春の始まりと、彼女の初めて 終幕
12時直前のフードコートは混み始めていたが、まだまばらに席は空いていた。弥生が食べたいと言ったピザとファストフードのフライドポテトを手に、テーブルにつく。カメラ店には14時に来てくれと言われた。楽しそうに「あと2時間何しようね」と言っている弥生とは裏腹に、俺は「どうやって弥生が傷つかないようにしよう」という不安でいっぱいだった。とりあえず全力で機嫌をとっておこう。14時まで、弥生が望むことをやらせてやろう。そう決意した。
昼食後、俺たちは現像完了まで残りの1時間を潰すためにゲームセンターに向かった。俺は音ゲーマーだった時代もあるので、ゲームセンターはそれなりに馴染み深い場所である。むしろ時間を潰すにはゲームセンターしかないという勢いなのだが、弥生にとっては違ったようだ。あまり来たことがないようで、キョロキョロと物珍しそうにあちこち見渡している。そして何かを見つけたのか、弥生は俺をキラキラした目で見つめてきた。
「ねえねえ、あのゲームやりたい!」
弥生が指差したのは、家庭用ゲームで有名なレースゲームのアーケード版だった。あれなら所要時間的にもちょうどいいだろう。「いいぞ」と答えると、弥生はとても嬉しそうな表情を浮かべて俺の手を引いた。さて、接待プレイの時間だ。
レースゲームとクレーンゲームに、合わせて1000円ほど使ったところでちょうど14時になった。いよいよ運命の時間である。緊張している俺とは裏腹に、弥生の機嫌は最高潮だ。そもそもなんで俺はこんなに弥生に気を遣っているのだろうとも思うが、流石に小さな従姉妹に泣かれるのは心に刺さるものがある。
写真店に着くと、店主が中からネガと写真を入れた袋を持って現れた。苦い顔をして袋を渡してきた店主に、言葉こそないものの俺は最悪の事態を察した。「今開けると散らばっちゃうといけないから、どっかで落ち着いてからな」と弥生に言い聞かせ、俺たちはファミレスに向かった。
席について、弥生のためにイチゴのパフェを注文してやると弥生は目を輝かせる。
「おにいちゃん、今日どうしたの? なんかのお祝い?」
「別に、今日は弥生の初現像記念日だから、かな」
「何それー」
やたらとホスピタリティの高い俺を不審に思ったのであろう弥生が不思議そうに尋ねてきたが、適当に誤魔化した。追及されるかと思ったが、弥生は俺の言動よりも写真の出来栄えの方に意識が向いているようである。こちらに向けてチラチラと開封の許可を求めるような視線を送ってくる。どうぞ、とジェスチャーで示すと、嬉しそうに袋の封を切った。頼む、せめて1枚くらいは見るに堪える出来栄えの写真があってくれ。
そんな俺の願いも虚しく、出てきた写真は真っ白なものや真っ暗なものばかりであった。恐らく光の量が多いか少ないか、調節をしなかったがために両極端な出来栄えになってしまったのだろう。俺は弥生の反応を見るのが怖くて写真だけを見つめた。テーブルについた弥生の手は明らかに震えている。どうしようか。そう思って顔を上げると、なんと弥生は声を立てて笑い始めた。
ポカンと弥生を見つめる俺には気づかないようで、彼女はバシバシとテーブルを叩いて「こんなふうになるのかー」と笑っている。一通り笑い転げた後、弥生は1枚の写真を指差した。
「パパは、よく晴れた日の庭に来てた鳥の写真を撮ってたって言ってた。だからこの写真だけは光の感じとかよく撮れてるね。よーし、今度は全部これを目指すんだ」
その写真には、庭木の剪定をする俺の姿が綺麗に写っていた。
どうやら俺が勝手に心配をしすぎていたらしい。弥生は写真の出来だけではなく、写真を撮る過程――撮りたいものを選んでシャッターを切り、出来栄えを想像する時間を全て楽しんでいたのだ。もちろん出来栄えも良いに越したことはないが、それだけではないのがきっとフィルムカメラの良さなのだろう。特に弥生にとっては、亡くなった父との交流の一環なのではないだろうか。なんて、少し感傷的になってしまった。
写真の出来はそれとして、パフェを綺麗に平らげた弥生とともにファミレスを出る。初任給では、子どもにも分かりやすいカメラの教本を買ってやると約束すると、弥生は大層喜んだ。
ふと見上げると、少し早咲きの桜がチラホラ花を咲かせてるのが見えた。俺が見上げた先を見て、弥生は花が咲くような笑みを浮かべ、先ほど買ったばかりの真新しいフィルムにその姿を焼き付けた。綺麗な写真が撮れてるといいな。次また現像する時に喜ぶ弥生の姿を想像して、俺は小さく笑った。
春の始まりと、彼女の初めて 東妻 蛍 @mattarization
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