第7話 結婚相手は誰でもいい。

「実際、誰が結婚相手でも構わないじゃないか」


衝撃のダンスパーティの翌日、ジョナスがルイスを説得しにかかった。


「お前の結婚は形だけの相手なんだ。メリンダ嬢でなくてもいいじゃないか」


ルイスは呆然としてジョナスを眺めていた。


「何をボーッとしているんだ。納得できないなら、メリンダ嬢本人か父上の子爵に聞いてみたらどうだ?」



メリンダ嬢の父の子爵に聞くのは怖すぎた。


何か致命的なことを言われたら、どうしよう。


とりあえず、メリンダ嬢をお茶に誘ってみた。手紙で。



断られた。


「なぜ?」


ルイスの弱々しい声の疑問に、伯爵家のアンドルーは答えた。


「なぜって……今まで、お茶に誘った時はどうしてたのだ?」


ルイスは頭を巡らせた。


「いや。誘ったことはない」


「どうして?」


アンドルーの目がひきつった。


「だって、ずっとメリンダ嬢が誘ってくれていたので、そんなものかと思っていた」



あたかも地球外生物を見るような目つきで、アンドルーはルイスの顔を見た。


「これはダメだ」


アンドルーは、ルイスに一言注意すると、大急ぎで生徒会室を出ていった。


「いいか? 今、援軍を連れてくるから」


「援軍?」


ルイスは首をひねった。


「いいから。俺一人の手に負えない気がしてきた」



そして約半時間後、アンドルーは モニカ嬢とアラン、それにアランの婚約者だというナタリー嬢を連れてきた。




「まあ、お茶会に誘ったこともなければ、プレゼントもしたことがないんですって?」


モニカ嬢とナタリー嬢は、友達だった。


そしてナタリー嬢は始末の悪いことに親友だった。メリンダ嬢の。


「俺としては、良かれと持って呼んできたんだが……」


アンドルーが、こっそりアランに耳打ちした。しかし、状況はヒートアップしていた。



「なんという仕打ち」


モニカ嬢とナタリー嬢は、ルイスを罵っていた。


「お茶会も呼んだことがない、プレゼントもしたことがない、お話をしたこともない」


モニカ嬢は怒っていたが、ナタリー嬢はにっこり笑っていた。こっちの方が怖い。


「別に、メリンダ嬢のことをお好きでもないんでしょう?」


何か誘導されている気がする。


「そんなことは……」


「でもね、別に会いたくもなかったのではないですか? だって、親衛隊のお仕事の方が大事ですものね?」


親衛隊はお仕事ではない。趣味でやっているだけだ。


「では、趣味の方がお大事なのでございましょう? メリンダよりも」


扇で顔を半分隠している。

これは、何か怒っているんじゃないだろうか。


「俺は平穏な婚約関係を望んでいるだけで……」


「あらあ。でも、平穏な婚約関係には、色々と面倒なことがつきものですのよ?」


「お分かりになるかしら?」


モニカ嬢まで参戦してきた。


彼女は、アンドルーのそばによって手をとった。


「あ、ちょっと、モニカ嬢……」


アンドルーは狼狽したが、かなり嬉しそうだ。顔が赤くなっている。


「メリンダ嬢の手を取ったりしなくてはいけませんの。ゾッとしますでしょ?」



「別に、そんなことは……」


そう言いながら、ルイスはアンドルーの顔を盗み見た。アンドルーの方はルイスなど眼中になしである。モニカ嬢のツンとした顔を惚れ惚れと眺めている。


(何しに連れてきたんだろう……)


「だって、ロザモンド殿下の手ではないのですよ?」


「そんなっ。ロザモンド殿下のおそば近くまで寄ろうなど言うことは、金輪際考えておりません!」


「それはとにかく、婚約者というものは、手を取ったり、エスコートしたり、二人で出かけたりしないといけないのです。プレゼントして、喜ばれたり。あなたはメリンダが喜ぶ顔なんか見たくもないでしょう?」


「そんなことは……」


「だって、その分、殿下にお仕えしたり、殿下の顔を想像したりする時間が減りますわ。あなたは、メリンダにそんな無駄な時間はないっておっしゃったそうではありませんか」


「あ……」


そういえば、言った。


なんだか、買い物に誘われたが、その時、ルイスは特別忙しかったのである。

どうして女は忙しい時に限って、買い物に誘ったりするんだろうと忌々しく思ったものだ。


「あれは冬祭りの日でしたのよ。収穫が終わり、冬になる前、午後から夕方にかけて町の広場に市が立ちますの。恋人同士なら、必ず一緒に出かけるのが決まりですわ」


「冬祭り……」


「だからメリンダもお誘いしたのでしょう。婚約者がいるのに、家にいるのもおかしいですし、一人で出かけるのはもっと、格好悪いですからね。普通は男性からお誘いを受けるものなんですけれど、恥を忍んでお頼みしたのでしょう。かわいそうなメリンダ」


「あっ、次回からは必ず……」


「心配いらないよ、ジョナスが張り切っていたからね」


流石にルイスの非道ぶりに腹が立ってきたらしいアランが裏切った。


「まあ、それは、よろしゅうございますわ!」


ナタリーがいかにもホッとしたように答えた。そして、ルイスの方に向き直って言った。


「もう、何もなさらなくても済みそうではありませんか」


「そうですわ。うまくメリンダと縁が切れてようございましたわね。あとは別の結婚相手を探すだけ」


「私、孤児院と養老院を時々訪問していますの」


ナタリー嬢が突然まるで関係のないことを言い出した。


男三人が、ナタリー嬢の顔を見た。


ナタリー嬢は優しく微笑みながら言った。


「ルイス様。この国を出て、ロザモンド殿下に生涯忠誠を誓われるなら、形だけの妻は誰でもよろしいでしょう? 養老院の老女でもいいのでは?」


「何の話だ」


「まあ。おとぼけになって。ルイス様の真の心の願いが国王陛下に届いたのです」


「誰のどんな願いが……ですって?」


ルイスがどもりながら聞いた。何の話だか、ますますわからなくなってきた。


「ルイス様がロザモンド嬢に抱く、ストイックな忠義心は国王陛下のお心をも揺るがしました。ルイス様は、優秀な騎士。ロサモンド殿下に、終生、お仕えして良いと許可が出たそうです。ただ、ロザモンド殿下の嫁ぎ先へ気を遣われまして……。少々危惧を抱かれたのでしょう」


「なんの? なんの危惧ですか?」


「ですから、ルイス様が、よこしまな思いを抱いているのではないかと。ですから隣国におもむかれるためには、結婚が条件です」


「妻はこの国に残しておいて良いことになっています。妻にほだされて、ロザモンド殿下のためにいつでも命を捨てる覚悟がおろそかになってはいけませんから」


真面目な顔でモニカ嬢が付け足した。

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