夢の中でもいただきます。

カチ子

第1話 日常

 午前6時25分。

 時計のアラームが鳴る。

「はいはい、起きてますー」

「全く。また途中で終わったぁ。あーあ...」


 独り言を言いながらベッドに座り込む。そして暫く布団に突っ伏す。

「忘れないうちに書こうー」

 少し角が折れ曲がったノートを引き出しから取り、お気に入りの0.5のボールペンで書き出す。


「今日は蒲公英という名の喫茶店。で...食べたのはナポリタン。少し酸っぱめのケチャップに甘めの濃い味で...そして鉄板に乗ってた。横にポテト。細いのじゃない、皮付きのアレ。上に乗っていたのはゆで卵の輪切り。付け合わせのサラダはマヨネーズがクルクルとかけてあるだけ。メロンソーダもついてたっけ?」


「あれ?でも、もうあそこのマスターとは会うことないなぁ。いい店だったのにー」


 ユンは頭をクシャッとして残念そうに顔を歪める。


 夢の中では何度も訪れていても、そのまま思い出さずにいる場所もあるようだ。

 今日は夢から覚めて、何度も訪れている蒲公英という店で、マスターとは長い付き合いといった感じであることが分かった。


 マスターはユンに

「おー!暫く顔見てなかったよ。元気?

そう言えば、弟、シン君だっけ?大きくなったでしょ?」

などと声をかけて来る間柄だ。

 しかし、ユンの夢には一つの法則が成り立っている。

「一度思い出すと、もう夢には出てこない」という事だ


 この法則に気づいたのは、まだ小学生の時。

夢によく出て来る駄菓子屋さんと、その店のおばちゃんを思い出したのだが、それから夢に出てこなくなった。

 そういう事が何度も続き、夢の法則は成り立ったのだ。

気づけば当たり前に、その法則を受け入れていた。


 レシピは曖昧で作ってみなければ分からない。

夢の中の感覚が全て。

 夢の中では味,香り全てにおいて現実で食べているかのようで、ユンにとっては現実の食事と何ら変わらない。

 ただ一つ言えるのは、二度と食べられない味を味わっていると言うこと。

 その二度と会えないであろう料理を綴るノートをユンは「夢グルメノート」と名付けたのだ。

 なんの捻りもあないそのままを表したノートだが、はじめは色々考えた。

「グルグルグルメ!ノート」「ドリームキャッチャーレシピノート」「マイドリーミングレシピ」

などなど。ダサい。ダサすぎて笑えもしない。

 この中に正解があるとは思わないが、原点に戻りこの名前でいくことにした。

  ネーミングセンスはさておき、今日もこのノートに夢の中で出会ったレシピを綴っていく。

 これがユンにとっての日常となっていた。

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