黒天
ギルドを出ると陽が傾き始めていた。
ヨルムの様子は、相変わらず毎日楽しそうだと言った感じで、一切変わっていなかったが、ミラの様子は『いつも』とは違っていたように感じる。
「ちゃんとお礼がしたい」と夕飯にも誘われたが、俺にはやらないといけないことが多いので断ると、ズーンッと落ち込んでいた。
(なんだか、『いつもの』ミラらしくない……?)
いつもはニコニコと笑顔を絶やさず、「優しくて綺麗で完璧な受付嬢」といった印象だったが、落胆している姿は、なんだか普通の女の子のようで可愛らしかった。
「うちの受付嬢を守ってくれた礼だ!」
ヨルムはそう言いながら、魔物の素材をかなりの高値で換金してくれた。魔物の量はいつもより少ないのに、それ以上のお金が手に入った。
ギルドでの『絡まれ』はイレギュラーであったが、結果としては良かったように思う。
とりあえず装備を整えるために街を歩いているが、ノルンはなぜかわからないが、かなりご機嫌だ。
(ギルドで俺にイタズラした事を忘れてるな……? 今日の夜、宿で説教してやる!)
心の中でそんな事を思いながらも、俺と目が合うとニコッと屈託のない笑顔を浮かべる天然娘に「ふっ」と笑みが溢れた。
「マスター! 着きましたね!」
到着したのはルベリー1番の武具屋『へファイス』。
世界中から厳選された武具を取り寄せており、少し値は張るが品質は間違いない。
それなりに耐久力がある剣じゃないと、剣がもたない。
俺の愛刀である『紅鶴(べにづる)』を手にするまでの『つなぎの剣』とは言え、粗悪品ではすぐにボロボロになって崩れてしまうのだ。
「マスター、『いつもの』ですか?」
ノルンの言葉に1度だけ瞬きして応える。
選んでいる時間がもったいないし、『使える』事はわかっているから悩む必要はない、などと考えながら店に足を踏み入れる。
「いらっしゃ……い」
店主は俺の姿をみると、愛想笑いから一転して真顔に戻る。品はいいのに、この店主は店を経営するのに向いていない。
確かに俺の格好はボロボロのフードと質素な装備だ。
明らかに『荷物持ち』をしている冒険者といった姿だから気持ちもわからなくないが、もう少し愛想良くした方が店のためになると思う。
そんな店主を横目にそそくさと装備を選んでいく。
動きやすさを重視するため、鎧は必要ない。数種類の耐久力が高い衣服と、腰元に剣のホルダー、竜革の籠手(こて)を手に取り、剣士風の装備を完成させる。
「ふんっ……おい、坊主。その籠手は28万ベルだぞ?」
店主は鼻で笑い、呆れた様子で俺に声をかけてくるが、これもいつもの事だ。俺はカウンターまで足を運び、フードから先程ギルドで換金して貰った280万ベルを置く。
ジャラッジャラッ……
店主はポカーンと口を開けて鼻水を垂らすが、これもいつもの事だ。
「大丈夫だ。金はあるから」
「あ、いや、あ……? へ?」
「これと後は剣を買う。ここで着替えを済ませてもいいか?」
「は、はい!! も、もちろんですよ! あ、ありがとうございます!! さぞ、名のある剣士様なんですね!! ウチは世界中から厳選された装備を扱ってますので、ゆっくりと見てやって下さい!!」
引き攣った顔と変わり身の早さには感心する。
これを機に、客の見た目で態度を変えるような事をしないようになればいいと思った。
「ふふっ。何度見ても面白いですね! お金を置いた時の店主の驚愕の表情は」
ノルンの言葉に俺も「ふっ」と小さく笑う。
正直、スカッとするとは確かだし、目玉が飛び出そうなほど目を見開く店主の顔はなかなか面白い。
半笑いで剣が並べられている所に向かうと、『いつも』とは違う物が目についた。
「『刀』だ……!」
極東の剣は『2日後』にはなかった。
(……イレギュラーばっかりだな)
早く到着した事で、もうすでにかなりの状況が変わっている。俺の行動が少し変わるだけで未来は無限に変わっていく。それが『栞』の戸惑うところでもあり、面白い部分でもある。
「……刀ですね。マスターの『紅鶴(べにづる)』ではないようですけど」
「……ああ」
「『今まで』見た事のない刀です! これにしますか? マスターには刀がよく似合いますし、『紅鶴』と2本差しててもカッコいいです!!」
「確かにそうだな」
「身体と頭を繋げるためにも『刀』の方が早いかもしれませんし、やっぱりマスターには刀です!」
「それも確かにそうだな……」
俺はキラキラと瞳を輝かせるノルンの笑顔に苦笑しながら、目の前の黒い鞘に入った刀を見つめる。
(『黒天(こくてん)』? 聞いた事ないけど、セリシアなら知ってるか?)
武具マニアでもある鬼エルフの顔がチラつきながらも、「うぅーん……」と熟考する。
値段は240万ベル。
いつも買っている120万ベルの剣の2倍の値段だ。回復薬(ポーション)を買っておく必要もあるし、正直かなりの予算オーバーではある。
「お、おぉっ!! さ、流石です。目利きが素晴らしい! これは少し変わった形の剣なのです。極東で使用される『刀』と呼ばれるものなんですよ?」
「……抜いてみていいか?」
「ええ! もちろんです! 少し細いですが、レイピアのように両刃で突き特化ではなく、片刃で叩き斬る武器ですね。その中でも『黒天』は素晴らしい切れ味と刃文(はもん)の美しさはもうたまらない! 魔法付与はしていませんが、驚くべき切れ味でどんな『魔剣』よりも、」
店主はベラベラと説明しているが、俺は聞き流しながら『黒天』を手に取り、ゆっくりと抜いてみる。
(おぉー……)
刃文以外は真っ黒で、その美しさは確かに芸術的だ。
「マ、マスター!! これにしましょう!! とぉーってもお似合いです! 『紅鶴』を手にするのは、まだかなり時間がかかりますし、これなら『紅鶴』とも遜色はないのでは?!」
ノルンは大興奮で騒いでいるし、確かにかなりいいのは間違いない。俺が刃先にそっと触れるようと指を差し出すと、触れる寸前でピッと指先が切れた。
(……これは本物だ。『剣気』を纏ってる……)
俺の愛刀『紅鶴』とまでは言わないが、この刀もあらゆる可能性を秘めているのは間違いなさそうだ。
「け、剣士様!! 血がッ!! だ、大丈夫でございますか!?」
ベラベラと説明を続けていた店主は今頃気がついたように目を見開くが、正直、構っている暇はない。
俺はしゃがみ込んで『黒天』の説明テキストを読んでいるノルンの耳元に口を寄せる。
「ノルン。1度、挟む。ちょうど血が出てるから『コレ』でいいだろ?」
「『ここまで』を確定されるのですか?」
「……ああ」
上書きして栞を挟むことで、その前には戻れなくなってしまう事になる。『初期』には『死ねば』戻れはするが、王都に入る前の『栞』はなくなる。
ギルドでの『絡まれ』がどんな作用を与えるのかはわからないが、ヨルムとの関係は良好。
冒険者に一目置かれる状況も『謎の剣士』が黒飛龍(ブラック・ワイバーン)の襲撃から救うよりも、『ローラン・クライス』が救う方がメリットは高そうだと判断した。
ノルンはゴクリと息を飲み、頬を染める。
「な、舐めてもいいんですか!?」
「……な、舐めなくても、数滴口に垂らせば、」
パクッ……
ノルンは俺の手を両手で包むと俺の指を口に含んだ。
(こ、この『じゃじゃ馬』……)
心の中で呟きながらも俺はスキルを発動させる。
「《栞(ブックマーク)》……」
ポワァア……
ノルンの心臓部が淡く光り『上書き』を済ますが、ノルンは目を閉じたまま、俺の指に舌を絡ませる。なんとも言えない卑猥な感触と、凄まじく色っぽいノルンの姿にゴクリと息を飲む。
「……? 剣士様……? だ、大丈夫ですか? 顔が少し赤いですが……」
「だ、大丈夫だ!! この刀を貰う。会計してくれ」
「……はい! 流石は剣士様!! 素晴らしい判断です!! ありがとうございます!」
店主は入店時には考えられないほど、愛想の良い顔を浮かべ、そそくさとカウンターへと消えて行った。
「おい。ノルン。い、いい加減にしろ……」
「……だ、だってマスターの血、熱くて甘くて……ハァ、ハァ……」
ノルンは俺の手を両手で包んだまま妖艶に微笑み、盛大に色気を醸し出す。
「……ポ、回復薬(ポーション)より、『黒天』を優先した。負傷者が出るようなら、ここに『戻る』から、そのつもりでな?」
「……そ、それは、ここから『3日』は挟まないと言う事、で、しょうか……?」
「……ふっ、そうだな!」
「マ、マスター……」
ノルンは眉を垂らし瞳を潤ませる。
(ま、またズルい顔して……)
ドクッと心臓が脈打ち、顔に熱が襲ってくるのを自覚する。
「じゃあ、俺は着替えてくるから」
俺はバクバク鳴る心臓を誤魔化すようにバッと立ち上がり、カウンターへと向かった。後ろからは「マスター! 腰が抜けました。立てません!」などとノルンが叫んでいた。
ーーーーーーーー
【あとがき】
次話「クロロ一行のダンジョン攻略 ①」です。
少しでも「面白い」、「今後に期待!」、「更新頑張れ!」と思ってくれた読書様、
☆☆☆&フォロー
をして頂けると、創作の励みになりますので、よろしければ、よろしくお願い致します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます