第161話 大変でもないんだけど
当然ながら、こっちの世界にアイドルという存在はいない。まあ、あれって日本特有のものっぽいけれど。
更に、メイドカフェなるものもない。若い女子がウエイトレスをする店自体、ほぼないんだとか。
つまり、うちの食堂は存在自体がかなりレア。
「そんな食堂を、一度は見てみたいという要望がありまして」
ネーラから言付けをもらった翌日、ギルド支店のテントに行ったら、リレアさんに言われた。
「常々思うんですが、うちの情報、一体どこから偉い人達に漏れてるんですかねえ?」
「貴族の家って、大抵贔屓にしている商会があるんですよ。で、商会の下っ端は冒険者と繋がっている事も多いんです」
「繋がってる……」
「別に犯罪とかではないんですよ。ダンジョンや街道なんかの情報を、夕飯や酒を奢ってもらう代わりに教えるんです」
「で、うちの情報もそういう経緯で売ってる……と」
「ええ、まあ」
さすがに、口止めまでは出来ないだろうしなあ。こっちには、個人情報を保護するような法律なんてないし。
大体、敷地でのあれこれは個人情報か?
ともあれ、やんごとない方々から、敷地に来たいという要望が山のようにゼプタクスの冒険者ギルドに来ているという。
何故、そこで窓口が冒険者ギルドなのか。
「ひとえに、ここに支店を置けてるのが冒険者ギルドだから……ですね」
「他にもギルドって、あるんですよね?」
「職人ギルドや商業ギルドがありますよ。余所の国だと職人や商人も細分化してギルドを作っているところがあるそうですが、レネイア王国では大体この三つが大きなギルド組織ですね」
ギルドって、元々組合とかそんな感じの組織だっけ。職人でも家具や靴、仕立屋その他でそれぞれギルドを作ってたって何かで聞いたな。
ゼプタクスでは、冒険者、商業、職人でそれぞれギルドを作ってる訳か。
で、うちの敷地に支店を出している……つまり、こことの明確な繋がりがあるのは、冒険者ギルドのみ。だから、そこが窓口になるという訳だ。
最初のぼったくり相手が銀の牙という、冒険者パーティーだったからかな。
とはいえ、ティエンノーの冒険者ギルドとは手を組まなかったけれど。
あそこのギルド長は、少女女神から神罰を食らったんだっけ。あの時は幼女の姿だったが。
「アカリさん?」
「え? ああ、すみません。ちょっとボーッとしてしまって。それで、また貴族の奥様方がここに来るんですか?」
食堂は綺麗にしたけれど、カフェテリア方式なので奥様方には不評なんじゃなかろうか。冒険者と一緒の空間でもあるし。
私の問いに、何故かリレアさんが遠い目をした。
「それが、今回こちらに訪問したいと仰ってるのは、貴族家の若様やご当主様方で」
「はい?」
「若くて綺麗なお嬢さんが給仕をしていると聞きつけて、ぜひ見たいと」
身分の貴賤にかかわらず、男共ってのは……
奥様ツアーに対抗して、若様ツアーというのを計画しているらしい。
参加者は貴族家や豪商の若様が中心。中には「若様」と呼ぶには差し支えがありそうな年齢の方も含まれるとか。
あれか? 全ての女性を「お帰りなさいませ、お嬢様」と迎えるという、どこぞの執事喫茶のようなものか?
それは別にいいんだが、そのツアー先がうちの敷地となるとちょっと問題。
「来るのは止めませんが、食堂は冒険者優先ですよ?」
「そこが問題なんですよね……」
リレアさんも、その辺りが頭痛の種らしい。
貴族や豪商の若様方でも、冒険者に含むところがない人もいるんだとか。
「ちょっとした野遊びなんかの道案内や、軽い護衛として冒険者と接する方々もいらっしゃいますから」
なるほど、存在そのものに慣れてるって事だね。
「じゃあ、奥様ツアーの参加者も、慣れているんですかね?」
「そちらはまた……ただ、ツアーに一度でも参加した事がある方は、冒険者の存在があってもまた参加したいという声は聞きます」
冒険者が目に入っても、余所で手に入らないスイーツが食べられればいいという事だろうか。それはそれで欲が凄い。
「そんなこんなで、新しいツアーの受け入れをお願いしたいんです」
「……私としては、敷地の利用料を支払う事と、冒険者達を邪険に扱わない事を約束してもらえれば。ただ、食堂は冒険者優先になるかと思いますよ」
「ですよねえ……」
だって、彼等の為に建てたようなものだから。
新スタイルの食堂は、冒険者達に受け入れられているらしい。何より、数種類のメニューから選べるのがいいのだとか。
今までは二択だったからね。
「いやあ、食堂のメシが美味くて助かるよ」
満面の笑顔で言うのは、ラルラガンさん。彼等は最近、うちからの配達ではなく食堂で食事をする事が殆どだという。
「美味いし、お替わりも自由だ」
イーゴルさん、お替わりも有料ですよ。お金を払ってくれるのなら、いくらでも食べてください。
「サンドイッチ程度なら、買って帰って自室で食べられるし」
実はテイクアウト商品も増やしています。小食の人向けに、サンドイッチとサラダをセットにしたランチボックスも提供。リンジェイラさんはそちらがお気に入りらしい。ただし、ボックスは二つ三つ買っていくそうだけど。
それ、小食ではないよな……
「スープは偉大です!」
セシンエキアさんは、日替わりスープがお気に入りだそうで。畑部屋で作った野菜たっぷりの具だくさんスープは、男性冒険者にも好評だ。
もちろん、肉入りのスープもある。後、たまに魚入りのスープも。ただ、魚は単価が高いので、あまり入っていないけれど。
高いといっても、アガタ達がとってくるから実質彼女達の人件費くらいなのだが。 つまり、私の魔力への対価だな。
とる為の道具も、うちの畑部屋で採れる植物素材だ。元手はかかってないんだよな、本当に。
そんな食堂は、いつ行っても混雑しているそうだ。私はまだ見ていない。渡り廊下で簡単に行けるからか、逆に行かない状態が続いている。
別に視察が必要という訳じゃないんだから、いいんだけど。
そんな食堂目当てに、とうとう若様ツアーご一行様がやってくる。事前に、食堂は冒険者優先、席がなくとも文句を言うなと通達しておいた。
とはいえ、文句言わない人ばかりじゃない気はするけれど。
ちなみに、今回の若様ツアーの為に、食堂には更なる増築を施した。これまで平屋だったものを、二階を建て増ししたのだ。
一階席ほど広くはないけれど、二階席は実質ツアー参加者専用席。二階席はチャージ料金が上乗せされるから。
よく考えたら、富裕層が来るのだから、心ゆくまでぼったくれるではないか。だったら、このチャンスを逃す手はない。
冒険者達なら、そんな余計な金を支払うより、一階で腹一杯食べる方を選ぶだろう。自然と住み分けが出来るはず。
もちろん、ツアー参加者でも一階席を選んでも問題ない。ただし、席が埋まっていたら空くまで待ってもらうが。
そこに身分の上下はない。早い者勝ちだ。待つのが嫌なら二階のチャージ料金付きの席をご利用ください。
そんな改築済み食堂は、ツアー客に大盛況でした。チャージ料金を取る以上、一階とは違うサービスをと思い、二階席ではメニューによる注文を受け付けた。
また、二階席専用の特別メニューも、ネーラに頼んで開発してもらっている。とはいえ、私にとっては懐かしい洋食だけど。
若様ツアー最初の客は、どうやら王都から来た貴族のボンボン集団だったらしい。
彼等は始終礼儀正しく、うちの子達にも紳士として振る舞ったそうだ。
そんな彼等は、王都に戻ってあちこちでうちの宣伝をしてくれたそうで、ツアー参加申し込みがパンクするほど来てるらしい。
「ギルドも大変ですねえ」
「本当に。まあ、でも稼げるうちに稼げは、冒険者の信条ですから」
そうなんだ。肉体労働者に分類される冒険者は、長く続けられる仕事ではないそうで。
だから、稼げる時に稼いで、早期リタイアする人が殆どなんだとか。
「もっとも、五体満足で引退出来る人は、少ないですけどね……」
リレアさん、最後の一言が怖いですよ。
ともかく、ここが稼ぎ時と腹を括った冒険者ギルドは、王都やその周辺都市のギルドも巻き込んで、ツアー参加者を募り、連日ここに送り込む計画を立てているそうだ。
……そんなに毎日大量の人間が来るのか。あ、でも彼等からぼったくれば、楽して稼げるかも。ネーラ達は大変だろうけれど。
でも、人形が疲労すると私が魔力を補充する事になり、結局私が魔力を減らして大変になるのか。いや、魔力量が増えてるから、大変でもないんだけど。
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