第22話 お父さん



 十月初旬。それは、季節外れにも暑い一日だった。


「急げ7、まだ間に合う!」

「無理です。ここから会場まで何キロあると思っているんですか!」


 街から遠く離れ、場所は空港。水色のワンピースと麦わら帽子をかぶった7は、いつもとは違う女の子に見えた。つまりはすごく可愛いというわけだ。


「何キロだろうが何マイルだろうが関係ない……俺は……俺には――――!」


 言うべき時は、今しかないと思った。


 そもそも、事の発端は9月の終わり頃。ヒルデガルトとの決闘から、一週間くらい後の事である。


 原因は―――――7だった。






 戦いからすぐ俺は入院した。……あれだけの傷を負いながらも俺は命に別状はなかったらしい。病院の医者の人達もびっくりしていた。そして六日で退院。


『君は本当に人間かね?』


 皮肉の混じったジョークだったが、これは笑えた。何せ一番驚いているのは俺自身なんだから。本来なら骨折していてもおかしくないのに打撲やかすり傷程度で済んでいた。我ながら自分の頑丈さに笑ってしまう。


「あーっ! やっと狭苦しいベッドから解放されたぜ」


 市内でも一、二を争う病院でビップ待遇でもてなされたのは良かったんだが……平民の俺には合わなかった。


「司の回復力には驚かされます。……照明を直撃した時の怪我にしても、常人ならもっと大けがのはずですよ?」


 白のドレスシャツに紺色のパンツスーツを着た7が出迎えてくれた。……ようやく7の〝スート〟らしい姿を拝めた気がする。


「ん~……今までは別に普通だったんだけどねぇ。王族って分かってから、運が良くなったのかも」


 まったく心当たりがない。人並みに怪我も風邪もなったけど、治る時間はそれほど早くもなく、遅くもなかった。気のせいかもしれないけど、もしかして王族なことが関係あるのかな?


「奇跡の復活……でいいのではないでしょうか?」


 微笑む7を見て、変化がよく分かる。……出会った当初はクスリとも笑わなかったのに、最近は表情豊かになって来ていた。今もこうしてちょっとした冗談を言うようになった。


「そうだな。深く考えたって意味ないし」

「荷物をお持ちします」


 病院の出入り口を出てすぐ、7が俺の着替え諸々を詰め込んだバッグに手をかけた。


「いいって」

「いえ、これもスートの役割ですから」


 強引に荷物を取られてしまった。そんなに無理して奪わんでも持てるのに………。女の子に荷物を持たせてると、何とも言えない罪悪感を感じる。

 リハビリついでに徒歩で拠点まで帰ることにした。ここ数週間は中心街に遊びに来てないせいか、ずいぶん変わったようにも見える。風景を見ながら、やっぱり件の荷物が気になってしょうがない。7、無理してないのかな?


「7、やっぱり俺が持つよ」


 バッグに手を伸ばすと、7は流れるようにかわした。


「私が持ちます。〝スート〟ですから」


 やけにスートを強調するな………もういいや。と、諦めて7に荷物を持たせた。

 あれから、ヒルデガルト―――ヒルダが入院三日目に見舞いにやってきた。少なからず自分にも非がある、と言ってヒルダは頭を下げてきた。Qからも『感謝する』なんて言われた。これからどうするかはまだ決めてないけど、ゆっくり前へ進んでいくらしい。でも、まだグリズランドの国王になることを捨てたわけじゃない、だとさ。めでたしめでたし。


「あれ、もう着いたのか……意外と短かったな」

「歩くスピードが速かったですから」


 自覚はなかったが、そうだったらしい。普通なら一時間もかかる道のりを、半分程度で到着していた。走ってはいない。


「あー、勉強してないな~。もうすぐテストがあるってのに、やべぇなぁ」


 受験勉強すらまだまともにしてない。せっかく買った参考書はどこへ消えてしまったのか。


「そうですね………でも、まだ無理は禁物ですよ。退院してまだ一日も経っていないんですから」


 少女からはお小言がひとつ。

 7が懐から鍵を取り出して鍵穴に挿し込む。鍵を捻ろうとした瞬間、7がマシンガンを構えた。一体どこからそんなものを取り出したのかは気になったが、状況から、ツッコむのは憚られた。


「ど、どうしたんだよ………7」

「部屋に……誰かいます」


 壁に隠れているように促される。そして、7がドアを開けようとした刹那、


「よぉーっ! 会いたかったぞ愛娘よぉー!」

「ふごっ!」


 突然俺達の部屋から出てきた筋肉質のおっさんに7が抱かれた。

 だ、だれなんだこの人。


「……まな、むすめ?」


 年齢は五十くらいか……白髪に白髭。結構歳を取ってる。身長は二メートル近くある。アロハシャツがまたおっさんに磨きをかけている。シワの少ないおっさんが、大きな手で7をごしごし撫でながら俺に視線を合わせた。


「おー、君がスペードの7、司君だな! 真理亜様と源次郎様は元気か!」

「お、おっす」


 ちなみに源次郎は俺の親父である……って誰に説明してるんだ俺は。近頃顔を合わせていない両親の顔を思い出しながら返事をすると、おっさんはガハハハと豪快に笑った。


「そうか、そうか! そりゃよかった」


 ようやく7がおっさんの拘束から脱出し、銃をしまった。

――――お父さん、どうしてここにいるのっ!


「………ん?」


 何だ……今のかわいい声は……? 近くからだぞ? しかも、聞き覚えがある。


「どうした愛娘よ。パパが来てくれて照れてるのか? 可愛いやつめ~」

「もぅ、照れてなんかない! ……あ」


 俺と視線ががっちり合ってしまった7の声のトーンが、五、六下がった。どっちだ……どっちがホントの声なんだ……!


「娘よ……お前、司君にどんな接し方してるんだぁ?」

「う………」


 黙り込む7をじっと眺めていると、おっさんが間合いを詰めてきた。とんでもない速さで一歩退く暇すらなかった。


「なぁなぁ、司君。キミは……その……娘とは……どこまでいったんだね?」

「どこまでって、えへへそんな…………ん? んん? 娘? お父さん? ……え……マジで?」


 7とおっさんの両方を目が行き来する。マジかよ。お父さんで、愛娘!


「親子ぉぅっ――――――――⁉」


 久々の驚きだった。

 にしても……似てなさすぎだろ!!



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