第17話 ありのままで
翌日、昼から同じくみどり公園で練習していたのだが、まったく駄目だった。昨日と同じで、速さに追いつくことができなかった。
「もう一回だ……!」
「司、ただ走るだけでは勝てません……違う方法を試すのも……」
7は正論を述べていただけだった。それなのに、俺は逆上しそうになる。
「悪い………少し頭冷やしてくる」
「司………!」
公園を後にしようとする俺を、7が追いかけてくる。しかし、それは怒りを増幅させるだけでしかない。なんとなくバツが悪いのだ。
「来るな!」
「…………」
威勢よく啖呵を切ったくせに、まるで実力がなかった。
「今のままじゃ、カッコつかないだろ? 少ししたら………戻ってくるから」
その後、7がついてくることはなかった。気持ちをくみ取ってくれたのは、実にありがたいことだった。こういう時、スートとの関係であることが助かる。
住宅街を抜け、街を流れるみどり川の河川敷を歩く。元気に野球をしている子供たちもいれば、呑気に散歩する老人もいた。
一体………どうすれば勝てる?
通り過ぎる人を他所に、考えを巡らせた。だが、答えは出ない。身体的な問題が故、乗り越えるのは難しい。一朝一夕でどうにかなるレベルの事だったら、後継者問題なんてさして重要じゃなくなる。堂々巡りの問題に、思わずため息。
「はぁ……………」
河原の芝生に寝そべる。目を閉じて、日光のまぶしさを遮断する。そして改めて、自分の置かれた状況を整理する。
『私、7は今日から後継者である剣条司様のパートナーに任命されました』
一体何の冗談か、7には驚かされた。ここから、すべてが始まった。
『ごーなっだら、じづりょぐごうじっ!』
そういえば、クレアとの戦いも、シャレにならなかったよな………その後も、痛かったよな………よく生きてたもんだ俺。俺………この数週間で色んなことに巻き込まれたんだな。
ついこの間の激動の日々が、ずっと前のことに思える。現に今、それを懐かしんで笑っていた。
『王族が仕官になるなんて、くだらないと言いましたの』
そして、あいつは、ヒルデガルトはそう言った。冷たく放たれた視線が、俺を射抜いていた。どれほどの実力かはわからない。確実に強い、それだけはわかる。だからこそ、俺自身が、7の足手まといになっているのが嫌だ。
どうやったら……強くなれる?
「くそっ!」
「なんだよ腐っちまって………どうしたキョーダイ?」
瞼を上げると、そこには日の光を遮って俺を見下ろす男の姿があった。男、というよりかは、俺と同じくらいだった。
「あんたも後継者候補か?」
「あー、まぁなんだ。……つまり、そういうことだ」
大きめのジーパンと、シワの多いヨレヨレの白いワイシャツという、ひどくだらしない格好だったが、この人物はそれを着こなしていた。十代の幼さの抜けた大人びた顔。鼻筋が通り顔のパーツの均整がとられていた。血のように鮮やかに映える赤毛と、相手の心の奥まで見透かすような黒い瞳。それでいて、少年のような笑みを浮かべている目の前の少年は、どう見ても日本人じゃなかった。けれど、7と同様に流暢に日本語を使っている。
「んだよ……戦う気なんてねぇよ、安心しな」
ぶぅ、と子供が拗ねたような態度を初対面の俺に見せるあたり、本当らしい。途端に表情を変え、ニカっと笑う。
「……奇遇だな。俺もそんな気ない」
不思議と、警戒することはなかった。確かに怪しいが、襲撃するならわざわざ話しかける必要はなかったはずだ。
少年は俺の隣に座ると、芝生を抜いては投げる行動を繰り返していた。
「ずいぶん悩んでたみたいだけど……何かあったのか?」
「いきなりだな…………でも、その方がいいや」
とても誰かに話す気にはなれなかったが……なぜだろう、不思議と腹を割って、ヒルデガルトとの決闘の事を話した。……こいつ、テレビ見てなかったのかな?
「Qか………ドSのお嬢様のことだろ……?」
笑いそうになったが、何とか抑える。やっぱり皆考える事は一緒か。
にしてもドSって……
「絶対に……勝たなくちゃいけないんだ」
「ふぁ~ぁあ~」
突然、少年は大きな欠伸をした。話聞く気あるのかよコイツ………
「おい、真面目に聞けよ……」
あくびはまだ続いていた。そして、少年は芝生に寝そべった。
「あのなぁ……ちょっとは肩の力抜いてみたらどうだ?」
「え?」
風が吹き、頬を撫でる。
「そんなにいきり立っても無駄なだけだ。深呼吸して、落ち着け……な?」
ふざけてるのか真面目なのか……ウインクを見せる少年。言われるがままに、深呼吸をして、もう一回横になる。
「相手はよ、高い飯しか食ったことのない金持ちなんだぜ? ………そんな奴に、おにぎりの良さがわかるか?」
そうそう、ヒルデガルトはお嬢様だからな……高級フレンチとかしか食べたことないよな。
「……それ、関係あるのか?」
突然話題をすり替えられたような気がして、たまらずツッコんだ。
「民衆が王様のことをただいいもの食って遊んでるだけと思ってるのと一緒で、王様も民衆は畑耕してその後遊んでるだけとしか思ってない。……………要はお互いに互いのことを知らないんだよ。相手の気持ちを考えろってことだ」
諭されている………悪いのは、俺の方なんだろうか?
「確かに、バルツェルはお前の夢の事を悪く言ったかもしれない。それは、あいつがお前とは正反対の環境だったからだろ?」
「正反対?」
流れゆく雲を見つめながら、少年の理論に耳を傾ける。
「片や生まれながらにして未来が決定している少女。片や、自分自身で未来を選択できる少年………この差は大きい。英才教育を受け、まったく自由の無い身で飛び込んできたのが後継者候補の知らせ。少しでも敷かれたレールから離れたいなら、一国の王になりたいだろう。そんな喉から手が出るほどの権利を、お前は何の努力もなく、偶然手に入れた。バルツェルからしたら、お前は誰もが手に入れたいと思う権利を『興味ない』って捨てたんだ。……そりゃ怒るだろ?」
一応、筋は通っている気がした。
「まぁ? そのヒルデガルトもいちいち反応してお前の夢をくだらないって言ったんだから………どっちもどっちだ」
バッサリざっくり言い切ってしまった。
「ちょっと待てよ! 五分五分かよ!」
「第三者の勝手な意見を鵜呑みにしてむきになるならどっちも大したことねぇよ。ぶつかり合うってことは、それだけ自信持って進んでるからいいことじゃないか。自分で選んだなら、胸張ってればいいだけだろ? 逐一癇癪起こしてたらもたねぇぞ」
少年は立ちあがって、またあくびをした。ホントによくわからない。隣にいるのに、とても遠く感じる。
「最後に数年長く生きてる年長者としてアドバイスをくれてやるなら…………」
うーん、と唸って考え込む少年が、年上に見えない。それこそ、いたずらを思案する悪ガキに見えた。
「ありのまま、かな」
「何だよ、それ」
上体を起こして少年に問う。少年は俺の額を小突いて河原の上の道に上った。
「言葉のままだよ……えーっと……そうだ、剣条、剣条司。お前がバルツェルに勝利することでも祈っといてやるよ」
少年は後ろも見ずに立ち去ろうとしていた。
「お、おい! 名前くらい教えろよ!」
何で俺の名前……あ、テレビに映ってたか。でもあいつ昨日のテレビは見てないよな? 振り返った少年は、面倒そうな顔をして頬を掻いた。
「オレ様はシュタルス・ヴィ・グレンフェル。死んだグレゴリウス二世の息子で、……お前のいとこだ、またあったらよろしくな」
道沿いに消えていくシュタルスに手を振って別れた。姿が見えなくなったころに、手を降ろした。……あいつ……オレ様キャラなんだな。
「確かに………少し変わってるな」
踵を返したところで、背後に7がいることに気が付いた。内心びっくりしていたが、平静を保った。
「誰かと話していたんですか?」
「あぁ………」
まだ言われたことを反芻していた。生返事をして適当に流す。
「そういえば、後継者候補って全員知ってるのか、7?」
シュタルスがしていたように芝生を抜いて投げる。……まったく意味無いな、これ。
「多少は………メディアに幾人かは取り上げられていますが、候補の中には曲者も多く、情報が一切出ていない人もいます。事実、グレゴリウス二世の息子のシュタルス・ヴィ・グレンフェルは次期国王と謳われていたにもかかわらず、容姿などの情報はすべて公表されていません」
ん? ………7ってシュタルスに会ったことないのか?
「お前、変わり者って言ってたよな?」
「父が一度会ったときに、そう言っていたので………」
自分は会ってないのか…………まるであったことあるように言ってたから少し期待していたんだけど。まさか話してた人間がそのシュタルスなんて言えないよなぁ。
「……それで、頭は冷えましたか?」
川の方へ視線を移す。数十分前に、そんなことも言ってたな。
「まぁな。アドバイスもらったし」
もう一度芝生に背中を預ける。さっきよりもずっと心地よかった。もう一度深呼吸をして、心を落ち着ける。
「……司?」
確かに、少し肩に力が入ってたのかもな。
「下らないって言われて怒ったけどさ、それで売り言葉に買い言葉じゃいつまでたっても子供のままなんだよ」
7が隣に静座する。
「あの場面で憤らない方が不思議ですよ。………十七歳の貴方に、そんな完璧な精神は求められていません」
これも、7なりのフォローなんだろうな。少女の気遣いがとてもうれしかった。
「でもさ、俺が血の上ったままヒルデガルトに挑んだら、確実に負けてた。いや、今もだろうけど………俺より何倍も強い7や8達とたった二日しか練習してないのに焦って…………なんつーか、バカみたいだよな」
自虐をして嘲笑が湧き上がる。けれど、7は苦笑も、否定することもなく、ただじっと俺を見ていた。試すように、見据えていた。
「だから……決めたんだ、7」
「決めた……一体何をですか?」
もう一度、今度はもっと深く、そして、全身に空気が行き渡るように息を吸う。と、そこで思わずあくびが出てしまう。……シュタルスのがうつったのかな?
「もう………何もしない!」
長い沈黙が、俺達を包んだ。7は、じっと俺を見つめて動こうとしなかった。………それから数分後、7は目線を落とした。
「本気ですか………たった二日しか経っていないんですよ……?」
「どれだけ俺ががんばろうと、限界がある。……だったら、俺は7に賭ける」
全身が脱力して、程よく眠たくなってきていた。
「言ったはずです………私ではヒルデガルトの催眠術にかかってしまうと。……司、あなたは勝算のない戦いはしない、と言っていたじゃないですかっ!」
切羽詰まっている。何か、7らしくない必死さがある。無理にでも俺に勝たせようと、なりふり構っていない。
「練習したところで、本番の相手はヒルデガルト=バルツェルなんだ。……誰を相手に特訓したって、あいつにはらなれない」
「詭弁ですね。……ただ時間が流れるのを待つよりかはよっぽど有益です!」
7の説得は続く。
「確かに、憤慨した昨日の状態で挑めば敗北は必至。……でもそれと何もしないのは別の話です。あれだけ怒りをあらわにしておきながら……司には夢に誇りはないのですかっ!」
一番ご立腹なのは、7じゃないのか? そう考えると、笑いを隠せなくなる。
「答えてください、司っ!」
怒りと悲しみに満ちた表情だった。目を潤ませ、頬を紅潮させ、胸倉をつかんできた。対照的な状況の相手を前に、俺は7の頭を撫でた。久しぶりに異性の頭を触った気がする。
「悪かったな。………誤解をさせたらしい」
「………ぇ?」
顔の近い7と面と向かって話すのが急に気恥ずかしくなって、空を見上げた。
「俺は諦めたんじゃない…………今の……」
『ありのまま、かな』
シュタルスの声が脳裏で再生される。
「ありのままの自分でぶつかりたいんだ」
「…………………………」
怒りも悲しみもなく、叫ぶことも嘆くことも、7はしなかった。しばらく俺の目をみてから、「ふぅ」と息を吐いた。
「………先ほど会話をしていた方が相当な影響を与えたのでしょうね。司の掌を返した態度には驚きましたが、それがあなたの戦略なら、スートである私はそれに従うまでです」
「7………」
理解してもらえた。どうして7があんなに必死になっていたのか、この際、今詰問することはしない。……が、
「あのさ、7。……そろそろ離れてもらえないかな?」
状況をよく考えれば、同年代の異性に寄りかかられていた。恥ずかしくないわけがない。ぽっと顔を赤くした7が、口をパクパクさせながら声にならない声を発して俺から距離を取った。
「あ、あの……あ、……あ、あの……あ」
いっつも、無表情を作って感情を殺してるように見えるけど、実際は違う。もっと女の子らしくて、もっと子供だった。こっちも心拍数が上がっていたが、あくまで平静を保って7に近づいて手を伸ばした。
「……帰ろうか?」
上気した顔が、次第に冷めて、徐々に元の7の顔色に戻っていった。
「……はい!」
こうして、決闘までの五日間、何もしないこととなった。威勢こそ消えたが、決して屈服はしない。みんなの力を信じて。
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