にくいやつ!山田薫

「みちるちょっとつめたいんじゃないの」

 青い芝生、隣に座るももこが不意に言った。

「えっ、なんのこと?」

「薫くんだよ。みっちー追っかけて陸部入ったんでしょー?」

 うっ、と返事に困る。この子はふわふわしてるように見えて意外にズバッと言えちゃうタイプなんだよな。本当に誰にでも思ったことを言う。でも気に食わない、という理由で大騒ぎするからたちが悪い。この前問題になったのは「まいこはキョロキョロしながら歩くのをやめろ」という話だった。「あんたキョロキョロしながら歩くのやめなさいよ。なにしてんのあの間? どうせ悪口の対象を探してんでしょ。仲良くもねえやつと仲良しごっこしてるから話のネタがそんなのしかねえんだよ。いい加減にしろよ」


「そうだけど……じゃあどうすればいいのよー!」

 あたしは困っていたのだ。あの男、山田薫の扱いに。

 たしかにやつはあたしを追いかけてきた。この陸部だけじゃない。中学の頃はカナヅチのくせに同じ水泳部に入ってきたし、そもそも偏差値だって全然違うのだ。それなのに猛勉強してこの高校に入学した。

「もっと優しくしてあげなよ~、あっちはいつでもみちるファーストじゃん」

 はあ。ため息が抑えられない。揃えた両膝に顔をうずめる。隣のももこは、薫がいかにあたしに尽くしてきたかを語りだした。

 あたしは迷惑しているのだ。でも、まあ、悪いやつではない……かな。水泳を続けてちょっとはいいカラダになったみたいだし。顔なんか森美樹にちょっぴり似てる。

 あっ、とももこが声をあげた。あたしは顔をあげる。

「もう私たちの番だ」

「あれもう? 今日は女子先なのか」

 そうみたい、と言ってストレッチをするももこに続く。先走れるのはありがたい。走ってる間はなにも考えなくて済むから。それに、薫は今日補習で遅れるらしいから。

 ピシッと引かれたラインにあたしの気持ちも引き締まる。よーし、目標は2分以内! 「オン ユア マーク、セット」


「みっちー今日も速かったねえ」

 走り終わってすぐにももこが近づいてきた。

「あんただって全力出せば速いでしょうが」

「私はエンジョイ勢、だもん」

 疲れも見せずニコニコと毎日よくやるよ。顧問がきらいだからタラタラ走るのだ。それでチクチク言われて……って無限ループ。

 またもとの芝生に戻って、男子の走りを見ることにする。あ!早川先輩だ。あたしの憧れの人だ。憧れってのは、人として尊敬できるってことだけど、もちろん恋、という意味もあったりする。早川先輩を見るとあたし心のビートはキック!! スネア!! キック!! スネア!! なのだ。

 あたしの変化に気づいたようでももこがげえっ、という表情をする。ほっとけばか。

 ぞろぞろと準備を始める男子たち。陸上やってる男子っていいよね。中学の頃はバスケ選手に憧れたけど、けっこう性格悪いやつが多いって聞いてからはそうでもない。それに同じクラスの朝子の元カレバスケ選手は超しつこいし女々しいしで、我がクラスでは要注意人物になっていた。

 もうほとんどの選手が位置についたようだが一つ空きがある。顧問がちらちら腕時計を確認しているのがここからでもわかる。いちいちうざいんだよなあのジジイ。大袈裟なポーズ。大人なら口で言えっつうの。人に気を遣わせるな。

 校舎から一人の生徒が走ってきた。「ごめ〜ん!」ジジイが何か怒鳴っている。 

「あはは、やるね彼氏」

「彼氏じゃないって!」

 はっ、気づいたときにはもう遅し。校庭中の視線がこちらを向いている。

 走ってきた薫がへらへら笑って手を振ってきた。

 

 にくいやつめ。まだきらいになりきれないあたしがいる。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る