第7話 剣呑
「は? なんだと?」
「俺にはお前に飯を提供する義理は無いと言ったんだ。当然ながら義務もない」
「ふざけんじゃねえぞ!」
ベートはいきりたつ。そのまま立ち上がり、後ろ手に腰に手を回す。やはりナイフか。
「別にふざけちゃいないさ。普通に考えてみればわかるだろう? なんでいきなり転がり込んできた同業者に、それもただの礼儀知らずに飯を食わせなきゃならない? 火に当たらせてやってるだけで感謝してもらいたいもんだな」
「てめぇ……」
腰からナイフを引き抜いた。右手で逆手に持ったまま、刃先をこちらに向けてくる。刃渡りは一手半あるかないかというところだろう。暗くてわかりにくいが、武器単体としての驚異はそこまで無さそうだが、どういう戦い方をしてくるのか。相当に小回りが効くのか、素早い動きなど体術が得意なのだろうか。毒を塗っている可能性もある。いずれにしても、どんな攻撃をしてくるかはわからない。警戒を怠るべきではない。
「ナイフをこちらに向けているということは、敵意があるということだな? 敵意がないなら、今すぐナイフをしまえ。そうじゃなければ、こちらも相応に対応することになる」
ルークスはそう言いながら、剣の鞘を左手に持ち、立ち上がった。平静を装ってはいるが、背中にはじっとりと汗が浮かび始めている。覚悟していた状況ではあるとは言え、対人の戦闘には魔物との戦闘とは違う緊張がある。
静かに張り詰める空気。焚き火から、薪となった枝が爆ぜる音がしている。
「お前も馬鹿だな。新人冒険者と変わらないことやってるようなうだつの上がらないおっさんが、二対一で勝てると思ってんのか?」
ナイフを順手に持ち替えながらベートが嘲る。
「さあな。でも、勝てるか勝てないかは問題じゃない。気に入らないと思った時に、気に入らないと言えるかどうか。俺自身が意地を張れるかどうか、が問題なんだよ」
「はぁ? 何をわけわからねえことを……」
「それ以前に本当に二対一なのか?」
笑いかけると、ベートは大きく目を見開き、叫んだ。
「おい、ガレン! お前もやれ!」
呼びかけられたガレンは動く様子が無いが、ベートの方を向いて落ち着いた声で言った。
「ベート、そこまでだ。これ以上は許されない。座るんだ」
「なんだと!? 偉そうに何言いやがる! お前もやるんだよ! パーティーだろうが!」
「もう止めだ。こんなことをやるつもりでパーティーを組んだわけじゃない。第一、一日くらい食事を抜いたからと言って死ぬわけじゃない。水もあるんだ。明日中には街に帰ることができるはずだ」
ガレンは冷静にそう答えた。
「明日には戻れるって、なんでわかるんだよ?」
「先程、話し合っていただろう。大体の位置は掴めた。ここは森の入り口から半日も無いはずだ。森を出てからも川沿いを進んでいけば、二日はかからない。早ければ明日中につくはずだ」
「その間飯は無しだって言うのかよ」
「……水が飲めるだけマシだろう。どうしても食事がしたければ狩りをするしかないな。まあ、今の俺達には火を熾すことさえできないが」
呆れたように言うガレンを強く睨みつけるベート。未だにナイフをしまう気は無さそうだ。
「どうする? このままナイフをしまって大人しくしているなら、火の側にいても良いが。それが嫌ならやはり俺かお前かどちらかがいなくなるしかないな。もちろん俺はいなくなる気は無い」
剣の柄に手をかけた。だが、抜かない。手をかけただけだ。腰も落としていない。
静かに睨み合った。唸り声が聞こえてきそうな表情をしている。焚き火のせいでそう見えるだけだろうか。いや、そこまで火は揺れていない。
どれだけ睨み合っていたのか。舌打ちしながらナイフをしまったベートが、腰を下ろして岩にもたれかかった。
ルークスももう一度座り込んだ。隣でガレンが槍を置いた。槍を持っていたことに注意がいかなかったことを反省すると同時に、恐怖が込み上げてきた。万が一、ガレンが襲ってきていたら。殺気や動きに気付いたかもしれないし、全く気付かずに槍で一突き、絶命という状況になっていたかもしれない。仲間ではない。仲間として認めていても何が起こるかわからないのだ。全面的に信用するな。言い聞かせた。
「ルークスだったな、すまない」
そう言いながらガレンが右手を胸に当て、頭を下げる。貴族式の謝罪が平民に伝わり、一般化された、平民の正式な謝罪だ。平民に正式も何もあったものではないが、そういう表現をされている。
ルークスも手を胸に当て、うなずいた。
「ガレンの謝罪を受け入れよう」
実際にガレンが何かやったわけではないが、ベートの仲間ではある。謝罪することは筋としてもおかしくない。本来であれば受け入れる理由はないところだが、今回はガレンが槍を持っていなかったらベートが収まらなかった可能性もある。その点も考慮してガレンの謝罪を受け入れたのだった。
「この後の火の番は俺が受け持とう。あいつに任せても安心はできないだろう。俺がやっていても安心はできないかもしれないが」
「いや、大丈夫だ。二人で交代だ。あいつが寝続けることになるのは業腹だがな」
笑いながら言うと、ガレンの表情が少し崩れた。苦笑したようだ。
「そうか、助かる」
「俺が先にやって良いか? 一度眠ったせいで、すぐに眠れそうになくてな」
嘘をついた。戦闘になりそうで神経が昂ぶったのだ。また、すぐに眠ってしまい、眠りについていないベートから襲われることを恐れたのだ。
当のベートは岩に背中を預け、片膝を立てて座っている。そこに頭を乗せて俯いているが、眠っているのか、会話を聞いているのか。
「わかった。ここにある薪は使って良いのか?」
「大丈夫だ。足りなくなることはないだろうが、全部使ってしまった場合は、俺の番で適当な枝を切ってくる」
そう言って、ルークスも外套に包まり、近くの岩に背中を預けた。横になれないことは腹立たしいが、さすがにあんなことがあって横になって眠れる程、神経が図太くはなかった。
抱きかかえている剣だけが頼りだった。
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