クロロの憎悪
クロロは清々しい笑顔で去っていくローランを見つめながら、何が起きたのか一切わからず、ただ去って行く背中を見送った。
(なんで、なんで、なんで、なんで!?)
ローランの背中を見つめ続ける事が出来ず、轟音が鳴り響いた背後を振り返ると、そこには巨大な『傷』が広がっていた。
「な、なんだよ……これ」
小さく呟き、何もわからない状況に激しく混乱する。
クロロはこれまでローランを絶望させるために費やしていた膨大な月日が、すべて無駄になってしまった事が許せなかった。
神に選ばれたはずの自分の攻撃が、最底辺の虫ケラと見下していたローランに一閃されてしまった事が信じられなかった。
まるで羽虫を払うような嫌悪感に満ちたローランの表情に、懸命に築き上げたはずの信頼のカケラすら感じる事が出来なかったことに頭がおかしくなりそうだった。
「な、何なの? 魔物が来たの!?」
「なにがあった!? さっきの音はッ!? クロロ!! 何がどうなったんだ?」
「ま、魔物ではありません! こ、これは……【究極魔法】の痕跡ですか……?」
目を覚ました3人が駆け寄ってくるが、クロロは言葉を返す事が出来ない。あまりの衝撃と湧き上がる憤怒、何一つわからない状況に、まともに思考する事が出来なかった。
(違う。違う。違う! 違う!! 違う!! 『アレ』はローランじゃない! この斬り裂かれた地面も、木々も、何かの間違いだ!! 『虫ケラ』にそんな力があるはずがない!!)
クロロはこれは悪い夢だとグッと目を閉じ、ローランを否定し続ける。
(これほどまでの屈辱は感じた事がない! こんな事があり得るはずがない! アイツは『何も』ない!! 最底辺のゴミだ! 芥(あくた)だ! 世界一の無能だ!!)
ギシギシと歯が軋み、握りしめた手からは血が滴る。尽きる事のない憤怒が湧き上がって息苦しくて仕方がない。
完全無欠の『本物の英雄』。
『秘薬』を手にして『神』と崇められるべき存在。
(俺を……。完璧な俺を『憐れむ』だけじゃなく、バカにしやがったのか……?)
高く高く築き上がった自尊心は、ローランに対する憎悪に姿を変えた。
※※※※※
ゴーンは膝をつき、プルプルと震えているクロロに眉を顰めた。
いつも、物腰やわらかな公爵家の長男にして、圧倒的な魔力量と強力なスキル、幼い頃から公爵家の嗜(たしな)みとして習っていた剣は達人の域に達している。
それなのに穏やかな笑みを絶やさず、『世界一の無能』を友と呼んでいた。ゴーンはクロロのこんな姿は一度として見た事がなかった。
(……な、泣いているのか? 本当に何があったんだ?)
未だ燃え広がるクロロの黒い炎と、大地や木々に残った『普通ではない傷跡』。ゴーンはこの場所で凄まじい戦闘があったと判断した。
(竜種と遭遇した? いや、竜種なら来た段階でミザリーが気づくはず……)
思考を進めながらも、クロロに視線を向ける。
姿の見えないローランの事などゴーンにはどうでもよかった。それよりも『最強の盾』である自分の『最強の矛』が、力無く項垂れている事の方がよっぽど気になったのだ。
ゴーンはクロロの肩を掴んだ。
「大丈夫かよ! クロロ!! 何があったんだ?」
ゴーンは覗き込んだクロロの表情にゾッとし、声をかけた事をすぐに後悔する。
(だ、誰だ? コイツ……)
鋭い目つきに血の涙を流すクロロの鬼の形相は、普段の穏やかな笑みを浮かべるクロロとはまるで別人だった。
ドサッ……
クロロの淡褐色の瞳が自分に向いた瞬間に、ゴーンは仰け反り尻もちをつく。
一種の生存本能のような物だとゴーンは情けない自分に言い訳をしながらも、殺気に満ちたクロロから即座に離れた自分を褒めてやりたいとも思った。
「ちょ、ちょっとどうしたのよ? ゴーン、クロロ! 本当に何があったの?」
メリダの気の抜けた口調に、ゴーンは身体の震えを誤魔化すように声を荒げた。
「チィッ!! あ、あの『無能』はどこにいやがんだ!! 何があったのかは知らねえが、夜の見張りはアイツの仕事だろうが!!」
「あっ……本当ね!! 姿がないわ!! 本当に使えないッ!!」
「クソがッ! 俺たちを嵌めようとしたんじゃねぇのか?! 何かはわからねえが、竜種のようなヤベェ奴が来て『コレ』をやったんだろ!!」
「自分だけ逃げたってこと!? 信じられない!! 本当にクズねッ!!」
ゴーンは『いつも通り』のメリダに心から安堵し、姿の見えないローランを侮蔑することで精神を保った。
一向に言葉を発しないクロロを気にしながら、ずっと考え事をしているミザリーに声をかける。
「おい! ミザリー! あの『無能』のクズやろうはどこだ!? アイツは絶対に起きてたはずだ! きっちり説明してもらおうじゃねぇかッ!!」
ゴーンの頭にはいつも焚き火の管理をしながら、一切眠る事なく、昼の休憩時に少しずつ仮眠をとっていたローランの姿が浮かぶ。
ゴーンには『今の』クロロに近づく勇気はないのだ。全てを知っているはずのローランから状況を聞く以外に残された選択肢はなかった。
困ったような顔のミザリーに、ゴーンは苛立ったように言葉をかける。
「どうしたんだよ! 早く、あのクソヤロウを見つけて『コレ』が何なのか聞くんだよ!!」
「それが……ローランさんには魔力がないので、《魔力感知(マナ・サーチ)》をしても反応がないのです!」
ミザリーの言葉に一瞬沈黙して、ゴーンは状況を理解する術を失った事に大きく舌打ちする。
(クソッ。これじゃ何もわかんねぇじゃねぇか!!)
ゴーンが心の中で苛立ちを募らせていると、沈黙を貫いていたクロロが口を開いた。
「ローランは逃げた……。一目散に……。俺たちを置いて……。でも、もう大丈夫だ。『悪魔王(デーモン・ロード)』は俺の【煉獄焔】で追い払った……」
ポツリ、ポツリと呟いたクロロの言葉と憎悪に満ちた表情に、3人は声を発する事は出来なかった。
『災厄級』と呼ばれる『悪魔王(デーモン・ロード)』の襲来があったというクロロの『嘘』を受け入れる事しか出来なかったのだった。
ーーーーーーーー
【あとがき】
次話「王都『ルベリー』」です。
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