第24話 スートの実態
再び訪れたのはみどり川の河川敷だった。
特別な用事はなかったが、なんとなく、ここへ来ればまたシュタルスに会える気がしたからだ。と言っても、誰も来ない。河原で横になる。そして、目を閉じる。頭を真っ白にしていたかったが、どうしても、7が思い浮かんだ。
「…………………………」
『私、7は今日から後継者である剣条司様のパートナーに任命されました』
銀髪の少女は突然現れた。俺は、巻き込まれたんだ。
『……私は元々番号で呼ばれていますので、7は7なんです』
名前もない、番号で呼ばれていた。
『お怪我はありませんか、司!』
自分の身を挺して、あいつは本気で守ってくれた。
『あ、あんなかわいい物体が………この世に存在していたのですか!』
好きなものを見ているときの表情は、普通の女の子だった。
それが……全部嘘だったのか。
「おいおい、辛気臭い顔でなーに油売ってんだよ、キョーダイ?」
フランクに話しかけてくる人物が、一人。同じような口調の人間を、俺は知っている。瞼を上げてあいつを捉えようとした。
「シュタルスか……そんなにしん―――」
時が止まった。……走り去る車の音も、吠える犬の鳴き声も、何も聞こえなかった。喉の奥で、言葉が詰まった。
「ジョ……カ……」
輝く金色の髪、漆黒の外套に身を包んだ青年――ジョーカーが、笑っている。逃げなきゃ……逃げなかったら……
「殺される、とでも思ったか?」
ジョーカーはため息をついて俺の隣に座った。心なしか、少しがっかりしていた。
「人を第一印象だけで判断するなよ? 痛い目見るからな」
今日は大鎌を持っていなかった。持ってたらそれはそれでダメだけど。
「今日は7、一緒じゃないんだな」
「あいつは…………もう帰る」
7のことは、誰にも話したくなかった。明らかにそのことを抉ろうとしているジョーカーに対しては、尚更だった。
「帰る、じゃない。……帰らされるんだよ」
無駄な訂正にいちいち反応する元気も、今はない。
「大体、この方があいつにとっても幸せだったんじゃないのか?」
「もういいか? ……あんまり気分が良くないんだ」
「まぁ聞けって……これを聞いてお前がどうするかは勝手だが、オレは剣条司に伝えなきゃならないんでね」
無理に立ち去ろうとした俺を、ジョーカーが止める。勿論、すぐに走って逃げればよかったのだが、ごちゃごちゃの気持ちを整理するには、落ち着く必要があった。
「そもそも、お前は〝スート〟が何か知ってるか?」
「意味はトランプの絵柄で……俺達後継者候補の護衛と身の回りの世話をする、訓練を受けた人間だろ?」
ジョーカーは人差し指を立てて左右に振った。
「そんなのは建前でしかない。考えてもみろ、オレがお前にしたようにいきなり襲い掛かってくるかもしれない状況で、無償の忠誠心なんてあると思うか?」
自分で言うか……したこと自体は認めているが、謝罪はなさそうだった。それに、ジョーカーの説明は、確かに筋が通っている。ダイヤのQのようなスートのように最初から仕えていたなら分かるが、会ったこともない人間を守るにしても、変な話ではある。
「〝スート〟の実態……それは、グリズランド本国で人体実験や薬品投与、遺伝子操作によって身体能力を向上させ、訓練し、実戦で試すための表の顔だ。特に、オレのような戦うためだけに仕込まれた存在はその最たるものだ。実際お前も戦いを見てきた中でいないか……常人を逸した動きを?」
7、8………二人とも普通ではなかった。
「だ、だったら、その実験台にされたスートよりも候補者本人が強いのは何なんだよ。それならスートなんていらないだろ?」
ヒルデガルトの強さは缶蹴りだったが7や8と同格、もしくはそれ以上の実力がある。そんな人間に、護衛なんていらないはず。
「簡単な話だ。〝スート〟と本人が逆なだけ。QやKなら、本人達が〝スート〟と同じか、あるいは似たような訓練を積んだってわけだ。誰かに聞かなかったか?」
疑問を投げてもすぐに帰ってくる。ジョーカーの言葉の真偽は定かではないが、信じるほかない。それを裏付ける戦いを経験したのだから。
「で、そんな奴らが無償で働くかって話だ。……働くわけないよな? そこで、グリズランドは条件を出した」
「……条件?」
「もし、自分の派遣される人物を国王にまで上り詰めらせることに成功した暁には、国側の可能な範囲で望みをかなえてやる、……ってな」
「望みを……叶える……?」
実利によってスートを動かす。…………何とも汚いやり方だった。というより、人体実験をしているグリズランド自体がおかしい。
「〝スート〟になる際に契約書に書かされるんだけどな………ま、オレは朝、昼、晩の三食が食えて毎日自由な場所で空を眺められるなら何も文句はないから何も書かなかったけど」
「ちょっと待てよ……じゃあ、7にもあるのかよ」
結局、あいつも自分の利益の為に俺を守ってたにすぎないのか。
あの笑顔も、本当に自分の為だけのものだったのか……
「あぁ。勿論あるし、オレはその内容を知ってる」
「何だって?」
「ジョーカーは最下位と拠点などの優遇措置を与えられない代わりに、他の後継者候補の情報をすべて手に入れられるんだよ。オレ〝達〟は別に順位に興味ないしな」
ジョーカーはコートの中からメモ帳を取り出してペラペラとめくり始めた。
「えーっと……お、あったあった。………7の望みは―――あ? 何だこれ……『○○○と結婚がしたい』、だとよ……」
○○○……? 結婚? 重なる事実が次第に俺を圧迫していった。胸が締め付けられたように苦しくなってきた。
「おい、その名前はわからないのかよ!」
ジョーカーはメモ帳をパタリと閉じてもとの場所にしまった。
「ダメだな。これには今回の後継者争いについてすべての情報が記載されているはずだが、ここに書いていない以上、本人が契約書に○○○って三つ書いたんだろうな。しかし結婚とは……許嫁のお前も屈辱だよな」
「どういう意味だ……それに、何でそのことを知ってる!」
さっきからずっと質問攻めをしている。……けれど、問うたびに、自分がこの後継者争いについて無知だったか思い知らされる。
「言ったろ、オレのメモには全てが記載されていると。それにそうだろ? あの7って小娘はお前との婚約が嫌だからこんな願いをわざわざ書いたんだ。要するに、許嫁のお前なんて嫌いだからお断りってことだよ」
必要以上の情報に感謝するとともに、拳に力が入った。ジョーカーは俺の先の行動を見越して手を横に振った。俺は立ちあがって、ジョーカーを見下ろす体勢を作った。
「よせよせ、オレはジョーカー。お前も身をもって体験したろ? やめと――」
力の限り拳に力を込めてジョーカーの左頬を殴った。思いの外、すんなりと入った。不意を突かれた青年は「ぶぐぅ」とつばを吐きながら吹っ飛んだ。
「……っつぅ~。これでもオフの日のオレは弱いんだからもっといたわれよ」
主人に仕えてる、いわば使用人にオフがあってたまるか。殴った感触に浸っていると、ジョーカーが頬を撫でながら体を起こした。
「大体な、許嫁の件に関してはお前の親も関与してるんだぞ。一方的に7だけ責めるのは筋違いじゃないのか?」
すっかり忘れていた。………ここ最近はずっと会ってないが、あの二人も俺をずっと騙していたんだ。……ジョーカー以上の仕打ちをしないと気が済まない。主に親父に。
「ありがとよ、ジョーカー。おかげで何人か殴らないといけない奴がわかってきたからな!」
俺は勢いに任せてそのまま本来の我が家へ駆け出した。と言っても、本気で殴りに行くわけじゃない。全部、何もかも教えてもらわなきゃ気が済まない。
「……まったく……何でこんな面倒な役目を。オレの格好からしたら、せいぜい悪魔だろうに」
ジョーカーの独り言は、俺には聞こえなかった。
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