適当タナトス

軍艦

ささくれ・しかし・ザ・お嬢様

 ささくれって異様にとりたいんだよな、この。無理にとったらとったで痛いし、血が出ることだってあるんだけど、そんなの関係なしにただここから消えてほしいのだ。

 爪で弾いてみたりぐいぐい引っ張ってみたりする。まったくしぶといささくれだ! 


 とらなくたっていいじゃないの……

 あっ! 過去の私。

 だってサ、覚えてないの前回のささくれ。無理にとって、爪の根元のあたりまで皮がはげちゃったじゃない……私もう痛くていたくて……

 知ってる。でも今の私はとりたいんだよ。カーディガンの中から背中を掻くとき、繊維に引っかかって痛いの。

 もう、私知らないからね。痛くて血が止まるくらいまでぎゅっと押さえてないといけないとか、絆創膏貼るとか勘弁なんだからね……


 過去の私とは反りが合わない。お昼休みいっぱい格闘を続けていたせいで読書もろくにできなかった。それにやっぱり駄目で、5限の理科に突入してしまった。

 今日は実験らしい。水を温めるやつ。記録をとらなくていいからささくれとの闘いに没頭できる。とりゃとりゃ、えい、えい。だめだめ、僕はそんなんじゃぬけないぜって感じでよけるささくれ。ぼこぼこと沸騰してきたH2O。私たちの争いもヒートアップだ。えい! だめだめ、そら! まだまだだね……。

 しかし、ついに決着がつく。ぐっと歯を噛み締めて引っ張った。もう、痛みなんてない。ピンク色が皮の内に見えてきて挫けそうになったが、負けない。ぐっぐっとするとチリチリとした痛みが私を襲う。負けない。上半身を反らせて全力で引っ張る。そして突然にその闘いは突然に終わった。漫画だったらポン! と擬音がつくだろう。まさにそんな感じでとれた。私は誇らしくて立ち上がっていた。



「お嬢様の手に絆創膏なんて」

 クラスメイトや先生は口を揃えてそう言った。

 これは名誉の負傷なのだ。私は手のひらを太陽に透かしてみた。ここに流れている血はささくれの傷の何千倍もあるんだわ。ささくれには血も流れない。彼は何を考えていたんだろう。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る