宿にて……
アリスと別れ、フェンリーに「絶対だからなぁ?」などと念を押された俺達は、幽霊に怯え続け、何やら盛り上がっている見張りの衛兵を軽くいなし、王都の街に帰ってきた。
かなり夜が深まったというのに、煌びやかな街並みに活気のある喧騒の中、ノルンは少しご機嫌で歩みを進める。
「マスター! 宿に入ったらマスターの食事が食べたいです!」
俺は軽く微笑みながら瞬きを『1度』返して返事をする。ノルンには食事は必要ないが、味覚は存在しているようで、俺が作った食事に瞳を輝かしてくれる。
セシリアからの指南の条件として修行した料理の腕はかなりの時間を繰り返し、試行錯誤しながら身につけた俺の特技だ。
(フェンリーへの食事の試作品でも作ってみるか)
しかし、やはり夜遅いため、食材を売っている店はもう閉まっており、屋台で何品か買い漁り、『いつも』のボロ宿に入り一息ついた。
「『今回』のアリスはかなり協力的でしたね!」
「そ、そうだな」
少し泣いてしまった手前、思い出すと恥ずかしくなってしまう。
いつもなら急に牢から解放され、かなり疑心暗鬼の初対面となり、ルーリャへの旅路もかなり警戒されて2人でゆっくり会話する時間もなく、完璧に打ち解けるのはシャルと顔を見合わせてからだったのだ。
「やはり、最初からマスターの考えをはっきり伝えるのはいい考えでしたね! あとは3日後……、いえ、2日後に黒飛竜(ブラック・ワイバーン)を蹂躙するだけですね!」
「今回は上手く行ってるのか、迷い込んでいるのか……。いつもと違う事ばかりだな」
「ふふっ。上手く行ってると思いますよ! 冒険者ギルドでの騒動も襲撃の際、マスターの発言力を高める物になりましたし、アリスとの邂逅もかなり好感触。何よりこんな所に『神獣』がいて、接触できた事が大きいです!」
ノルンは買ってきたサンドウィッチを頬張るが、少し顔を引き攣らせ、そっとテーブルに置いた。
「フェンリーか……」
確かに今回の1番の違いは『フェンリー』だ。ノルンを視認するカラクリはわからないし、まだわからない事だらけだが、纏うオーラには、間違いなく『力』があった。
ノルンのためとはいえ、フェンリーの知識には期待できそうだ。
(確か『セイリョク』だったか? 『黒涙』に対しても何か知ってる可能性もあるかもしれない)
あの時はノルンの楽しそうな笑顔に深く考える事なく、衝動的に「連れ出してやる」などと言ったが、よくよく考えれば、かなりすごい事だったんじゃないだろうか……。
(チョ、チョロくてよかったな……)
あそこで敵対し、ノルンを傷つけられでもすれば、間違いなく、俺とフェンリーの戦闘で王都は壊滅していただろうと思えば苦笑する事しかできない。
「さてどちらに転ぶか……」
ノルンは屋台で買ってきたサンドウィッチを懸命に食べては少し嫌な顔をするが、残すのは嫌らしく、時間をかけながらも、また口をつけている。
俺は笑いながらそれを取り上げると、3口程度で食べ切る。確かに美味くはないが、食べられないわけでもない。見た目の華やかさと味は比例していない。
でも食べられない人を考えれば残すのは忍びない。世界には食べられなくても食べられない人が無数にいるのだ。
「マスター! ごめんなさい! ありがとうございます。やっぱり、ノルンはマスターの食事しか……」
「ふっ、明日は『黒天』を試しに行こう。よく考えればあと2日もある。回復薬(ポーション)分のお金を狩りに行けばいいだろ? シャルに高級回復薬(ハイ・ポーション)も買って帰りたいし、アリスの研究材料も買ってやりたい」
「え、あ、はい!」
「黒天も慣らしておきたいし、明日は野営でもしよう。その時、適当な食料を狩ってご飯作る。それまでは我慢してな?」
「……マスター!!」
ノルンはパーっと笑顔を浮かべると俺に抱きついてくる。身体に当たる弾力は全ての疲れを癒やしてはくれるが刺激が強い。
しばしの沈黙と、更に身体を押し付けてくるノルン。
2人きりだから周りの目を気にしなくていいとはいえ、理性を保つのに必死だ。
「マスター。こうして宿で2人きりなのは久しぶりですね?」
「あ、ああ」
「……ダメですか?」
「だから『それ』はしないって言っただろ? じゃ、じゃあ、俺、お風呂に入ってくるから!」
バカみたいに色気を醸し出し始めたノルンに慌てて言葉を返し風呂場に逃避すると、ゆっくりと湯船に浸かり深く息を吐き出す。
「はぁ〜……」
『こっち』に来てから、初めての風呂は最高のはずなのに、頭の中はノルンの先程の表情が焼き付いて離れない。
正直、「そう」なりそうになった事はある。
その時、ギリギリのところでシャルの顔が浮かび、正気に戻ってしまった。なんだか不誠実な気がしたから『それ』をするのはシャルを救ってからにすると決めた。
『初めて』はノルンの事だけを考えて抱いてやりたい。
こんな事は恥ずかしいから本人には口が裂けても言えない。しかし、ノルンはそんな俺の気持ちを知ってか知らずか、隙あらば誘惑してくる。
ただの欲望に負けるつもりはない。
けど……、
「はぁ〜……」
ため息は止まらない物だ。
バンッ!!
「マスター! お背中流します!」
「これだから……」
「マ、マスター……? 一緒に入っていいですか?」
もう既に駆け込んでいるくせにノルンは不安気な表情を浮かべる。
ノルンの綺麗な裸体。傷1つない白い肌。引き攣る顔は何の悪びれもなく、「また調子に乗ってしまいましたか?」とでも言いたげだ。
やられてばかりは癪だ。
俺ばかり真っ赤になるのはフェアじゃない。
「……綺麗な身体だな、ノルン」
口に出すと顔の熱は尋常ではないものになってしまう。でも、ここで負けるわけには行かない。必死に理性をかき集めながらクスッと微笑みかけてみる。
パチパチと瞬きをして全身を赤く染めるノルンはぷしゅ〜ッと音を立てて、
「タ、タ、タオルを……」
などと手と足を一緒に出しながら風呂場から出て行った。俺はノルンを見送り、また「はぁ〜……」っと深く息を吐き、湯船よりも熱くなってしまった顔を洗った。
ーーーーーーーー
【あとがき】
次話「クロロ一行のダンジョン攻略 ③」です。
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