邂逅



 しばらく泣き続けた俺は、川の水で顔を洗い気持ちを新たに思考を再開させた。


 『アレ』は現実で、俺は『7日前』に戻ってきた。


 これはおそらく間違いない。ただ、時間を遡るスキルなんて聞いた事がないし、簡単に信じられる物でもない。


(まずは使ってみないと何もわからないよな?)


 頭ではわかっているのに俺は少し緊張している。


 改めて決意したはいいが、クロロ達と行動を共にする事はもう絶対にできない。俺の精神が崩壊して狂乱してしまうのが目に見えている。


 魔力がなく、スキルも発動させられなかった俺は、クエストの情報の詳細を調べ、起こりうる危険性を充分に確認し、それに合わせた戦術を考えたり、メンバーの疲れや体調に気を配ったり、荷物持ちや魔物の解体などのサポートをして来た。


 シャルを救うためには最果てダンジョンに眠っているとされている、『秘薬』が鍵を握っているのは周知の事実だ。


 新しいパーティーを組みたいが、戦闘力はまるでない俺を受け入れてくれる『力』のあるパーティーがあるとは考えにくい。


 全ては俺のスキル【栞(ブックマーク)】がどれだけ『使えるか』にかかっている。


「ふぅ〜……、躊躇したところで時間の無駄だな」


 トクン、トクンと心臓が規則的に鳴っている。


 この命を救ってくれたのは、俺のスキルに違いない。俺には魔力がないのだから、魔法が発動するはずがない。



「……《人生の栞(ライフ・ブックマーク)》」


 俺は緊張した面持ちで、あのボロボロの古びた魔導書を呼んだ。



ポワァア……



 いつもはパッと魔導書が出てくるだけのはずなのに、俺の目の前には淡い光が無数に飛び交い、徐々に人の形を作っていく。


(……なんだ、これ)


 もうパニックの連鎖は止まる事を知らない。


(……お、女の人?)


 ただ見ただけの感想を心の中で呟き、あまりに神秘的な光景にただ圧倒される。冷静に考察に入れるような余裕もなく、美しい身体が形成されていくのをジッと見つめる。



スゥーッ……



 やがて全ての光が一つに集束すると、息を飲むほど美しい女性が現れ、俺に向かってニコッと微笑んだ。


「『マスター』。心から感謝します! 私が『人生の栞』です」


 一切の汚れのない少し長めの銀髪に大きな翡翠の瞳。新芽を連想させる美しい瞳は夜だと言うのに光輝いているように見える。


 豊満な胸にキメの細かい白い肌と完璧なくびれ。スラリと伸びる手足は女性らしさを感じさせながらも無駄な肉は一切ない。


 俺はあまりに完璧な造形美にポーッと『彼女』を見つめながら心の中で絶叫する。


(め、めちゃくちゃ裸だッ!!)


 多分、それどころではないのだろうけどコレはもう叫ばずにはいられない。18歳の健全な男子には刺激が強すぎる。


「マスター……? 私がこの姿になれたのは4000と578年ぶりです。マスターの『熱い物』が私の奥に入って来て、身悶えするほどの絶頂と共に顕現を許されたのです!」


 彼女は恍惚とした表情で妖艶に微笑む。


「……な、なに言ってるんだ? と、とりあえず、服を……」


 俺は上着を手渡すが、彼女はクスッと笑みをこぼし、指をパチンッと弾く。すると一瞬で白いワンピースが彼女の綺麗な身体を包んだ。


「私はおそらくマスターにしか視認されません。マスターの服をこの身に纏いたいですが、それでは服だけが浮かんでしまいます。ふふっ、それは幽霊のようで怖くないですか?」


 彼女は綺麗な指を丸めて口元を隠した。


 腰回りを絞り、抜群のスタイルを強調するかのような白いワンピース姿にしばし見惚れながらも、


「……俺にしか見えないって、それもう幽霊と一緒じゃないのか?」


 などとどうでもいい事を呟く。


 彼女は少し頬を膨らますと、パッと俺の手を取ると「ふふんッ」とドヤ顔を浮かべる。


「……な、なに?」


「マスターは私に触れられます! 私もマスターに触れられます。触られるのだから、幽霊ではありませんよね? マスター!」


「……そう、だな」


「はい! 私はマスターだけの物でございます!」


 心底、嬉しそうにハニカム美女に、俺も釣られるように笑みを溢す。


(ふっ……本当になんなんだ、この人)


 なんだか完璧な容姿からは想像できない無邪気な言動のギャップに笑ってしまう。見た目は俺と変わらないように見えるのに、中身はシャルと同年代のように感じる。


 彼女は少し頬を染めてキョトンとすると、更に満面の笑みを浮かべた。


「ふふっ、マスターには笑顔がよく似合いますね」


 彼女の柔らかい雰囲気と言葉に、自分が笑えていなかった事を自覚する。


――ローラン! どんなに辛くても苦しくても、ずっと笑ってりゃ勝手に幸せになれるもんだ!


 『黒涙(こくるい)』に身体を蝕まれているのに「ガッハッハ!」と豪快に笑う父さんの言葉と姿を思い出した。


 魔力もなく、スキルの使い方もわからない俺は、冒険者達の格好の的だった。


 でも、どれだけ『無能』と蔑まれても、『無駄な努力だ』と笑われても、笑顔だけは絶やさなかった。


(そうだった……。もう前を向いたなら取り戻せよ。俺自身を……)


 頭に焼き付いて離れないクロロ達の冷酷な姿に余裕が無くなっていた事に気づいた。


 笑顔は俺を助けてくれる。


 ゴーン達のように認めてくれない者の方が多いのは確かだが、それでも俺が頑張れていたのは、シャルの存在と俺の努力を認め、励ましてくれる人達が少なからずいてくれたからだ。


 ふぅっと小さく息を吐くと笑顔を作る。


「ありがとう。大切な事を思い出せた」


「私はマスターのために存在する『聖典』。マスターの幸せが私の幸せなのです」


 彼女は誇らしげに少し照れたように呟く。


(……『聖典』。……そもそも、何で美女に?)


 俺は今頃になって頭が回り始めた。


 未だに自分のスキル【栞(ブックマーク)】と『彼女』の事を何一つとして理解出来ていない事に苦笑する。


「……君は誰なんだ?」


「……私は『人生の栞』。マスターの『血』で顕現を許された、『運命の女神、ノルン』が生み出した『聖典』です!」


 彼女はそう言うと、とても美しい微笑みを浮かべた。やっぱり何もわからない俺はこの世のものとは思えない美貌に少し照れながらも頬を緩めた。




ーーーーーーーー


【あとがき】


次話「『ノルン』」です。


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