王都『ルベリー』


 かなりの速度で移動し、1ヶ月弱でルベル王国の王都周辺まで到着した。途中、何体かの魔物と遭遇したが剣のない俺は素手で応戦するしかなかった。


 『気』を練り上げる事で、本来人間に眠っている力を最大限に引き出し、かなりの体力や身体の強化が行う事ができる。


 サポートするために溜め込んだ膨大な魔物の知識と荷物持ちで鍛えられ『下地』が出来ている身体さえあれば、『A』ランク程度の魔物なら素手でも問題はない。



――ローラン。お前の1番の才能は努力できる事だな。



 俺が30年間の我流剣術の末、師事する事になった『閃光のセシリア』の言葉が蘇る。


 セシリアは世界中を渡り歩いている最強のエルフだ。エルフ特有の長寿を活かし、剣を極めている『剣鬼』と恐れられている実力者。


 ノルンにも負けず劣らずの美貌だが、その内面は鬼で、怒らすと本当に大変だ。そのくせ、酒を飲むと豹変して……。


「……セシリアにも挨拶に行かないとな」


 そんな独り言を呟きながらルベリーへの道を急いだ。


 『この世界』では出会ってすらいないけど、シャルを救い、時間を進める事が出来たとしても、俺は感謝を伝えて歩かなければいけない。


 技術だけを盗むような形になっているのだから、挨拶に回るのは当たり前の事だ。


 『力』を得れたのは決して俺の努力だけではない。支え、導いてくれる人達と出会えたおかげだ。


 それを忘れずにいる事。感謝を忘れない事。


 自分1人の『力』でここまで来れたわけではない事をしっかりと自覚し、決して忘れないようにするのは俺の義務のようにも感じてる。




「マスター!! 到着しましたね!」


「ああ。何度訪れても王都は煌びやかだな!」


 巨大な城壁に囲まれる王都『ルベリー』。

 何度訪れても街全体の活気が他の都市とは違う。


 討伐した刃兎(ソードラビット)『B+』が持っていたナイフを再利用し、高価な値がつく魔物の解体を済ませながら進んでいたら、かなりの大荷物になってしまった。


 まあこれも鍛錬だと思えば少しも苦ではないし、お金は何かと必要だ。


(まずは冒険者ギルドで換金してから、『つなぎ』の剣を買って……アリスを連れ出して、シャルと教会へのお土産を買って……)


 頭の中ですべき事をまとめて声をかける。


「じゃあ、行こうか」


「はい! 行きましょう、マスター!!」


 周囲の人達はノルンを視認する事はできない。


 誰も見ていない場所では普通に意思の疎通を図るが、もう100年以上一緒にいるのだから会話自体はそんなに必要ではない。


 街中ではノルンが一方的に話し、俺は必要以上の会話はしないようにしている。基本的には『合図』を返すのが普通であり、ノルンは俺の意思を即座に理解し、サポートしてくれる。


 でも、ノルンの孤独を理解し、気遣えるのは俺だけだし、ノルンを独り占め出来るのは特権のようにも感じている。


 『先を知っている』俺を理解できるのもノルンだけで、同じ経験から気遣ってくれるのもノルンだけだ。


 だから、ちゃんと会話出来る時には大きな声で会話するようにしている。


 俺は可愛らしく美しい笑みを浮かべるノルンの頭を一つ撫でて、王都の門に向おうと足を踏み出すが、ノルンは俺の上着を摘む。


「……ん? どうした?」


「マスター、一度、『挟んで』おきますか?」


 ノルンは少し照れた様子で呟きながらペロリと唇を舐める。


「こ、ここで?!」


「はい……」


「今日の宿に入ってからでいいんじゃないか?」


「いえ。今がいいと思います!!」


 ノルンはぷっくりと頬を膨らませると俺に顔を寄せる。


「い、いや、アリスを救う『段取り』はわかってるし、今日の夜で問題ないはずだ!」


「ですが、今回はいつもより丸2日も早い到着です。今回で『果たす』のであれば、用心して頻繁に『栞』を挟んでおくべきだと思いますが……」


 ノルンは更に口を尖らせてる。

 どうやら『栞』を挟ませようとしているだけのように見えるが、


(……た、確かに一理ある)


 ノルンの意見の正しさも理解する。


 モジモジと『栞』をせがむノルンの破壊力は凄まじく可愛いが、俺が『栞』を挟むのに躊躇するのには理由がある。


 『ノルン』と名づけ、使い方を理解した時の衝撃は忘れる事はない。


――マ、マスター。『細胞の譲渡』の相場はキスなのでは……?


 モジモジと顔を真っ赤にしながら呟いたノルンの破壊力は失神物だった。


 『キスだけ』と言うわけではない。涙や血、髪の毛といった物でも問題ないようだが、お互いが何のリスクもなく『栞』を挟むにはキスが1番だという結論に至った。


 俺の唾液を摂取する事で『栞』を挟み、自在に過去に帰り、再出発が出来るのが、スキル【栞(ブックマーク)】の全てだ。


(『外』ではあんまりしたくないんだけどな……)


 そりゃノルンのような美女とのキスはたまらなく嬉しいし、柔らかい唇はもう本当に最高だが、ノルンは俺以外の人間には視認できない。


 周囲から見れば、俺が馬鹿みたいに舌を出して紅潮する事になるのだ。『外』でそんな滑稽な姿を見せるのはシンプルに恥ずかしいし、誰かに見られたらと思うと死にたくなる。


「……マスター?」


 眉を垂らし翡翠の瞳を潤ませる。


 このノルンの顔ははっきり言ってかなり『ズルい』。きっとノルンは確信犯で、俺がこの顔に弱いのを知っている。


「……じゃ、じゃあ、一度挟んでおくか?」


 余裕で誘惑に負けてしまう自分に苦笑するが、ノルンはパーッと弾ける笑みを浮かべる。


「はい!! マスター! ノルンはこの瞬間が1番幸せなのです!」


「……『外』は緊急用以外ダメって言ってるだろ」


「……マ、マスターはノルンが嫌いですか?」


「だから、その顔はズルいっだって……」


「……? マスター?」


「ふっ、もういいからおいで、ノルン」


 不思議そうに首を傾げるノルンに言葉に返しながら頬に熱が襲ってくる。


 数えきれないほど『栞』を挟んでいるはずなのに、この瞬間だけは、毎度心拍数が上がってしまうものだ。


「は、はぃ……。お願いします」


 ぷしゅ〜っと一瞬で頬を染めたノルンは、従順に俺に歩み寄りそっと瞳を閉じる。


 長い睫毛に形のいい唇。


 俺はトクントクンと鳴る心臓にゴクリと息を飲み、『気感』を高めて周囲の『気配』を探り、誰にも見られない事を確認する。


「《栞(ブックマーク)》……」


 小さく呟きながらノルンの柔らかい唇に自分の唇を合わせた。



ポワァア……



 唇が触れた瞬間にノルンの心臓部が淡く光る。


「……んっ。マ、マスター……。んあっ……」


 唇をこじ開け、ノルンの舌に自分の舌を絡める。


「あっ……。んんっ! はぁっ……」


 ノルンの甘い声に更に顔に熱を感じながら、色々と限界な俺はパッと離れる。


「……さ、さぁ! 行くぞ! ノルン!」


「……はぃ」


 ノルンはトロンとした瞳で俺を見つめ、恍惚とした表情でペロリと濡れた唇を舐める。


(う、うぅー……!!!!)


 俺はノルンの色気に心の中で悶絶し、顔の熱を誤魔化すように王都『ルベリー』の門へと足を進めた。



ーーーーーーーー


【あとがき】


次話「冒険者ギルドにて……」です。


少しでも「面白い」、「今後に期待!」、「更新頑張れ!」と思ってくれた読書様、


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