第34話 家庭的な二人

 自宅に戻り、荷物を置いた後にランドを呼びに行った。

 ランドはパンを食ったようだが、まだまだ食えるということで、ルークスの家で共に食事をすることにした。肉やスープを貰えることはもちろんだが、それ以上にこの後に剣を見てもらえることが嬉しいようだ。早く食べ終えようとしているのを注意しつつ、共に食事をしていく。


「そう言えば、母さんは粥を食べたか?」

「うん。いまはまたねちゃったけど、ごはんたべて、くすりのんでたよ」

「そうか。それなら良い。スープを買ってきてあるから、この後また持っていってやれ」

「あとね、おかあさんがありがとうっていってた。ちょくせついえなくてごめんなさいって」

「わかった。まあ、まずはしっかり治すようにと伝えてくれ」

「うん」

「それと、お前、服の洗濯はどうしてる? お前のそうだが、母さんの服とか」

「……ずっとおかあさんがやってたけど、しばらくできてない」

「そうか……それなら、とりあえずお前の服だけでも全部洗っちまおう。スープ持っていったら、タライに服を入れてもってこい」

「おかあさんのふくは?」

「とりあえずお前のを先に全部片付けてからだな。洗い方を教えてやる」

「わかった! ごちそうさまでした」


 そう言って、ランドは台所の鍋を掴んで、そろりそろりと家に向かっていった。

 洗濯をしようと言ったのは、ランドの服が少し匂い始めていたからだ。本来ならば母親の服を清潔にしてやった方が良いはずだ。下着も含めて替えはあるだろうが、一週間以上ともなれば限界が来ているはずだ。ただ、少しだけ顔を見たことがある程度の隣人、しかも中年男に、服も下着も洗われるのはあまり気分が良いものではないだろう。緊急対応としてやるべきではないかと思いつつも、快方に向かっている以上はそこまで気を回す必要はないだろう。

 ここまで考えて、ルークスはなぜここまで配慮しているのだと疑問が沸いてくる。そもそもランドの服を一緒に洗ってやるだけでも、十分に感謝されることのはずだ。礼を求めてやったことではないはずだ。なんとなく見ていられなかった。それだけのはずだ。

 とりあえず、疑問も問題も先送りにしようと思い、考えることをやめた。


 ランドが戻ってくる前に、ルークスは自分も洗うものを集めた。戦闘で傷ついたり、血で汚れてしまった服で、修復や洗濯が難しそうなものは思い切って捨てた。そこまで高価なものではないし、まともに着られるように修復するとなると、それなりに費用も時間もかかってしまう。それでも一瞬節約が頭をよぎったが、血で汚れたものはともかく、やぶれたものはボロ布として使おうと決めて、少しだけ自分の商人根性を慰めた。

 結局、破れた服が何枚かと、使った手ぬぐいが何枚かあるだけで、思ったよりも量は多くなかった。ランドはまだ服をまとめているのだろう。その間に、外套や胸当てなどを、開けた窓に引っ掛けるようにして日干しをした。

 そうこうしているうちに、ランドがタライを引き摺るようにして家から出てきた。


「おいおい、随分たくさんあるな」

「ぼくのふくと、てぬぐいをぜんぶいれたらこんなになっちゃった」

「まあ、それくらいはあるか。ちなみに、洗ったものはいつもどこに干している?」

「えっと、にかいのへやのまどをあけて、そのそばにロープをつって、そこにひっかけてる」

「ああ、なるほどな。今日は……そうだな。あんな感じで窓に引っ掛けたりするか。あとは俺の家の窓にロープを渡して、そこにも少し干すか。なんとか全部ひっかかるだろ」


 そう言って、タライを井戸の側まで運んでやった。


「とりあえず水を汲むところからだな。水を汲んだことはあるか?」

「えっと、おかあさんといっしょにやったことあるけど、ひとりだとおもくてもちあがらなかった」

「ああ、なるほどな。桶にたっぷり水を入れるとそうなる。少なめにすれば持ち上がるんだが……井戸の中はよく見えないよな。もう少し大きくなってからだな」


 そう言って、今回はルークスが水を汲んでタライに入れていく。ランドは七歳だったはずだが、七歳というのはこれくらいの大きさなのだろうか。言葉もはっきり喋ってはいるが、少し拙いところもある。子供との関わりなんて、孤児院のころを除けばほとんどなかった。自分よりも下の子供のことを思い出そうとしたが、あまりしっかり想像できなかった。


「とりあえず、こうやって水を汲んで、タライの中に入れていくんだ。服によって洗い方が違ったりするんだが、今回はお前の服と手ぬぐいだけだから、まとめて洗っちまおうか」


 洗濯は手や平らな石にぶつけたりこすったりなどして洗うことが多いが、今回は量もあるし、何よりもランドの手ではいくつも洗うことはできない。まずは一つ二つと見本を見せて、やらせてみた。


「たいへんだね、これ」

「そうだな。俺ももちろんだが、お前の母さんもこれをやってるんだぞ」

「そっか。ぼくができるようになったら、おかあさんらくになるかな?」

「ああ、だから頑張ってやり方を覚えろよ。手で洗うのと、今回は足でも洗おう」

「あしであらうの?」

「ああ。あまりやりすぎると服が傷んだりもするんだが、お前は子供だから体重も軽いしな。量もそれなりに多い時はこれでやれば良いだろう」


 まずはランドの足を洗わせて汚れを落とした。その上で水の入ったタライの中の洗濯物を踏んでいくのだ。


「今回は石鹸やは用意していない。水だけでやろう」


 多少は冷たいとは言えども、日中に水で遊んで気持ちが良いのだろう。笑い声を上げながら、ランドはタライの洗濯物を踏んでいる。

 しばらく踏んで、水に少し濁りが出てきたら水を交換する。これを二度か三度繰り返し、最後は絞るだけだ。絞るのも一枚ずつやり方を教えたが、力が足りず、どうしても絞り切れない。


「お前がやる時は、朝早くにやった方が良いな。絞りきれないから乾かなくなりそうだ」

「ごめんなさい」

「なんで謝るんだ? 子供なんだ。そういうものだから気にする必要はない」


 そう言って、ルークスはランドが踏み洗いした服や手ぬぐいを絞っていく。

 そこに声をかけてくる者がいた。


「あらあら。今日は洗濯かい? 随分と仲良さそうで、まるで親子だ」


 裏の家に住んでいる老婦人だった。

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