き上げる……かもしれない」
確かに緊急招集の時も夜間の襲撃の際も魔物は引き上げる際には一斉に引いていたから全く根拠の無いことではない。
だけど……
「自分1人が加わった程度で街一つを守り切れるでしょうか?」
「君はこの間バルーカを襲った魔物を撃退したじゃないか」
「あの時は帝国軍が護衛してくれたのと魔物がいたのはバルーカの南側だけでしたので……」
敵の大軍の中で孤立している街をどうやって守るのか。
美味しそうな状況ではあるが。
「私には君に命令する権限はない。ただ願わくば、風前の灯火である街を守ってレイシス姫を魔物の囲みから救い出して欲しい」
そうだよな。
肖像画に描かれる姫様の表情を暗く影を落とさせるのか明るく華やかにするかの瀬戸際だからな。
「レイシス姫救出の為に微力を尽くします」
それにもしレイシス姫の救出に成功したら姫様から肖像画以上のムフフなご褒美を期待できるかも……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます