運命の対極

@banaharo

運命の対極

【一日目・7月14日(金)】

 それは、印室高校二年の始業式の日の事だった。一目惚れをした。バスケ部のエースに。

 ボーイッシュな黒くて短い髪、健康な褐色肌、高身長と抜群のスタイル……そして、眠たげに半開きの透き通るような碧眼……それらの全てが、俺の胸を射止めた。

 自分の好きなタイプどストライクの女子生徒を前に、思わず自分の心はすぐに掴まれてしまった。

 だが、残念ながらこの俺、西村守隆は成績も運動神経も平均的な上、校則違反もしない地味な男だ。

 校則通りの外見とは、裏を返せば出る杭がない生徒……つまり、面白味がない人間ということだ。個性が無い。

 だから……この恋は、憧れのまま終わらせる事にする……はずだった。

 だが、夏休みが近くなった頃……。


「好きだ、美月。付き合ってくれ」


 見てしまったのだ……そんな彼女、早崎美月が告白されているところを。

 しかも、よりにもよって相手はサッカー部の次期エース、大久保通彦。体育では、クラスのサッカー部と示し合わせて、サッカー経験者だけを集めたチームを作って、未経験者チームをフルボッコにして悦に浸り、休み時間ではオタク系男子を女子の前でいじって「面白い奴アピール」をする、はっきり言って嫌な奴。

 だが……それは、大久保の全てではない。実際、あの告白のシーンを見る限りでは誠実に見えるし、チャラチャラした中途半端な気持ちではなく、真摯な様子で頭を下げている。

 その大久保を前に、早崎は……嬉しそうなのか、それとも照れているだけなのか、頬を赤らめながらも正面から笑顔で答えた。


「ありがとう、大久保。気持ちは嬉しいよ」

「ほんとか?」

「うん……でも、もうすぐ夏の大会なの。……だから、返事は大会が終わってから……あと、えーっと……大会が、8月7日だから25日後くらいでも良いかな?」

「……ああ、勿論だ」


 それを聞いて、思わずホッとしてしまった。良かった……取られなくて、と。

 しかし、大久保もああやって彼女を作るために、玉砕覚悟でぶつかれるんだな、と変に感心してしまった。

 やはり、普段の様子だけで人は判断出来ない。少なくとも、ビビって好きな子に話しかけられない自分なんかよりはマシである。

 だから……諦めた身として、ここは大人しく引き下がる……。


「……わけねえだろコンチクショウが」


 残念ながら、普段の様子も大久保の一部である。普段、ああいう態度をとっている以上、たかだか真摯な告白を見ただけで印象は変わらないものだ。世の中にジャイアン法則など通用しない。

 とにかく、許されない。あんな奴に、自分の好きな子を取られるなんて……それに、素直に考えても、告白の返事が保留になったのを見てホッとした時点で、自分はやはり早崎のことを諦めていないだろう。無理に理屈をつけて諦めようとしただけ。

 ならば、奪うしかない。8月8日……いや、その前だから8月7日までの間に……早崎美月を。


「やるぞ」


 そう強く決心した。だが、現実的に考えて、26日間で数回しか話したこともない少女と付き合うのは無理だ。まず情報が足りない。

 残念ながら、運命なんてフワフワしたものを信じる程、自分は楽観的ではない。

 ……つまり、運命を作るしかない。相手の好みを把握することによって。

 そうと決まれば、まずはどう情報を得るか、だ。今日は14日の金曜日。明日から休みが2日ある。

 その間はどうせ早崎とは会えないので、情報収集と作戦を決めなければならない。

 そのためにも、今日は自分が持っている情報を把握しよう。

 計画を立てるには、まず箇条書きで良いから情報をまとめるのが大事だ。

 そう決めて、家に帰ってからパソコンを開き、ワードに文字を打ち込む。

 苗字が西村と早崎で、高二が始まった時と定期テストの時は席が近かったこともあり、その時に仕入れた情報から。

 ・バリバリの文系。国語、社会、英語は平均以上を取れるが、数学と理科は赤点。

 ・家は学校の最寄駅から三つ隣。基本的にチャリ通だけど、雨の日は電車。

 ・使っている消しゴムは無地製品。

 の、3点。今日から8月7日までの間に、試験勉強期間と試験期間に入った上で夏休みにも突入する。

 明日はさらに情報を集めて……明後日は必要なものを揃えるなり、また情報収集するなりして、月曜日の朝から行動開始だ。

 情報集めはトゥイッターを使う……つまりこれは、トゥイッターのストーカー……トゥイーカー作戦だ。


【二日目・15日(土)午前】

 さて、今日は情報収集。午前中は何について調べるか? 候補としてはー……。

 ・印室高校バスケ部について。

 ・早崎本人について。

 ・モテる男の条件について。

 って所だろうか? まぁ……まずはバスケ部についてか。調べるのに一番、リスクが低い。

 まずは手始めに、ネットを見た。高校の部活の公式サイト。週の活動日と実績と「楽しく和気藹々とした部活です!」と嘘くさいキャッチフレーズが掲載されている。ネットによると、休みの日は水曜のようだ。

 その後は、自分の部屋の中を物色し始めた。手に取ったのは、入学した時にもらった「印室高校の生活」という冊子。生徒会が作ったもので、部活や委員会、校内の設備についての説明が載っている。

 ここに載っているのはバスケ部の詳細だ。部員の人数、過去の実績、そして活動日について……などなど。

 重要なのは、休みの日。うちの高校のバスケ部はそこそこ強豪で、試験勉強の部活停止期間中も学校に許可をもらって練習をしている。これは、公式サイトには載っていない情報だ。

 バスケ部は水曜日だけ休み……試験休みの期間は日曜日も休み……と。

 だが、書いてあることと実際に行われる事が違うのは学校ではよくあることだ。大人が子供を取り締まるのだから当然と言えるだろう。

 よってもう一つ……トゥイッターの部活公式アカウントである。

 こいつを……パソコン側の捨て垢でフォローする。部活の公式アカウントの狙いは、俺が考える限り二つある。

 宣伝による新入生の補充と、部員がバカをやらかさないか監視だ。

 宣伝とは大まかに分けて二つ。練習の風景と試合の結果を投稿する。

 ここが重要だ。何故なら……。


「……やっぱり」


 5月の中間試験勉強期間の日曜日……普通に練習している。冊子には休みと書かれていた日だ。試験だけでなく、大会も近いからだろうか?

 公式サイトには載っていないから、この日の練習が本来なら普通は休みであることは、宣伝対象である中学生にはバレないし「テスト前は休みの日をくれるんだ」と、入学してバスケ部を考えている生徒を安心させることも出来る。

 勿論、過去のデータもほとんどそうなのかを洗う必要があるが……これで来週の日曜日が本当に休みかどうかも把握出来る。

 そのまま、午前中を丸々使って情報を集めた。

[得られた情報]

 ・バスケ部は水曜日が休み。

 ・試験前でも練習はある。

 ・来週の日曜日も練習はある。


【二日目・15日(土)午後】

 午後はどうするか、だが……まぁ、早崎について調べた方が良い。

 と言っても、ストーキング作戦と銘打った作戦ではあるが、本当にストーカーして捕まったり嫌われたりしては意味がない。

 だから、ストーカーにならないギリギリスレスレの線を行く必要がある。

 その上で、だ。彼女のトゥイッターを常に把握する必要がある。だが……トゥイッターはストーカーが多いSNS。レイプだの殺人だの事件も起こっている以上、変なアカウントにいきなりフォローされたらドン引きされるかもしれない。

 よって、さっきのバスケ部のアカウントをフォローしないで覚えておく。そこから経由して、早崎のアカウントを特定する。何せ、部活のアカウントは所属部員の監視も兼ねているから、特定は容易だ。

 そんなわけで、早速アカウントを特定し、過去のトゥイートを眺める。

 監視されている、という自覚があるのか、トゥイート自体は良い子ちゃんのものが多い。


 ミッキー『新作マックフローズン超美味。一回飲んだ方が良い奴だわこれ』

 ミッキー『この前発売のコンビニスイーツがエグいほどクオリティ高くて笑う。レモンパイ美味しい』

 ミッキー『ゲーセンに置いてあるパイの果実ってなんであんな美味しそうなんだろ。そしてなんで取らないようになってんだろ』


 ……甘いものが好きなのかな。見た目はあんなにクールで割とがっしりした体格なのに、意外と可愛いとこある。顔は元々可愛いわけだが。

 あと、ゲーセンは苦手なのかな? まぁ、あれは慣れないと出来ないよね。

 部活側に見られているのを理解しているからか、当たり障りのない情報しかこなかったが……フォロワーの人を見た感じ、友達同士と部活のアカウントしかいないし、本人がフォローしているのもその友達と部活のアカウントと、ケーキ屋やカフェの公式アカウント(どんだけ甘党なんだ)。

 残念ながら、部活の愚痴とかは出なかったが、とりあえず今は得られた情報だけで満足することにした。

[得られた情報]

 ・甘党(ガチ勢)

 ・ゲーセン下手


【三日目・16日(日)午前】

 今日は……情報収集をするか、それとも別の事をするか。

 例えば、勉強。自分は全科目60点取れるほど平均的な成績をしているが、今後に備えてもし早崎に勉強を教えるような機会があった時、それなりに出来ないと意味がない。

 昨日、せっかく色々と情報を仕入れたのだ。それらを活かすという手もある。例えば……トゥイッターから彼女が今、はまっているスイーツを食べてみて趣向を理解するか、それともゲーセンでスキルを上げるか……。

 とりあえず、トゥイッターをチェックすることにした。


 ミッキー『試験近いのに今日も練習だわー。理科これ以上、点落としたら補習なの笑えないんだけど』


 そのトゥイート的に……心配なのはテストか。なら、自分が教えられる機会があるかもしれない……いや、作る事にして、午前中は勉強することにした。

 とりあえず、理科系科目の化学と生物を徹底的にやろう。

[得られた情報]

 ・理科が死にかけてる。


【三日目・16(日)午後】

 午後。午前中はそこそこ捗った。まぁ、元々平均点取れる学力があるので、復習をしっかりやればもっと取れるのは当然だ。

 さて、午後の時間は……どうするか。まだ勉強するか、それとも情報を集めるか……或いは、外に出て趣味を理解するか。

 午前中、割と理科系科目の手応えはあったし……午後は、趣味を少しでも理解しようか。

 そう決めて、甘いものを食べに行ってみることにした。

 マックフローズンか、レモンパイか、パイの実か……マックフローズンにしよう。一番、安そうだから。

 とりあえず飲んでみたマックフローズン……甘いだけでなくさっぱりしたコクが強く、思わず依存したくなる美味しさだった……。

 ……さて、その日の夜。テレビを見ていると、目に入ったのは「若手女優の好みの異性」という特集だった。

 こんなのを真に受ける男はいないのだろうが……でも、少なくとも自分よりは女性について詳しい人達だ。情報として捉えるのが大事である。


『私は〜……そうですね。話を聞いてくれる男性が良いです。自分の話ばかりになる人はちょっと……』

『私は、ファッションに気を使う人が良いですね。高校の時に付き合ってた人が、パーカーの上にパーカー着てくる人で。フードが二つ、首の後ろから漏れててドードーかってツッコミ入れたくなっちゃいました』

『私はアレですね。体力ある人。デートの途中で歩くの面倒になってカフェで休みたがるのは困りますよね』


 まぁ好き勝手なことを言う人達だ……と、切り捨てるのは簡単だが、経験談から来ているからか、一理ある。

 これは、目標にしよう。人の話を聞く……とはつまり、面倒見の良さ、とかだろうか? 相談したいことがあれば乗り、答えられることがあれば答える、頼り甲斐ある男。

 ファッションも、それはそうだろう。人は見た目じゃないにも限度があるのは分かるし、普段学生服を着崩していない自分だからこそ、私服は良いものにしておいた方が良い。

 それと、体力。ただでさえ向こうは運動部。ゴリゴリのバスケ部なのだから、バスケが出来るようになるとかではなく、体を動かしたくなった時に付き合えないといけない。


「……よし」


 それは、指標だ。他人に好かれるには、好かれる努力をしないと。

 器とオシャレと体力……これらを、ある程度まで上げ、隣に立っても恥ずかしくない男になる……そう目標を決めた。

[得られた情報]

 ・マックフローズンほんとに美味しい。


【四日目・17日(月)午前】

 今日から学校……だが、明日は休み。海の日……だっただろうか?

 さて……だからこそ定めた今週の作戦だが、もう決めた。

 水曜日は、部活が休みの日だ。つまり、バスケ部はこの日に勉強会を開くのだろうが、おそらくガチでやる。

 そのため、友達と一緒……などではなく、ちゃんと個別にする事だろう。

 その上、彼女がお気に入りのマックフローズンがある。つまり、勉強する場所は一つ……早崎家の最寄駅のマックロナルドだ。

 場所さえ分かれば、後はその日に備えるだけ……ではない。遠くから見ていれば良いのではない。仲良くなるには、まず会話をするしかないのだ。

 そして、それは当然、仮にマックにいた時、見つかったとしてもダメだ。仲良くないクラスメートとたまたま勉強するお店が被ったって話しかけたりはしない。

 つまり……今日、何かしら自分の存在を印象に残す必要がある。

 それをするのはまだ決まっていないが……まぁ、3パターンほど考えてある。全部はダメだ。急に絡み始めたら、謎絡みして来たと思われる。

 ・体育。今日は雨だから男女共に室内。

 ・生物。移動教室の科目は席替えがないので、席は出席番号順になり、早崎と会話出来る。

 ・昼休み。食堂でバスケ部員が集まるかもしれない席を先読みし、座っておく。

 の三点。……生物の時間だろう。これが一番、確実。

 さて、しばらく授業を受けた後、時早くして生物の時間。運が良いことに、今日は小テストの日だった。

 四人で囲む形の、蛇口付きの机の前。俺の正面に座っているのは早崎だ。


「試験範囲は前回で終わったからな。今日の小テストが成績に反映されることもないし、教科書を見ながら解いても良い。分からなきゃ、先生に聞きに来ても良いし、同じ班員の中でなら相談しても良い。……だから、絶対に満点取れよ?」


 それはつまり、楽をしろ、という指示ではない。そのプリントの問題から若干、変えて選出されるわけだ。

 これは重要になる。問題の傾向を把握出来るから。そして……生物が苦手な早崎の中に、印象を残す良い機会だ。

 問題は、どうやるか、である。まず普通に話しかければ「仲良くない癖に急に声かけてきた。キモッ」となる。

 それは、仮に向こうが「この問題分かんない……」と悩んでいても同じことだ。

 教えようか? なんて声をかけてみても、結局は同じ事。何せ、まず向こうが頼るのは隣の女子だから。いや、何なら他の席の女子の元に行ってもおかしくない。

 と、いうわけで、作戦を考える。

 ・空気なんて気にしない。自分から声を掛ける。

 ・機を待つ。具体的には、こちらに声をかけてくれるまで。

 ・ペンケースを飛ばして機会を作る。

 ……さて、どうするか? やはり……確実性があるのはペンケース作戦だ。消しゴムでプリントを消しながら、腕をペンケースにぶつけ、中身を早崎の方へ飛ばす。

 ごめん、と謝りながらペンを回収するついでに、答案を見る。そして、間違っている所を見つけ、軽く教える……これがベストだ。

 あとは、タイミングである。……まぁ、悩み始めたらで良いだろう。

 しれっとペンケースを、消しゴムを使っている際、ぶつけてもおかしくないポジションにセット。

 ……よし、あとは自分も問題を解きながら、機を見計らう。

 プリントが配られたので、問題を解き始めた。

 しばらく教科書を眺めながらペンを走らせていると、正面から「ん〜……?」と悩んでいるような声が聞こえてくる。

 今行くか? ……いや、やめておこう。もう少し様子を見ないと……。


「ごめん、絵里」

「何?」

「ここ、教えて欲しいんだけど……」


 正解だ。すぐに隣に頼り始めた。もし今のタイミングで飛ばしていたら、最悪質問の邪魔になっていたかもしれない。

 またしばらくタイミングを図る……が、困った。一度聞けば、何度でも聞きやすくなってしまうわけで。


「ここは?」

「細胞」

「その次は?」

「細胞膜」

「で、これは?」

「細胞小器官……ていうか、全部聞かないでよ」

「ごめんって。あともう37問教えて」

「それほぼ全部じゃん!」

「あ、バレた」


 ……やはりかわいい。意外と甘えん坊だ。甘やかせば、案外付け入る隙はあるのかもしれない。


「聞くならせめて自分で調べてからにしてよ」

「えー……だって分からないんだもん」

「じゃあ……代わりに、飲み物奢って?」

「えっ、そうなる?」


 ……ここだ。そう判断し、作戦を決行した。消しゴムで消すふりをして、ペンケースを弾いてみせた。


「ちょっ……!?」

「あ、やべっ。ごめん」

「いや、平気……」


 ……少し、好感度下がっただろうか? 教えてもらう直前だったから仕方ないかもしれないが、とりあえず作戦通り進める。

 テスト用紙を見て声をかけてみた。


「……そこの問題、多分、真核生物」

「え?」

「真核細胞を持つ生物でしょ?」

「あ……うん。分かんの?」


 ……ここから先は、言葉を慎重に選ばないといけない。ただでさえ、自然な形で介入したとはいえ、今は「何で急に答え教えてきたの?」って感じだ。

 慎重に、言い訳臭くならないように……。

 伝えても良い情報は次の四つ。

 ・たまたま、視界に入ったから。

 ・ごめん、急に口を挟んで。

 ・悩んでたみたいだったし。

 ・俺、生物得意だから。

 これらの中から……二つほど選んだ上で、正しい順番で伝えないと。

 そう決めた上で、慎重に言葉を選んだ。


「ごめん、急に口を挟んで」

「いや、別に良いけど」


 まずは謝罪……の上で、次の一言。なるべく高圧的にならないように……且つ自慢にならないように。


「たまたま、目に入ったから……」

「あそう。教えてくれてありがとう」

「っ」


 や、やっぱり優しい……と、胸の奥に染みる。スポーツやってる人、と言うのは基本的に礼儀を叩き込まれる。

 それでも礼儀が身につく人間、身につかない人間がいるが、何とも不思議な事にスポーツに対して誠実に向き合っている人間ほど、その礼儀も身についているのだ。

 お礼を言われたので、さらに何か言った方が良いと思い、声を掛けようとしたときだ。

 その前に、早崎の隣の席の女子が口を挟んだ。


「ちょっと、西村。あんまりこの子を甘やかさないでくれない?」

「えっ」

「それで点取れなくて補習になったら大会で困るの先輩達だから」

「ごめん……」

「もー、何で余計なこと言うの? 楽出来たのに」

「良いからまず点を取るための努力をして」


 ……どうやら、ここまでのようだ。そこから先、教えることは隣の女がいる限り出来ないから。

 とりあえず、今日の所はこの辺にして、今は自分の課題に集中することにした。

[得られた情報]

 ・割と勉強に関しては不真面目。

 ・優しいし礼儀正しい。

 ・かわいい。


【四日目・17日(月)放課後・夜】

 さて、放課後。今日はどうしようか? 彼女を落とすためにやらなければならないことは山程ある。

 放課後の時間を使って行動できる事は大きく分けて二つになるが……次の中から取捨選択するしかない。

 ・運動(体力を上げる)

 ・オシャレの研究(オシャレを上げる)

 ・見識を広げる(器を広げる)

 ・勉強

 ・情報収集

 ……運動と勉強にしよう。彼女に話を合わせるために運動、そして明日、上手くいけば一緒に勉強となるかもしれないし、それに備えて勉強。理科で良いだろう。


【五日目・18日(火)】

 今日は海の日。つまり休みの日。バスケ部は丸一日練習となるだろう。

 明日、水曜日はバスケ部は休みなので、おそらく勉強をする。

 そのため、今日のうちに明日の準備をした方が良い。午前中、どうしようか?

 ……午前、午後、そして夜に何をするか……決めた。

 午前に運動し、午後に数学……そして、夜は見識を広げることにした。


【六日目・19日(水)午後】

 放課後、今日はどうしようか? そんなの考えるまでもない。勉強だ。マックロナルドでマックフローズンを飲みながら。

 場所は大体、わかっている。問題は、自転車登校の早崎よりも早くお店に行けるか、だが……急ぐしかない。

 けど、走ってはダメだ。ただでさえ自宅の最寄駅でもないマックロナルドで偶然を装って出会わないといけないのだ。

 その偶然の出会いのために焦っているところを見られたら怪しまれる。

 あくまでいつも通り支度を終え、いつも通りの足取りで駅に向かわなければ。幸い、自分は基本的にいつも直帰する。

 つまり、普通に帰ればそれが最速になる。

 彼女が三つ隣の駅が最寄りなのは分かっているため、その駅に移動した。

 そのまま、外に出てマックロナルドに入る。


「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」


 店員さんに聞かれる。……さて、確か早崎が好きな飲み物は……マックフローズンだ。……と、思ったのだが、味がいくつかある。

 まぁ……とりあえず自分の好きなもので良いだろう。


「マックフローズンの梅で」

「畏まりました」


 注文を終えて、トレーを持って席に向かう。

 ・一人席

 ・二人席

 ・四人席

 どれにしようか? 一緒に勉強するには対面に座れる四人席か二人席……なのだが、二人席はともかく四人席は不自然だ。

 つまり、二人席か一人席……一人席にしよう。カウンターのようになっていて、横に席がズラッと並んでいる。

 しばらくそこでマックフローズンを席の端に置いて勉強を始めた。

 そんな時だ。


「西村」

「? ……あ」


 早崎がいた。まさに予想通り、ここのマックフローズンを飲みながら勉強するつもりなのだろう。

 そして……見かけて声をかけてきた以上、目的は見て取れる。


「何でここにいんの?」

「勉強だけど……」

「へー、意外と真面目。家この辺なの?」


 さて、ここも適切に答えを言わなければ。嘘は言えないから。その上で、なんて答えるかを考える。

 ・そうなんだよね。家じゃ勉強出来ないから。

 ・そうでもないけど、家の近くにマックフローズン飲める場所ないから。

 ・君のことを待ってた。

 ……まぁ、二つ目だろう。一番上は割と嘘だし、すぐにバレる。その点、俺の最寄り駅周辺にマックはない。


「そうでもないけど、家の近くにマックフローズン飲める場所ないから」

「へー……え、好きなの?」

「うん」

「良い趣味してんじゃん! ……あ、そういや西村って勉強得意だったよね?」

「まぁ、普通?」

「じゃあ、ちょっと教えて。隣にカバン置いとくから見てて」


 そう言って、早崎はカバンを置いてレジに歩いて行った。

 ……計画通り!!

 まさか、ここまで上手くいくとは。残念ながら、世の中に運命、偶然、赤い糸なんてものはないのだ。あるのは確率論のみ。

 つまり……その確率を0.1%でも上げることが、恋愛で大事なことなのだ……!

 ニヤリとほくそ笑んで、早崎が戻って来るまで待機。すると、すぐに声をかけられた。


「お待たせ。ちなみにそれ何味?」

「梅」

「うわー、私梅はちょっと無理なんだよね……レモンとか美味しいよ?」


 しまった、これじゃなかったか。情報収集が足りなかったかもしれないが……まぁ、気にしても仕方ない。


「そうなんだ。次は試してみる」

「うん。試してみて」


 さて、では早速、勉強を開始した。

 生物と数学を勉強した為、そこそこわかりやすく教えられただろう。

 しばらく勉強を終えたあと、軽く伸びをする。今日はこんなもので十分だろう。


「うーん……! 久々に勉強した〜……!」


 言いながら伸びをする早崎。ただでさえ夏服でブラ透けが起こりやすい季節の中、立派な胸が強調され、少し目のやり場に困る。今日は水色か。


「サンキュー、西村ー。今日はマジ助かった」

「気にしないで。たまたま居合わせただけだし」

「なんか悪かったねー。邪魔だったでしょ?」

「そんな事ないよ」


 当たり障りのない返事をしながらも……だ。何かもう一つ話しておきたい。

 何を言おうかな……と、考えてみる。

 ・また分からないとこあったら言って。

 ・明日も一緒に勉強する?

 ・ポテト食べてから帰るけど摘む?

 ・やめておこう。

 ……ポテトにするか、なんか普通に食べたいし、と決めた。


「俺はポテト食べてから帰るけど摘む?」

「え、良いの!?」

「どうぞ」

「っしゃー!」


 ガッツポーズである。たかだかポテトをあげるだけですごく喜ばれてしまった。見た目通り食べるのが好きなのだろうか? 正直、アホほど可愛い。


「てか、私もなんか食べて帰ろっかな。ナゲットとか」

「マックのナゲットやたらと美味いよね」

「あ、分かるわー」

「じゃあ荷物みてて。俺買ってくる」

「サンキュー」


 そのまま二人で談笑した。

 しかし、本当にマックで勉強していれば会えるとは。今日から放課後の勉強は可能な限りマックでやろう。

[得られた情報]

 ・甘いものが好きだけど、そもそも食べることが好き。


【六日目・19日(水)夜】

 さて、夜中はあまり行動できない。運動なんてもっての他だし、夜中にわざわざ最寄りじゃない駅にあるマックまで行って勉強もしない。

 どうしようか?

 器を広げよう。勉強に付き合ってみて思ったが、あまり覚えが悪くてもイライラしてはいけない。もう少し大らかになれるように……今日は、妹に構ってやる事にした。

 部屋を出て、隣の部屋の扉を開けた。


「琴香ー。今暇……何してんのお前?」

「ノックしろクソ兄貴!」

「ごふっ!」


 中で上半身裸のままバストアップ体操をしていた妹に投げられた椅子が顔面に直撃したけど怒らなかった。


【七日目・20日(木)放課後】

 昨日はうまくいったが……やはり、所詮は他人事。その上、席も今は遠い。

 その為、翌日になって何か話をするようなことはなかった。

 ただ一つ、変わった事がある。それは……。


「あ、西村」

「? あ……早崎」

「またね」


 すれ違った時、挨拶だけでもするようになったことだ。

 やはり……割と嬉しい。今の所は、だが利用されるだけされてポイじゃないあたり、一目惚れした相手としては間違っていなかったとも言える。

 ……さて、今日は何をしようか?

 運動する事にした。昨日、たくさん食べてしまったし。


【七日目・20日(木)夜】

 さて、今夜はどうしようか?

 ……情報収集が良いだろう。彼女のことは、まだ食と部活のことしかわかっていない。

 そんなわけで、トゥイッターを開いた。もう部活は終わっている時間だし、最新のトゥイートから見れるかもしれない。


 ミッキー『部活終わったー。そして試験も終わりそー……』


 昨日勉強したばかり……と言うツッコミはスルー。一日頑張ったって、勉強なんて何とかなるものではない。

 続いて、過去のトゥイートを辿っていく。昨日のトゥイートだ。


 ミッキー『勉強頑張ったー。いつもより捗った。誰か褒めろ』


 自分とのやり取りのことだ。俺に関する情報が一切出ていないが……まぁ、まだ友達と呼べるほどの仲でも無いし当然だ。

 それは抜きにしても、バスケ部コミュニティがある。トゥイッターで迂闊なことを発信すればどうなるか分かったものではないから。

 さて、またしばらくトゥイートを遡っている時だ。待てよ? と気がつく。トゥイッターで趣味とかを知るなら、トゥイートより「いいね」の方が良いんじゃないだろうか?

 見てみようか? いや、素直にトゥイートを見てみるか……見てみよう。

 そう決めて覗いたが……。


「……うわ」


 バスケ関係のばかりだった。まぁそれはそうだろう。よくよく考えれば、バスケ部のアカウントに見張られているのだから、その辺をいいねしないわけにはいかないのだろう。

 ……いや、それともそれほどバスケが好きだったりするのだろうか?

 にしても、得られた情報は少なかった。

[得られた情報]

 ・マジでバスケ好きなのかもしれない。


【八日目・21日(金)午前】

 体育の授業がある日だが、今日は雨だ。つまり、外でサッカーをやる予定だった女子が室内に来るわけだ。

 最近、運動をしたりしていたし、まぁテクニックはないけど上げた体力を活かせばそこそこ活躍出来るかもしれない。

 ……いや、世の中そんなに甘くない。

 俺にはそもそも友達がいないから、チーム決めで仲良い四人組の最後の一人として放り込まれるだけだと思うし、仲良い四人組は自分達でしかボールを回さない。

 それに、女子もそんな熱心に男子の体育を見るわけでもない。たまにチラ見するくらいだ。

 従って、一先ずボンヤリとバスケをした。適当にパスに徹する幻の5人目になっておいた。


【八日目・21日(金)放課後・夜】

 今日はどうしようか?

 勉強もしたい所だが……でも、あんまり高頻度でマックに顔を出しているとストーカーだと思われそうだ。

 従って……今日はオシャレを研究することにした。まずは、本屋でファッション雑誌を購入し、家で読んでみることにした。

 で、夜は試験近いし、勉強する事にした。


【九日目・22日(土)午前】

 今日は学校が休み。そのため、やれることもいつもより多い。今日は自分の何をあげようか?

 午前中からマックで勉強はちょっと厳しい。今日明日も練習はあるのだろうし、会える可能性は低い。

 つまり、それまでに自分を磨いた方が良い。


「……運動するか」


 せっかくの良い天気だから、外に出ないと勿体ないない。


【九日目・22日(土)午後】

 昼は何するか……まぁ今日一日、運動すると夜は何もする気がなくなりそうだし、今日はおとなしくしていよう。

 情報収集をしたい所だが、昨日はあまり良い情報を得られなかったし……器を広げる事にした。良い奴にならなくては。

 その為には……妹に構ってやるのが一番だ。


「おーい、琴香。遊んであげるけど、何処か行く?」

「は? あんたが遊んで欲しいんでしょ。このシスコンバカ」


 相変わらず可愛くない態度だ。クリアな瞳、黒のショートヘア……顔が良くどちらかというと男っぽいため、中学では王子と呼ばれているらしい。その上、剣道部の主将で棒一本あれば誰よりも強い。……反抗期で、兄にその様子はかけらも見せないが。

 でも、だからこそ何を言われたって許してやれる程度には器が大きくなるはずだ。


「あ、ああ……たまには遊んで欲しいかな」

「嫌に決まってんじゃん。気持ち悪い」

「……」


 大丈夫、キレるな。所詮は妹の戯言。反抗期の妹を相手にする時に一番やってはいけないのは、同じレベルになることである。


「そもそもなんで私があんたと遊ばないといけないの? そんなに悪いけど私暇じゃないから。試験前で学校休みなんだから勉強するに決まってるでしょ。仮に行くにしてもあんたの奢りじゃないと行かないし。ま、基本的には行かないけど。行って欲しいってどうしても言うなら行ってあげても良いけどね」


 サラサラと一度も噛まずにいいながら、財布とスマホと家の鍵を準備し始める。素直な妹だ。


「じゃあいいや」

「誰も行かないなんて言ってないでしょ!」

「言ってたよ。めっちゃ」

「と、とにかく行ってあげるから! 早く準備しろクソ兄貴!」


 とのことで、妹と半日過ごした。


【九日目・22日(土)夜】

 夜。この時間はどうするか? 運動はダメ。疲れちゃう。器もちょっと広げられない。疲れた。

 情報か家で勉強か、オシャレか……まぁ、テスト前だし順当に勉強でもしておく事にした。


【十日目・23日(日)午前】

 今日も学校休み。午後から雨が降るらしい。

 つまり、外に出るなら午前中が良いだろう。今日はどうやって過ごそうか?

 ……うん、運動しよう。というか、最近は身体を動かすのが楽しくなってきた。

 学校の近くまで走っていると、目に入ったのはバスケのコートだ。近くの公園にあるもので、誰も使っていない。そして忘れ物か、コートの真ん中にボールが落ちている。


「……」


 そういえば、この前の体育ではそこそこバスケをすることが出来た。パスしかていないとはいえ、影の薄さを利用してマークを外し、ボールをもらってパスをするだけ。

 なんてどっかの幻の六人目、みたいなことをしていたわけだが……人間というのは、少し活躍した、と思ってしまうと、もっとしたいと思ってしまうようだ。

 どうせ暇だし、少しボールを持ってみた。トン、トン、トン、と規則正しいリズムでボールを突きながらゴールを見上げる。


「シュートっ」


 だが、カゴに跳ねられる。ダメだ、シュートは向かないのかもしれない。いや、まぁ別にバスケに一生懸命になるつもりはないわけだが。

 まぁ、体育でまた雨の日があった時、もっと良い姿を見せられるように……というのと、ワンチャンこの辺の道を早崎が通るかも……なんて淡い期待を抱いての事だ。


「スリーポイントっ」


 本当はドリブルとかしたいのだが……残念ながら、ドリブルを一人でしたって楽しくない。

 そのため、必然的にシュート練習ばかりになるのだが……やっぱ一人で遊んでも楽しくなかった。


「飽きてきたな……」


 呟きながら、しばらくシュートを放り続けた。


【十日目・23日(日)午後】

 ふーむ、マズイ……と、腕を組んで唸る。雨に降られ、帰れなくなってしまった。雨が降ると分かっていてこのザマ……不覚だ。

 さて、どうしようか?

 ・財布がないのに、このままコンビニで待機。

 ・いや何も買わないのにここにいるのは悪いし、根性で帰宅。

 まぁこの二択だが……こういう「分かってたことに対して対策も打たずに失敗した時」においては、自分が正しいと思う行動をした方が良いだろう。

 そう思って、根性を見せようとコンビニを出た時だ。


「あれ、西村?」

「あ……早崎……」

「何してんの?」


 まさかのエンカウントである。帰ろうとした直後にこれだ。


「ランニングしてたら降られたから避難しただけ。そっちは?」

「これから部活だから、飲み物買いに」


 しまった、午前中は休みで午後から練習だったか、と少し冷や汗。いや……どちらにせよこの様子だと午前中に出かけることはなかったと思うので、気にしても仕方ない。

 せっかく会えたし、少し話そうか? ……いや、向こうはこれから部活だ。そんな暇はない。


「じゃ、俺はこれで」

「んー……や、待った。傘は?」

「ない。けどまぁ何とかなるでしょ」

「いや、ここコンビニなんだけど?」

「財布忘れた」

「はぁ!? バカなの?」


 あ、少し嫌われたかな……と、不安になった直後だ。

 コンビニの中に入った早崎は、店内のビニール傘を手に取った。


「ま、この前の勉強のお礼。傘、買ってあげるからそれで帰りな?」

「え、いやいいよ」

「良くないから。テスト前なのに風邪引いたらどうすんの?」


 確かに、試験は明後日から。逆に明日は最後の授業だ。まぁ六時間中二時間は体育で潰れるわけだが。

 だが……どう答えようか?

 ・やはりやめておく。

 ・後日、お金を返す。

 ・奢ってもらう。

 ……まぁ、お金を返すことにしよう。ちょうど明日なのだし、忘れることはないから。


「じゃあ、明日返すから。お金」

「ん、それで良し。素直な子は好きだぞー?」


 あ、ヤバい。好き。男の子にそんな簡単に好きとか言っちゃダメだ。元々好きなのに、尚更好きになっちゃう。

 ぽーっと頬を赤らめている間に、買って来てくれた早崎は自分に差し出してくれた。


「はい、傘」

「ありがと……」

「じゃ、私、練習だから。じゃあねっ」


 軽く手を振って、自分の傘を刺して帰っていった。このもらった傘は家宝にすることにした。

 家に帰ってからは、オシャレについて少し調べてみた。


【十日目・23日(日)夜】

 今日はどうするか……まぁ、勉強でもしよう。というか、勉強も全科目一回はやっておかないと。

 そんなわけで、社会を勉強した。


【十一日目・24日(月)午前】

 朝のうちにお金は返さないといけない。当然ながら、今日は財布を持ってきたが……ついでにお礼もしたいものだ。

 さて、お礼するには、やはり物が良いのだろうが……どれが正解か?

 ・飲み物。

 ・お昼をご馳走。

 ・やめておく。

 飲み物にした。朝練に行って帰ってきたとき、飲み物がなくなっているかもしれないから。

 とりあえず、コンビニでスポドリを購入してから、教室に到着した。

 しばらく待機していると、早崎が教室に入ってきた。


「あー……朝練だっる……」

「まぁ、大会近いししゃあないっしょ」

「あんたはレギュラーだからそう言えるだけだから」


 同じクラスのバスケ部の女子と話しながら入ってくる。教室の中で各々の席に着くため、一度離れる。タイミングはここしかない。


「早崎」

「? 何?」

「昨日の傘代……と、あとお礼」


 言いながら、机の上に封筒とスポドリを置いた。


「おお〜……サンキュー」

「それはこっちのセリフだよ。昨日はありがとう」

「ん……それもそっか。じゃあ……どういたまして?」

「いたしまして、ね」

「どういたしまして!」


 なんだろう……この高身長、抜群のスタイルから放たれる無邪気さ……可愛過ぎて破裂しちゃう。


「じゃあ……俺はこれで」

「あ、待った!」

「? 何?」

「今日……18時過ぎくらい暇?」

「暇だけど……なんで?」


 もしかして、何か用事だろうか?


「勉強、また付き合ってくれない?」

「えっ」

「明日の理科、ヤバいから」


 まぁ、断る理由もない。少し遅い時間になってしまうが、俺もガキじゃないし平気だ。


「わかった。でも疲れてないの?」

「大丈夫。流石に明日以降は部活休みだから」


 なるほど。試験も真っ只中になると練習は休みになるのか、と理解する。まぁ、学生の本文は勉強だし、当然と言えば当然だ。


「じゃあ、放課後ね」

「うん」


 二度目のオーダーだ。今度は前より精度高く教えてあげなければならないが。

 正直、明日の科目を今教えて意味があるのか、という所だが……まぁ、今の自分なら行けるだろう。

 いや、何なら、だ……体育の授業中、抜け出して早崎の理科系科目のノートを盗み見に行くか? それで、何処が弱点か改めて把握する。今の身体能力ならいけそうだが……。

 ・行く。

 ・行かない。

 ……いや、やめておこう。何事も堅実が一番だ。


【十一日目・24日(月)放課後】

 18時半に部活が終わる。逆にいえば、それまで時間が空いてしまう。その間、どうしようか? 学校内で出来ることをやるしかないが。

そんなわけで、今日は何をして過ごすか……だが、ふーむ……悩む。どれも学校でやらないといけないし、普段とは違った効果を得られるだろう。それがプラスであれ、マイナスであれ。

 その中でも一番、プラスに働きそうな効果は……。


「……勉強で良いか」


 勉強する事にした。

 とりあえず、空き教室で残ってペンを動かしていると、教室の前を通りかかった理科の先生に声を掛けられた。


「あれ、お前勉強?」

「あ、はい」

「何で教室? 図書室でやれよ」

「飲み物飲みながらできるので」

「なるほど。じゃ、頑張ってる生徒のためだ。何か教えて欲しい問題はあるか?」

「テストの?」

「アホ。今やっててわかんないとこだよ」


 これは……チャンスだ。是非とも教えて欲しいことがある。


「どうやったら分かりやすく教えられるか、教えてください」

「それは全教師が悩んでる事なんだけどな……え、誰かに教えたいの?」

「学校でわざわざ残って勉強してるの、実はそのためだったりするんですよね」

「あー……なるほどな」


 そう言いながら、先生は俺の机の横に来てくれる。


「じゃあ、お前が大事だと思う所とか、テストに出そうだと思う所を挙げてみ?」

「え? そ、それはまぁここと……あとこの基礎、応用はここと……で、この辺は授業中話してたとこですし……」

「そこを教えてやれ。自分がどう覚えたか、を基準にして」


 言われて顔を上げる。


「そんなんで良いんですか?」

「学校の先生の教え方、分かりやすい人と分かりにくい人がいるだろ?」

「あ、はい」

「そりゃそうなんだよ。先生は一人の生徒、一点集中で教えられるわけじゃない。30人もいる教室の中で、最大公約数になり得る教え方をするしかないからな」


 なるほど、と理解する。そう言われると何となく分かる。学生の間では「あの教師教えんの下手」とか偉そうに言っているが、単純に合わないだけなのだろう。


「けど、お前にはお前なりに覚え方と言うものが頭の中に残ってんだろ?」

「まぁ、はい」

「なら、小難しく『教え方』なんて考えないで、自分なりの覚え方をそのまま伝授してやれ。それが、お前とその教える相手にとってベストになる」


 少し、目から鱗だった。当たり前だが、先生は色々と考えて悩んで自分なりに研究して、それを授業で発揮してくれているようだ。

 なんか……嫌いな先生の授業も少しは起きてよう、と思えるようになった。


「ありがとうございます、先生」

「おう。でもお前、自分の勉強もちゃんとしろよ?」

「はい」


 ちょっと良い話が聞けた気がした。


【十一日目・24日(月)夜】

 さて、18時半。俺が校門前で待機していると、早崎が戻ってきた。


「お待たせー」

「あ、来た来……え?」

「どうもー、西村くんー」

「こんちはー。いや、時間的にこんばんは?」


 ……バレー部の女子がたくさんきていた。


「……なんで?」

「試験勉強っしょ?」

「アタシらも混ぜて」

「てことで……良い?」


 ……二人じゃないのか……と、思いはするが……返事をしないと。

 ・良い

 ・悪い

 ……悪い、なんて答えられるはずがない。


「良いよ」

「やったね」


 そんなわけで、合計四人で勉強した。いづらかったけど、早崎が楽しそうにしていたのでよかった。


【十二日目・25日(火)放課後】

 今日はどうしようか……というのを考える前に、今日くらいは自分から早崎に声をかけてみても良いだろう。何せ、一応勉強を教えた身なのだから。

 そんなわけで、聞いてみた。


「早崎、試験どうだった?」

「超出来た! 自己採点して45点は固い!」


 それは出来たのだろうか? いや、彼女的には出来たのだろう。

 とりあえず何か言ってやらねば。

 ・すごいじゃん。おめでとう。

 ・次は50点だね。

 ・もう少し頑張ろうよ……。

 スポーツ選手だし、次を言うとやる気を出すかもしれない。


「じゃ、次は50点だね」

「えっ? あ、も、もちろん! 任せて」


 あ、そういう感じじゃなかった……というか、なるべくなら勉強はしたくないらしい。

 でも、それなら良かった。……もし、良かったら、また一緒に勉強……なんて、変な流れだろうか?

 トライしてみるか、やめておくか……いや、いってみよう!


「今日もどっかで勉強する?」

「あーごめん。今日はバスケ部のみんなとする」


 ダメらしい。まぁ……仕方ないだろう。


「でも、明日なら良いよ。……ていうか、数学教えて?」

「……!」


 勇気出してよかった……!


「うん。じゃあ、明日で」

「よろしくー」


 と、いうわけで、明日に備えて今日の放課後は別のことに時間を使おう。

 ……勉強は夜やるとして……少しオシャレの研究でもしよう。明日に備えて。


【十二日目・25日(火)夜】

 この時間は、勉強でもする事にした。ていうか、国語系の科目を勉強しておかないと普通にまずい気がする。俺まで補習になったら最悪だし……いや、補習になればある意味では早崎と夏休み中に顔を合わせる機会ができる……?

……母親に殺されるしやめておこう。


【十三日目・26日(水)放課後】

 今日は約束の日。従って、俺は帰りの準備をする。その俺の元に、早崎が声を掛けてくる。


「よし、いこっか!」

「あ、うん」


 今日は一緒に勉強である。今度こそ二人きり。すると、早崎がニコニコしながら聞いてきた。


「何処で勉強する?」

「マック?」

「……また?」


 また? って……あ、しまった。そっか、こういうのは男が考えておくものか。情報収集不足だったかもしれない。


「ご、ごめん……」

「いや、いいけど。マックフローズン大好きだし!」


 気遣ってくれてる……やはり良い子だ。

 さて、そんなわけで、二人でマックに行き、早速勉強を開始した。

 しばらく早崎はペンを走らせ、それを俺は横から見守りながら口を挟んでいた。

 一時間ほど経過し、休憩。


「ふぅ……疲れたー」


 疲れた、か。そろそろ何か注文しないとお店的にも困るだろう。

 ここは……男として。

 ・奢る

 ・奢らない

 出そう。


「何か食べる? 頑張ってたし、俺出すよ」

「ホントに!? ……いや、流石に私も出すから。お世話になってる身だし……」

「大丈夫。教えるからには良い成績をとってほしいから、少しでもやる気になってもらう為の投資ってことで」


 自分でも何言ってるかわからなかったが、まぁ別に正直に言うと彼女の点数はどうでも良い。そりゃ追試にならないでね、とは思うけども。

 俺はただ、二人で勉強していられればそれで良いと思っている感じだから。


「じゃあ……いえーい、ラッキー。でも、今度お礼させてね」

「いや、いいよ。部活で忙しいでしょ?」

「ダメ! お世話になりっぱなしだから」


 それはこっちのセリフだ。……俺の方こそ、早崎と一緒にいられっぱなしで嬉しい限りなのだから。

 ……そういう意味だと、早崎がお礼したいと思うのなら、俺ももらった方が良いのかもしれない。


「じゃあ……今度ね。夏休み中」

「あ……そういえば、絵里から聞いたけど、西村この前……雨に降られた日、午前中にバスケやってたんしょ?」

「え? あ、ああ……うん」


 バスケ部員に見られていたようだ。それはかなり好都合かもしれない。


「もしかして、バスケ好きなん?」


 どうしよう、それは別にそうでもない。なんて答えるか? ……嘘は良くないけど、馬鹿正直に答えることもない。


「いや、月曜が最後の体育だったから、ちょっとだけ活躍してみたかっただけ。……もっと言うと、偶々ボールが転がってるの見えたから」

「でも、楽しいっしょ?」

「うん……まぁね」


 いいえ、なんて例え楽しいと感じなくても言えない。相手は少なくともバスケが好きなのだから。


「よし、決めた!」

「? 何が?」

「私がたまにバスケを教えてあげよう!」


 何でそうなる、と冷や汗が流れるのを必死で止めた。でも何でそうなるのだろうか?


「感謝してよ? インターハイに出られるような強豪校のバスケ部の、二年生エースに教えてもらえるんだから」


 いや、価値観がわからない。仮に奇跡の世代にバスケを教えてもらえるとなっても、自分はそこまで興味を抱かない……が、早崎本人に教えてもらえるのなら、興味は出る。


「……良いの? 俺、別にバスケ部に入りたいわけでもないし、体育のバスケもう終わったけど」

「あ……そっか。でも……アタシ、バスケしか出来ないから……他にしてあげられることなんてないよ?」

「……」


 さて、どうしようか……いや、そんなの決まっている。何にしても、デートの機会ということになる。


「分かった。じゃあ……よろしく」

「はい、決まり☆」

「早崎が暇な時で良いからね」

「分かってる。……て言っても夏休みになっちゃうし……連絡先、交換しよ?」

「うん」


 冷静に返したが……内心は「イィィィィヤッホオオォォォォウッッ!!」と飛び上がりたいまであった。マジか、好きな子の連絡先を、こちらから聞くまでもなくもらえるとは……。

 QRコードから交換し、思いっきり心のガッツポーズ200連打をぶちかます。これで……連絡が取れるようになった。


「じゃ、そろそろ再開しよっか」

「うん」


 そのまま勉強を再開した。


【十三日目・26日(水)夜】

 さて、今夜はどうしようか? 今夜から、いつでも早崎に連絡出来るようになったのは最高だ。早速してみようか?

 ……今日もらったばかりだと言うのにキモくないだろうか? いや、今日もらったばかりだからこそだ。メッセージを送ってみよう。

 内容は……どれにしようか?

 ・今、何してる?

 ・夏休み、いつバスケする?

 ・明日の試験でわからないとこある?

 ……分からないとこを聞くのが良いだろう。まずは挨拶から入力して……。


 西村『こんばんは』

 西村『明日の試験でわからないとこある?』


 送ってからしばらく、既読がついた。


 ミッキー『大丈夫だよ』

 ミッキー『あ、嘘。この問題教えて』


 早崎の勉強が満足いくまで付き合った。


【十四日目・27日(木)放課後】

 さて、明日で試験は終わりだが、今日はどうしようか?

 情報収集でもしよう。昨日はそれが足りずに同じ場所に行くことになってしまった。一緒に勉強をする機会があるかは分からないが、女子はカフェが好きな生き物だ。知るだけ知っていて損はない。

 ではどう調べるか? 簡単だ。今の時期を上手く使う。……教室に残って、聞き耳を立てる。

 女子達は「一緒に勉強」という大義名分の元、カフェとかで駄弁ったりする事だろう。そこで選ばれるお店の名前を把握し、そこの公式サイトを調べて期間限定メニューの甘いものを把握する。


「よし」


 作戦決行することにした。机の上で、教科書の整理をするフリしてしばらく耳を傾けた。

 そんな時だった。


「西村っ」

「?」

「またねっ」


 わざわざ、挨拶のためだけに声をかけてくれる早崎がやっぱり大好きだった。もうほんと死んじゃうかと思うほど。


「うん、また」

「ん。……絵里、今日はヨンマルクで良いん?」

「あんたがそこのクロワッサンが食べたいって言ったんじゃん」


 クラスのバスケ部と教室を出ていった。

 その背中を眺めながら、俺は情報を集めた。……早崎はヨンマルクか……行ってみるか? いや、やめておこう。見つかったらストーカー確定だ。

[得られた情報]

 ・スタバ夏限定抹茶フローズン

 ・ドゥトゥール夏限定レモンチーズタルト

 ・ヨンマルクチョコクロワッサン

 ・今日の早崎はサンマルク


【十四日目・27日(木)夜】

 この時間はどうしようか?

 オシャレでも研究しよう。夏休みに出かけるわけだし。


【十五日目・28日(金)放課後】

 試験が終わった。今日から各部活は再開。大会が近いバスケ部は早急に体育館に集まっている。

 さて、俺はどうしようか? 夏休みが始まる以上、もう勉強の必要はない。

 うん、今日は運動しよう。バスケを教わる際、少しでも向こうがスムーズに事を進められた方が良いと思うから。

 とりあえず、家に帰ってから準備をしようとした時だ。


「オイ」

「?」


 自分に声をかけられたのだろうか? いや、それはそうだろう。振り返った先にいたのは大久保……確か、早崎に告白して保留にされた奴だ。

 そんな奴が、真顔で自分を見ている。


「何お前。美月のこと狙ってんの?」


 すぐに察した。ライバルへの牽制のつもりだろう。大会のために返事を保留されているが、本当なら夏の間にイチャイチャ計画を遂行する予定だったのかもしれない。

 それが、俺の登場で危ぶまれている、と察知した可能性が高い。

 どう対応しようか?

 ・正々堂々と宣戦布告

 ・嘘をつく、情報は与えない

 ・おちょくって誤魔化す

 おちょくるか、こんなのに真面目に応対する方が損をする。


「狙うって何? 狙撃的な意味で言ってんの?」

「チッゲーよバカ!」

「じゃあ、お祭りの射的みたいな?」

「それも狙撃だろうが!」

「わかった、暗殺任務を遠距離からスマートにこなすって意味か」

「そんなに狙撃の例をポンポン上げて楽しいかコラ!?」


 頭に来ているのか、声を荒立ててプンスカと怒っている。あまりに大きな声に、周囲の人間もこちらに注目していた。……ていうか、早崎もこっち見てんじゃん。まずいな、早崎にはあんまり見られたくなかった。

 それは大久保にとっても同じであったのか、周りの目線に気がついて手を引いた。

 代わりに、小声で耳元で囁く。


「とにかく……テメェ、美月に手を出すつもりなら覚えとけよ」


 それだけ話して、大久保は立ち去ってしまった。部活に行ったのだろうか?

 まぁ何にしても……テスト返却日と終業式の日しか会わないし、忘れても良いかもしれない。

 さて、自分もさっさと帰って運動しなければ。


【十五日目・28日(金)夜】

 さて、夜はどうするか?

 少し人としての器を広げたい。だ。今日、今にして思えばあんな因縁をつけられ、大人気なく言い返してしまったのだ。適当にあしらうのなら、もっと別の選択肢があったはず。

 その為にも、今日は妹に絡ませてもらおう……なんて思っている時だ。

 俺のスマホに連絡が届いた。


 ミッキー『おっすー』

 ミッキー『今平気?』


 何だろう、急に? まぁ平気だが。


 西村『平気だよ』

 西村『何?』

 ミッキー『大丈夫だった?』

 ミッキー『大久保と揉めてたけど』


 揉めていたように見えたのか……まぁ、揉めていたわけだが。

 俺は悪くない事……いや、まぁ告白したことを知っている上で奪おうとしているのだから、丸っ切り悪くないわけでもないが……でも、脅しを掛けてくるようなヤツが、早崎に相応しいはずがない。

 なんて答えようか?

 ・大丈夫、あんなの揉めてるうちに入らない。

 ・大丈夫、どうせすぐ夏休みに入るし関わらなくなる。

 ・大丈夫、気にしてない。

 の三つ……告白されて「嬉しい」と答えていた以上、あの男のことをおそらく早崎も嫌いではない。あまり悪口は言わない方が良いだろう。


 西村『大丈夫、気にしてない』

 ミッキー『何揉めてたの?』


 言ったほうが良いだろうか……言ったって構わないか。向こうは既に告白されているわけだし、大久保の気持ちをバラす形になっても問題ないだろう。


 西村『なんか俺が早崎狙い? とかなんとか声掛けてきた』

 ミッキー『あー』

 ミッキー『ごめん』

 西村『何が?』

 ミッキー『私、この前告られたんだー。あいつに』


 吹き出しそうになった。まさか、そんな事を直接告げられるとは。


 西村『それ俺に言ってよかったの?』

 ミッキー『え、マズいの?』

 西村『いや、マズいでしょ。そう言う告白って一大決心してするものだから』

 ミッキー『そうなんだ。結構な頻度でいろんな人にされるからあんま気にしたことなかった』


 モテるんだなやっぱ……そして、恋愛に全く興味ないんだなこの人……。


 西村『返事はどうしたの?』

 ミッキー『保留』


 知ってる。言い方に気をつけただけで、本当に聞きたかったことは「返事どうするの?」だったから。

 ……良い機会だ。聞いてみようか? どう返事をするつもりなのか……。

 ・返事どうするの?

 ・いつ返事するの?

 ・やめておく。

 ……あまり話したくなさそうに聞こえるんだよな。保留の後、連続して「でもこうする」って言葉が来ないから。

 それなら、察して言わない方が良いのかもしれない。


 西村『じゃあ、あんま俺と二人で勉強とかやめといた方が良かった?』

 ミッキー『そこは気にしないで良いよ。私の成績がヤバかっただけだし』

 ミッキー『それより、何かされそうだったら言ってね。私の所為でお世話になった人が傷つけられるのは嫌だから』


 やっぱ良い子だ……と、感動してしまう。いや、実際に何かされたとしても女子に頼るのはカッコ悪いので言わないが、そう言う所は本当にありがたい。


 西村『わかった。ありがとう』

 ミッキー『それこっちのセリフだから』


 と、そこでメッセージは切れた。……一息つく。何も聞き出せなかったが、まぁ助けてくれると分かっただけでも良かっただろう。

 ……さて、では……妹にちょっかいである。


「琴香ー。コンビニにアイス買いに行くけど一緒に行くー?」

「私、ガリガリくんの梅でいい」

「行かないのね?」

「は? 行かないなんて一言も言ってないし」


 二人で出掛けた。


【十六日目・29日(土)】

 今日はどうやって過ごそうか?

 午前は運動して……午後はオシャレについて調べて、夜は情報収集でもするか。

[得られた情報]

 ・4、5、6日、花火大会がある。

 ・早崎は6日の午後に部活仲間とお祭りに参加する。

 ・ファミレス「ケムリト」で、夏限定のレモンチーズタルトが発売される。


【十七日目・30日(日)午前】

 明日明後日で学校が休み。さて、今日はどうしようか? と、悩んでいる時だ。スマホが震えた。


 ミッキー『ひーまー』

 ミッキー『暇ー?』


 珍しい。暇だからと言って声をかけてくれるなんて。


 西村『部活は?』

 ミッキー『今日は休み。高校が学校見学で中学生を案内してるから』


 なるほどね……試合前にそれは痛いだろうが、他所の体育館も借りれなかったのかもしれない。

 まぁ、そういう日もある……と、思っている時だ。ハッとした。これ、チャンスなのでは?

 何か、遊びに誘ってみよう。

 ・バスケに誘う。

 ・甘いもの巡りに誘う。

 ・やめておく。

 ……バスケかな。練習中止になってガッカリしてるかもだし、少し体を動かすだけでも気分転換になるかもしれない。

 いや、いつもバスケをしているのに、バスケをやらせるのは酷だろうか? ……まぁ、でも来週はお祭りでお金を使うというのに、甘いもの巡りに誘うのはもっと悪い。


 西村『じゃあ、この前約束してたバスケする?』

 ミッキー『お、良いねー』


 よっしゃ。突発的だが、悪くない案だったのではないだろうか?

 何時からにするか……まぁ、午後からにするしかないが、俺だけで決めるわけにもいかないので聞いてみた。


 西村『何時からにする?』

 ミッキー『今!』

 西村『え?』

 ミッキー『学校の近くのバスケコートに30分後ね! ボールは私が持って行くから!』


 え……あの、まだ午前中というか、朝9時過ぎ……。


 西村『ま、マジで今から?』


 ダメだ、既読がつかない。こうなったらもう行くしかない。

 慌てて着替えて支度を終えて……いや、待て。服装はどうする? ジャージか、それとも勉強したオシャレ服か……ただでさえ真夏。汗かいたらその後はもうない。

 ・ジャージを着ていく。

 ・動きやすいオシャレ服を着ていく。

 ・変えの服を持っていく。

 ……持って行こう! これがベストだ。あと汗拭きシートとタオルも!

 ようやく支度を終えて家を出た。

 25分後ほど、到着したコートでは、既に早崎はバスケのコートでシュート練習をしていた。服装は肩が出るTシャツの下にキャミソールとスラックス……動きやすそうなラフな服装なのに、可愛かった。


「……あっ、お、お待たせ……!」


 惚けてしまったが、見惚れている場合ではないので慌てて声をかける。

 振り返った早崎がムスッとした顔で言い返してきた。


「遅い」

「ごめんて」


 一応、時間内だが、待たせたことが悪いのだろう。謝っておいた。


「て言うか、ジャージ?」

「え、運動するから……」

「ゴリゴリやるわけじゃないから、そんなに気合入れなくても良かったのに」

「あー……」


 しまった、私服のがよかったか……まぁ、よくよく考えたら汗拭きシートは持参したわけだし、あまり汗とか気にすることもなかったかもしれない。

 ……ていうか、着替え持ってきたのも良くなかったのかも。なんか、バスケ以外でも遊びに行く前提みたいだ。

 まるでデートしたがるチャラチャラしたナンパ野郎のようになっている気がして、少し気持ち悪がられるかもしれない。


「まぁでも、やる気があるのは良いことだよね。早速、教えてあげよう。まずはストレッチから」

「そこから?」

「怪我したくないし」

「あ、なるほど……」


 と、バスケを始めた。

 ここ最近で運動を始めたとはいえ、まだまだバッキバキのバスケ部には敵わない。というか、こっちは素人に毛も生えてない程度だ。ついていくだけで精一杯……なのだが、早崎は嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれた。

 ……そして、一切手抜きはしてくれなかった。


「はい、20点目〜」

「ち、ちょっと待って……!」

「男の子が情けないぞー?」


 喧しいわ……女の子だって男の子より料理下手な奴くらいいるだろうに。


「ほれ、もう一本。私から、あと一本取れたら休憩にしてあげるから」

「……よしっ、やってやる」

「良いねー、その意気」


 落ち着け、俺。どの道、技術だの体力だのでは勝てないのだ。

 やるからには向こうも少しは面白い試合を期待しているだろうし、冷や汗の一つくらいかかせた方が良い。そのためにも、奇策で勝負する……!

 ボールを持ち、深呼吸し、作戦を決める。

 ・奇声作戦

 ・奇行作戦

 ・虚言作戦

 ……よし、決めた。虚言作戦で行こう。


「行くよ」

「いつでも?」

「……あ、なんだあれ。UFO?」

「え?」


 引っかかるのかよ、と思った直後、真横を通り抜けた。


「はい、横通ります」

「あ、狡い!」


 いや騙される方が悪い、と頭の中で思いながらゴール下まで一気に特攻。体力作りの成果だ。スピードは決して遅くないはず……なのだが、追い付かれてしまった。


「いや行かせないし!」

「足元に犬のフン!」

「えっ!?」


 だから騙されるのかよ、と思いつつも、早崎が足を止めた隙にまたゴールの足元まで運んだ。


「だから無いじゃん!」

「いや二度目で騙されるなよ……」


 言いながら、レイアップシュートに行く。だが……まだ食らいついてきた。


「もう引っかからないから!」

「どうかな」

「え?」


 最後の最後で……ここに来てようやくのフェイントである。

 ダブルクラッチ……シュートしにいった手を引っ込め、逆の手で放つ技。やったことは無いけど、漫画で読んだ技……見様見真似だ!


「! ダブルクラッチ……!」


 もらった……! と、思って放ったのだが、放ったボールはゴールのリングに下から直撃した。跳ね返ったと思ったら、俺の顔面に直撃である。


「おごっ……!」

「ぷふっ……!」


 そのままひっくり返って落下。背中を地面に強打した。

 ……ふふ、死ぬほど恥ずいわ。ていうか、もう死んでるんじゃない? って程、今の俺の目、死んでる気がする。


「……」

「っ〜〜〜!」


 ぶっ倒れたまま大の字で転がっている俺の横で、音として出ていない笑いを全力で漏らしている早崎が目に入る。ふっ……妹に構ってやってて良かったぜ。あまりイラっとしなかった。ただ死ぬほど恥ずいだけで。


「ひっ、ひぃっ……! な、何『どうかな?』って……どうなのほんとに……!」

「ちょっ、掘り返すのやめてや! それは普通に恥ずかしくなるから!」

「いやっ、ごめっ……ちょっ、無理……!」

「笑い過ぎだっつーの!」


 せめて、もう少し運動神経がありゃ……いや、こんなこと言っても後の祭りか……。

 何はともあれ、爆笑し続けて行動不能になった早崎のおかげで、俺は少し休めた。


【十七日目・30日(日)午後】

「あー! 疲れた!」

「俺も……」


 バスケのコートで、二人揃って寝転がる。二人揃って大分、疲れてしまい、汗だくである。真夏に公園で全力バスケ……高校生がする遊びじゃない。


「にしても、やるじゃん。結構、運動出来るんだ? ボールの扱いはヘタクソだけど」

「一応、基本的に軽く運動してるからね。太りたくないから」


 嘘ではない。毎日ではないが、最近運動を始めた。若いうちはすぐに体力がつくから助かる。


「へぇ、意外。正直、引きこもりのゲームオタクだと思ってた」

「まぁ……間違ってないけど。最近は自分を育成するようにしてるんだよ」

「育成って……でも良いことなんじゃない?」


 それも嘘ではない。もっとも、誰のためにそうしてる、とかは言うつもりはないが……。


「あ、もしかして好きな人でも出来たん?」

「……」


 どうしよう、なんて答えようか?

 ・まぁ、そんなとこ。

 ・まさか。単純に。

 ・どうだと思う?

 ……嘘はつきたくないけど……本当のことを言う勇気もない。


「どうだと思う?」

「え、いるの!?」

「分かんないなー」

「自分のことなのに!? だーれー?」

「中山さん」

「誰それ!?」

「知らない」

「はぐらかすなしー!」


 いや、やはり言えない。そしてバレるわけにはいかない。まだ自分は男として見られていないのだから。

 ……とはいえ、告白まであと一週間なのだが。


「で、誰ー?」

「いや、いいから。それより、この後どうする? 飯でも食う?」

「良いけど……汗すごいんだよなー」

「タオル持ってきたから、それで拭いて」

「お、サンキュ」


 話しながら、カバンからタオルを放る。二つ持ってきてよかった。


「あと、メンズ用だけど汗拭きシートもあるから。欲しかったら言って」

「ありがとー」


 お礼を聞きながら顔を向けると……何を思ったのか、何食わぬ顔で早崎は自分のTシャツの裾を捲り上げて顎で止め、胸元からおへそ辺りを拭き始めた。

 綺麗に腹筋が割れているが、今はそれどころではない。


「ちょおっ、は、早崎! 何してんの……!」

「? 拭いてるんだけど?」

「お腹出てる! 隠して!」

「えー、拭きづらいじゃん。そんなん。見られて恥ずかしいお腹してないし」

「し……下着も少し見えてるから!」

「スポブラだから別に」


 こ、い、つ〜! と、少し憤慨してしまう。俺が見たいけど見てはいけない、という意識が働いてるのは勿論だが、それ以上にやはり周りの視線がある。

 そんな俺の気も知らず、ニヤリと笑った早崎は意地悪い笑顔のまま声を掛けてきた。


「何々〜? もしかして、照れちゃってるの〜?」

「っ……!」

「意外とウブなんだー? 可愛いとこある」


 ダメだ、このままではさらにお腹やら胸元やらをぴらぴらさせて揶揄われるかもしれない。

 だが、本当に見たいけど周りの通行人に見せたくはない。

 どうやって阻止するか?

 ・単純に他人に見せたくないと言う。

 ・無防備すぎるとどんな事になるかを説明する。

 ・もう好きにして、と説得を諦める。

 悩む所だが……諦めるのは良くないとして、他人に見せたくない、とは言いたいが言えない。自分が早崎を好きであることがバレるかもしれないから。

 ただでさえ、早崎の口から「大久保が早崎を好き」という情報を得たばかりだし、明らかに距離を置かれるかもしれない。

 故に、説明してやることにした。


「あのな、早崎にとっては恥ずかしくないかもしれないけど、通りかかった男達にとっては刺激が強過ぎるんだよ。あんまり女の子が無防備に肌を見せたら、悪い男に目をつけられた時、大変だよ」

「えー、でもそしたら海とかプールも同じじゃない?」

「だから、海とかプールは悪い男に騙されて持ち帰られる女性がいたりするんでしょ」

「……な、なるほど……」


 ……あ、しまった。変な例えをしてしまったかもしれない。ちょっと顔を赤くされてしまった。

 つい言ってしまったが……そもそも、本当に持ち帰られる女性がいるかなんて知らない。童貞の癖に何でこんな例えを出してんだ俺は……。

 何とかして誤魔化すためにも、さっさと何か言葉を並べなければ……!

 ・俺もちょっと目のやり場に困る。

 ・正直、見たくないわけじゃないんだけど……。

 ・いや、もちろん見られて恥ずかしいお腹ってわけじゃないよ。


「いや、もちろん見られて恥ずかしいお腹ってわけじゃないよ!」


 何を言ってんだ俺は! テンパって変なこと言ってしまった……!

 そんな俺を見て、早崎は頬を赤らめたまま自分のお腹を隠す。


「え……そ、そう……?」

「や……い、今のは……」


 ちょっと嬉しそうに見えるのがおかしいが……とにかく、さっさと弁解しないと……!

 ・冗談だから引かないで。

 ・一瞬しか見えなかったから分かんないわ。

 ・正直、羨ましい腹筋だった。


「正直、羨ましい腹筋だった感じある、かな……」


 だから俺は何を言ってんだ! 正直に言い過ぎだっつーの……!

 流石にこんな事言ったら……。


「そ、そうなんだ! 実は、私もバスケのためにたくさん体を鍛えてるから、ちょっと自信あって……えへへ、嬉しいな……」


 喜ばれてる!? この子、バスケバカというか運動バカなのでは!?


「でも……あんまり女の子にそう言うこと、言わない方が良いんじゃない? 私は嬉しいけど、他の子なら引かれるよ?」

「ご、ごめん……」


 いや、分かっているのだが、つい……ていうか、このままだとチャラチャラしたナンパ野郎だと思われる。今度こそまともな弁解をしないと。

 ・誰にでも言うわけじゃないよ。

 ・早崎にしか言わないよ。

 ・言う相手は選んでるよ。

 あれ? これ全部同じ意味じゃ……いや、でも弁解は早くしないと。


「誰にでも言うわけじゃないよ」

「え……ど、どういう意味?」


 はい、終わった。これは完全にバレた。何で俺ってこう、焦るとまともな言葉が出ないのか……。

 ため息が漏れて、もう察されたと諦めるしかないか……と、肩を落とした時だ。

 早崎は、逆に納得したようにつぶやいた。


「あ……そっか。そもそも私しか言う友達いないもんね?」

「……」


 良かった、友達いなくて、とホッとしてしまった自分が情けなかった。でも助かった。


「うん、まぁね」

「そっか……でも、わかったよ。じゃあ、なるべく見られないように拭くね」

「そうして」


 結果オーライと言えるだろう。そこが伝わったのなら、本来の意図は何とかクリア……と、思っている時だ。

 俺の目の前に立った早崎は、豪快に自分の服を再びまくって体を拭き始めた。


「早崎!? 分かってる!?」

「うん。でも、西村は見ても平気なんでしょ? だったら、西村を壁にして見られないようにしようと思って」

「おごっ……!」


 メチャクチャな理屈だこいつ……! 自分を男として見られていない? それとも、信頼されてる?

 ……いや、信頼とかではない。本当にお腹とスポブラ程度なら見られることに抵抗がないだけだ。

 意外と苦労しそうだな、仮にこいつの恋人になれたとしたら……なんて思いながら、そのま身体を拭く早崎の為に壁になり続けた。

 さて、その後は俺も身体を拭いて、お昼を食べに行く。


「何処でお昼にする?」


 聞かれたが、最近情報を集めておいたので問題ない。

 ・マック

 ・スタバ

 ・ドゥトゥール

 ・ヨンマルク

 ・ケムリト

 軽くお茶するとかじゃなくて、ガッツリ飯を食うわけだし、ここはファミレスが良いだろう。


「ケムリトで、夏限定のレモンチーズタルトあるらしいよ」

「マジ!? 行くわ!」


 改めてこの子の甘いもの好きはすごいな……と、思わないでもなかったけど、喜んでくれたのでスルーだ。

 そのまま二人でお昼を食べに行った。

 その後は、せっかくの休みという事と、なるべくお金を使わない方が良いだろう、と言う事を察している俺が提案して、二時間くらい雑談した。

 なんか色々と話した後、会計は誘った俺が持つことにして、解散する事になった。

 遅い時間ではないので、駅まで一緒に行って解散する。

 去り際、改札を通ってから自分と逆側のホームに歩く早崎が、途中でこちらに振り返った。


「西村」

「ん?」

「今日、すっごく楽しかった。夏休み、また遊ぼ?」

「っ……お、おう……」


 なんだ、その眩し過ぎる笑顔……ちょっと頬が赤く染まる。

 軽く手を振って帰っていく早崎。……やっぱり少し解散するの早かっただろうか? ……いや、今がベストだ。早崎自身はこの後ゲーセン行く? とか言ってくれたが、流石に休んだ方が良いと思って「大会近いんでしょ?」と断ったが……勿体なかったかもしれない。

 でもまぁ……俺の所為で明日の調子を崩したりしたら困るし……たぶん、これでよかった。

 とりあえず、俺も帰ろう。そして、また自分を磨こう。そして、早崎が使った後のタオルを堪能しよう。


【十七日目・30日(日)夜】

 今夜はどうしようか?

 すぐ早崎に連絡するのは、ストーカーじみているだろうか? いや……せっかく遊んだ日の夜なのだ。自分が誘って遊んでくれたわけだし、お礼くらい言った方が良い。

 連絡してみることにした。挨拶からは当たり前として……なんて文を打つか?

 ・今日は楽しかったです。

 ・今日は付き合ってくれてありがとう。

 ・今日は楽しかった?

 ……まぁ、お礼からだな。


 西村『こんばんは。今日は付き合ってくれてありがとう』

 ミッキー『全然! こっちも楽しかったから!』


 それなら良かった。ていうか、返事をくれた。


 西村『明日から練習、頑張って』

 ミッキー『サンキュ』


 そう返事をしつつ、だ……せっかくこっちから声をかけたわけだし、何か話したい。

 ・バスケについて。

 ・夏休みについて。

 ・甘い物について。

 ……バスケだな。というか、色々教えてもらったりしたり褒められたりしたが、こっちから褒めるタイミングはあんまなかった。


 西村『当たり前だけど、バスケ上手だったね。教え方も上手で、ダブルクラッチ覚えられたし』


 披露する機会はなさそうだが。


 ミッキー『いえいえ、それほどでも』

 ミッキー『またやろうね』

 西村『夏休みの間、俺は基本的に暇だから。いつでも声かけて』


 ……まぁ、デートなら男から女に声をかけるものかもしれないが。

 でも、俺と早崎の場合は早崎の方が忙しいし、俺は早崎の予定を知らない体だ。ここは待った方が良い。


 ミッキー『じゃあさ、来週の土曜日の夜は?』


 思ったより捩じ込んできたが……夜にバスケをするのだろうか?


 西村『良いけど、夜にバスケ?』

 ミッキー『いや、お祭りに行きたいなって』


 え、さ、誘ってくれるの? と、狼狽えてしまった。


 西村『良いよ。でも練習あるんでしょ? 疲れてない?』

 ミッキー『平気』

 ミッキー『私タフだから。次の日が試合前日だから午前中に調整だけして休みだし』


 それは知っているが、前日は調整だけなのか、と少し意外に思う。スポーツってそういうものなのだろうか?


 西村『分かった。何時からなら行ける?』

 ミッキー『18時半くらいかな?』


 よし、18時半からだな、と頭の中で把握。


 西村『了解。一応だけど、お祭りって学校の近くの公園でやってる?』

 ミッキー『そう。だから、18時半に駅前ね』

 西村『分かった』

 ミッキー『じゃ、よろしく☆』


 そこで連絡は途切れた。来週、お祭りか……ちょっと楽しみだ。


【十八日目・31日(月)放課後】

 試験返却が終わった。普通に全科目そこそこな点数。ただ、今回は早崎に教えるために勉強を頑張った科目もあるので、平均より遥かに多く取れたものもある。

 そういう意味では、こっちも早崎に感謝しないと……と、思っていると、自分の席の前に立つ早崎。その表情は「むっふーん!」とあからさまな自信に満ちていた。ドヤ顔可愛い。


「やぁやぁ、どうも?」

「どうも?」

「こいつを見ろーーーーー!」

「痛っ!?」


 顔面にテスト用紙をダンクシュートされた。見えない、見えないよ近すぎて。まぁ何があったのかは何となく察しているが。

 改まって押し付けられた用紙を顔から離し、結果を見る。


「全科目35点超えました!」


 ふっ……ホントに赤点回避しただけじゃん……いや、彼女にしては頑張ったと言うべきか?

 なんて言おう?

 ・おめでとう、がんばった。

 ・これで補習は無しだな。

 ・ホントに赤点ギリギリじゃん。

 素直に褒めても良いが……この前、次は50点とか言ってしまったし、素直でない褒め方をしておこう。


「これで補習は無しだな」

「えへへ、やったぜ」

「良かったじゃん。これで、バスケが出来る」

「早崎は何点だったの?」

「え? あー……」


 鞄の中に既にしまってある、テスト結果をまとめて入れているファイルを取られた。

 理系科目は特に勉強したので70〜85点ほど。文系と英語も50〜65点は取れている。


「おお……ふ、普通だな……理系はすごいね?」

「まぁ、特に頑張ったから」


 と言うより、頑張らざるを得なかったわけだが……ま、恩着せがましいことは言わない。自分も昨日、バスケを教わったし……と、思っていると、早崎が声をかけてきた。


「もしかして……私の為?」

「っ……」


 流石に見透かされたが……どうする? 何か答えた方が良いか?

 ・肯定

 ・否定

 ・無言

 ……ダメだ、うんともいいえとも言いづらい……。何も言えずに黙り込んでしまった。


「……」

「っ……そ、そっか……えへへ」


 無言は肯定と取られてしまった。少し嬉しそうにはにかまれる。クッッッソ可愛過ぎて、こっちも目を逸らしてしまった。

 あれ……ていうか、早崎も少し垂れているのだろうか? 頬が赤い。


「じ、じゃあ私、部活だから。またねっ」

「あ……うん」


 ……俺も、ちょっとクソ照れてる。なんか、痛烈に恥ずかしい思いをしてしまった……。

 でも、少しは男として見られた、のだろうか……? なら、今日も自分磨きに時間を使うか。今日の所は器を広げよう。

 そう決めて、教室を出て廊下を歩き、下駄箱を開けた時だ。


「……?」


 ゴミが入っている。まぁ、さっき割と教室で早崎と話してしまったし、仕方ないだろう。

 とりあえず、ゴミを捨ててから帰宅して妹と遊んであげた。


【十八日目・31日(月)夜】

 この時間はどう使おうかな。

 情報を集めよう。少しずつ好感触になって来たっぽいし、手札は多いに越したことはない。

 夜中にトゥイッターを眺めていると、早崎のトゥイートが出て来た。


 ミッキー『お腹みられるのって恥ずかしいことなのかな。。。』


 昨日のこと気にしてる……! くそ、可愛いかよだから……!

 そのまましばらく情報を集めたが、早崎のトゥイートからは何も得られなかった。

[得られた情報]

 ・水曜の夜、日本代表バスケの試合の中継をやるらしい。


【十九日目・8月1日(火)午前】

 今日で終業式。土日のタイミングが悪くて夏休みへの入りが遅かったが、その分9月1日の金曜日も休みで、土日挟んでから学校が始まる。

 さて、その終業式に向かう列の中。出席番号順で歩いているわけだが……そんな時だった。


「オラ!」

「痛ッ……!?」


 ズンッ、と肛門にやたらと重く鋭い一撃が響いた。何事かと思って後ろを見ると、そこに立っていたのは大久保。並ぶ順番を無視して、わざわざ後ろに来てくれやがった。その周りでは、サッカー部の連中がゲラゲラと笑っている。


「ってぇな……!」

「プハッ! 隙がある方が悪いんだろ!」

「は?」

「そうだよお前。世の中いつでも戦場なんだから、平和ボケしてちゃダメよ」


 周りの奴らも似たようなことを言い始める。

 どうしてやろうか、と思ったりもしたが……キレて殴ったりすれば退学だ。カンチョウも同じくらい危険な行為なのに……てか、カンチョウとか本当小学生かって感じ。

 どう対応するか?

 ・シカト

 ・言い返す

 ・先生に言う

 ……すぐに先生に頼るのは嫌だ……シカトがベストだろうか? いや……早崎も近くにいる手前、黙ったままというのはカッコ悪く映るかもしれない。

 どうせ今日以降、会うことはしばらくないんだし、何か言い返そう。


「次やったらキレるから」

「今キレても良いんだけど?」

「子供のちょっかいに毎回、大人げなくキレてられないから。今日の所は見逃してあげる」

「……あ?」


 あくまで上から目線で言ってやった。放課後、何かあるかもしれないが、まぁその時は先生に言おう。……サッカー部の顧問に。

 そのまま体育館に向かった。


【十九日目・8月1日(火)午後】

 放課後。大久保が因縁つけてくることもなかったので、俺はさっさと帰宅の準備。少し残念だ。スマホをポケットに入れたまま録音アプリを起動する練習は終業式の間にしておいたのに。

 さて、帰って今日はどのように過ごそうか?

 運動しよう。またバスケやることもあるかもだし。

 そう思って、教室を出る直前……ふと早崎が目に入った。友達と一緒に談笑している。

 ・手だけ振って挨拶する

 ・何もせず帰宅

 挨拶して帰ろう。ヒラヒラと手を振った。それに気がついた早崎も、軽く手を振り返してくれた。

 その直後だ。早崎の周りの女子もこっちを見た。


「え、嘘。帰る時にあいさつ?」

「どういう関係?」

「付き合ってんの?」

「ち、違うから……!」


 あ、攻められてる……が、まぁあの中に自分が入ったらもっとややこしいことになるのは明白だ。

 したがって、今日のところは退散した。さて、運動だ。


【十九日目・8月1日(火)夜】

 どうしても、気になる。大久保が思った以上に足早に退散したことが。これから夏休みで会えなくなるというのに、虐めなくてよかったのだろうか?

 残念ながら、もう平気と思えるほど楽観的ではない。その上で……今晩はどうしようか?

 何事も情報だ。それがないとお話にならない。今日の情報収集は、大久保についてだ。

 勿論、漁り方というものがある。こういうプライドが高い奴は、SNSでの反応も気にする。用意しているアカウントも一つではないだろう。

 そんなわけで、探す。まずは印室高校サッカー部のアカウントから漁る。

 その中にある「大久保」というアカウントを見つけた上で、俺はついさっき作った「あかり」というアカウントでフォローする。

 女っぽい名前、トプ画もスタバのカフェにあるコーヒーの写真だ。だからこそ、バカには警戒されない。

 さて、問題は……この「大久保」のアカウントではない。これは表の顔……つまり、良いことしか言わないアカウントだ。

 本当の愚痴垢は別にある。その愚痴垢は誰にも知られないわけではない。悪口は、知り合いと言い合いたいものだから。

 故に、その愚痴アカウントを知っているメンバーは一つしかない。……サッカー部の連中だ。

 あとは「大久保」がフォローしてる人物の中でクラスメートでもサッカー部でもなさそうな奴……そして、トゥイートの内容と文章が大久保に酷似している奴を割り出せば……。


「見つけた」


 小久保、か。名前がアホすぎてすぐにこれだとわかった。捻りが足りない。

 そのトゥイートの内容を見てみたが……。


 小久保『【急募】クラスのキモイ奴、夏休み中にもイジメられる方法』


 つまり、俺のことだろう。まぁ良いけど……正直、やっぱりこいつバカだ。俺をいじめたいなら、SNSで実名晒して嘘をばら撒いて社会的な抹殺を図れば良いだろう。

 それを、わざわざ顔を合わせていじめようとするとは、本物のアホだ。

 何にしても、しばらくはスルーで良いが、頭の片隅には置いといた方が良い。

 と、思っている時だ。


 ミッキー『こんばんは』


 また来たな。最近、よく連絡をくれて嬉しい。


 西村『どうも。どしたん?』

 ミッキー『いや、大丈夫だったかなって』

 ミッキー『大久保になんかされてたでしょ』


 そんな事か。何も問題はない。


 西村『平気だよ』

 ミッキー『なら良いけど……』

 ミッキー『でも、ホント何かあったら言ってね?』

 西村『ありがとう。その時に相談するよ』

 ミッキー『分かった』


 まぁ、せっかく連絡をくれたのだし、少し話すことにした。

[得られた情報]

 ・大久保の裏垢

 ・大久保は自分をいじめたい


【二十日目・8月2日(水)午前・午後】

 今日から夏休みスタート……とはいえ、俺に予定はない。早崎は部活だし、多分明日の週一の休みも無いだろう。日曜日休みだったし。

 そのため、しばらくは自らを磨く事にした。今日一日はどうするか。

 午前中に運動、午後にオシャレ、夜に妹と遊ぼう。


【二十日目・8月2日(水)夜】

 夜、妹に今日も声をかける。部屋の扉をノックしてから開けた。


「琴香ー。今暇ー?」

「何なの最近! 暇を見つけては絡んできて!」

「嫌だった?」

「正直、迷惑!」

「あ、そう……」


 そっか……じゃあ、やめておこうかな。嫌がられているなら、控えた方が良い。妹、反抗期だし。

 そう思って扉を閉めようとした時だ。電話がかかって来た。


「もしもし?」

『あ……西村?』

「早崎? どしたの」

『聞いて聞いて! 今日、めっちゃバスケ調子良かったんだよねー!』

「ん、おお。そ、そう」

『そうなの。これも西村との練習の成果だと思うんだよねホントに』


 ……何の用事なのだろうか? いや、とりあえず聞き側に徹する。モテる男は人の話に耳を傾けるものらしいし。


「いやいや、そんな事ないよ」

『だって、楽しかったから。バスケってやっぱ楽しいんだよ。練習ばっかだと忘れるけど……たまにああいう遊びでバスケやると思い出せるんだ。だから、西村のお陰』

「そ、そう……で、どう調子が良かったの?」

『今日、スリーめっちゃ入ったの! ミニゲームで12本!』

「すごいじゃん。それ……一人で36点ってこと?」

『そう! ……マグレが2本あったのは否めないけど』


 いや、にしてもすごいのではないだろうか? 女子バスケの事はよく知らないが、俺はすごいと思う。

 そんな時だった。電話している中、ガッと肩を掴まれる。立っていたのは、琴香だった。


「ねぇ、クソ兄貴」

「あん?」

『え?』

「誰と話してんの?」

「クラスメート」

『え、待って。妹さんいたの?』

「嘘つくなし! あんたに友達なんてできるわけないじゃん!」

「何でそんな悲しい嘘俺がつくの。てか、今忙しいからちょっとやめて」

「……詳しく聞かせて。女の人の声してる」

「……」


 しまったな、部屋に戻ってから話せば良かった。まぁ致し方なしと言うべきか。


「ごめん、早崎。妹がちょっと……」

『妹さんいたの!?』

「え、いたけど?」

『いーなー! いーなーいーなーいーなー! 私も妹欲しかったーーーー!』

「いや、そんな良いもんじゃないよ。今も電話の邪魔されるし……」

「はぁ!? どういう意味だよそれ!」

「痛だだ! いや今言ったじゃん。そういうとこ」

「むぐっ……!」


 ようやく黙った。申し訳ないけど、電話中は静かにして欲しいものだ。


「とにかく、後で聞くから……ごめんね」

『今度、妹さん紹介してくれるなら、許してあげる』

「分かった。じゃあ、土曜日に」

『うん』


 それだけ話して、電話を切った。申し訳なかったが、一先ず俺は琴香と話すことにした。


「で、なに?」

「本当にクラスメートなだけなワケ?」

「なんで?」

「……あんたしたたかだから。一目惚れして彼女にしようとしてるとかな気がする」


 ギクー! なんてベタな反応はしないけど、普通にドキッとした。この子、本当鋭いとこあるのよ。だから、ある意味じゃ大久保より油断ならない奴だ。


「そ、そんなわけないでしょ……ホント、普通にクラスメートだから」

「……ふーん」

「何その信用してない顔」

「してないもん。兄貴、基本陰湿だし」

「えっ」


 酷いなその言い方……まぁ、別に良いけど。でも、とりあえず琴香が納得するまで説明を続けた。

 とはいえ……警戒してパソコンからトゥイッターは消した方が良いかもしれない。妹は割と手段を選ばない。兄のパソコンを勝手に見るくらい何も思わないタイプだ。

 トゥイッターでのストーキングがバレたら事だ。


【二十一日目・8月3日(木)午前・午後】

 さて、今日はどうしようか? トゥイッターでの情報収集は出来なくなってしまったし、慎重になろう。

 午前に運動、午後にオシャレ、夜にー……早崎に連絡しよう。たまには俺から声をかけても良いだろう。

 そのためにも、今日は出かける時、少し周りを見て話のネタを探すことにしよう。


【二十一日目・8月3日(木)夜】

 さて、早崎とメッセージだが……今日は外に出ている間、写真を撮った。

 ・昼間に動いていたカブトムシ

 ・スタバで注文したものと間違えて出てきた抹茶クリームラテ。

 ・服屋で買おうとして買わなかったTシャツ。

 ……まぁ軽く話す程度で良いし、逆に向こうもあんまり長くやるのは、練習疲れを引きずることになってしまうだろう。

 よって、カブトムシにすることにした。


 西村『今日、公園で撮った昼間に動いてたカブトムシ』


 あれ、と少し送ってから思った。女の子って虫とか苦手なんじゃ……それこそ、自分の妹くらいしか虫好きな女はいない気がする……。


 早崎『何で急に虫の写真!? 私苦手なんだけど!』

 早崎『いや、苦手っていうか好きじゃないんだけど!』

 西村『あ、ごめん』

 早崎『女の子にそういうの送んな!』


 怒られてしまったが……でも、虫が苦手なことを事前に知れたのはよかったかもしれない。

 今度のお祭り、少し気をつけようと思いながら、とりあえず謝った。

[得られた情報]

 ・虫が苦手。


【二十二日目・8月4日(金)午前・午後】

 さて、今日はどうしようか? ……の前に、だ。そろそろ告白について考えないといけない。決行日は大会当日の夜……つまり大会後だ。

 一度、連絡を取ってみた上で、会えるなら会って告白、そんな暇ないなら電話……だろうか? うん、そうしよう。

 今のまま告白していけるかは分からないけど……でも、しなければ大久保に取られるだけだ。根性入れないと。

 ……さて、そのためにも、今日はどうしようか?

 午前中に運動、午後に器を大きくすることにした……が、妹にはこの前、怪しまれたし、別の方法でやろう。

 そんなわけで、トレーニングとボランティアを行った。


【二十二日目・8月4日(金)夜】

 そういえば、お祭りは今日からだ。といっても、行くのは明日なわけだが……どうしようか? 今日はお祭りの屋台について情報を集められそうだ。

 お祭り覗いてみるか……と、部屋から出た時だ。隣の部屋から、鞄を持った琴香が出て来た。


「っ、あ、兄貴……!」

「何処か行くの?」

「あ、兄貴は?」

「祭り。明日、クラスメートと行くから、今のうちに美味い店とかリサーチしとこうと思って」

「じゃあちょうど良い。一緒に来て」

「えっ?」

「で、奢って」

「ちょっ、だから明日友達と……」

「知らない。普段構ってあげてるじゃん」


 奢らされた。

[得られた情報]

 ・あんず飴はステージ近くにある屋台の方が安い。

 ・たこ焼きは迷子センターの隣の屋台が多い。

 ・わたあめ、かき氷は何処も一緒。

 ・花火がある。場所は少し離れた場所にあるスーパーの屋上駐車場が見やすい。


【二十三日目・8月5日(土)午前】

 今日はお祭りの日。従って、なるべく必要以上に汗をかく真似はしたくないし、お金を使うわけにもいかない。

 だが……昨日でかなりお金を使わされてしまった。だから、午前中は家にあるもうやらないゲームなどを売りに行くことにした。思ったより金になったのはよかった。


【二十三日目・8月5日(土)午後】

 資金は得たし、午後はどうするか? そんなの決まっている。デートの準備だ。

 資金は得た。他に何を準備するか。

 まずは身嗜みだな。一番、良い服を着ていかないと。とはいえ、これは今まで培ってきたオシャレならなんとかなる。

 あとは荷物だ。あんまり多いと人混みの中、歩くのが大変だが、備えあれば憂いなし。

 スマホと財布、ハンカチは服のポケットに入れるとして……他の物だ。

 鞄は、お祭りなので肩から掛けるポーチ。この中に、必要なものを厳選して持っていかないといけない。

 あるのは以下のもの。

 ・ハンカチ(予備)

 ・ウェットティッシュ

 ・虫除けスプレー

 ・ゴミ袋

 ・手で持つ扇風機

 ・うちわ

 ・スマホ充電器

 くらいか? 飲み物や食べ物は現地調達だろう。だが、全部は入らない。その上、現地で荷物が増えることを考慮するとスペースもあけておきたい。

 よって、この中から四つ選ぶ必要がある。


「……よし」


 スマホ充電器、ゴミ袋、ウェットティッシュ、虫除けスプレーだな。

 それらを上手いこと鞄に入れ始めた。


【二十三日目・8月5日(土)夜】

 さて、いよいよお祭り当日。18時半に集合、とのことで、俺はしばらく待ち合わせ場所で待機。10分早く着いてしまったが、楽しみだったのだから仕方ない。

 その間は、今日のお祭りのルートを頭で考えている時だ。スマホに連絡が入った。


 ミッキー『急で悪いんだけど。。。』

 ミッキー『待ち合わせ、30分遅らせても良い?』


 ? 別に構わないが……どうかしたのだろうか?


 西村『良いけど』

 西村『どうかしたの?』

 ミッキー『やっぱり着替えてから行きたいから』


 そういう事なら構わない。まぁ、ぶっちゃけもう着いちゃってるから、待ち合わせ時間変更もクソもないのだが……まぁ、わざわざ言うことではない。


 西村『じゃあ、19時に集合で』

 ミッキー『ん』


 さらに待つことになった。先に自分にだけ虫除けをつけたりして待機している時だった。目に入ったのは、大久保の姿。


「おっ、と……」


 なるべく見られるわけにはいかない。ああいうのとは関わらないに限る。

 駅の近くにある本屋に逃げるように隠れ込み、しばらく時間を潰した。

 ……さて、それからおよそ30分後。大久保が消えたのを確認し、俺はまた待ち合わせ場所に戻って待っていると、パタパタと駆け寄ってくる影が見えた。


「西村! お待たせ」

「あ……早崎……」


 思わず見惚れてしまった。浴衣を着てきたわけではなかったが、私服に着替えられていた。

 この前のようなラフな格好とは違い、バッキバキに女の子らしい格好……スタイルの良さを活かした上で、やはりそのまま動いても問題ないであろう動きやすそうな格好に、思わずポーっとしてしまう。


「? 西村?」

「っ」


 そんな俺を見て、下から覗き込むように俺に声をかけてきて、ハッとしてしまった。

 えーっと……お待たせ、だったか? 言われたのは。なんて返すか……。

 ・全然、待ってないよ。

 ・何かあったの?

 ・超待ったわ。

 ……まぁ、あんまり気を使わせたくないし、ここは待ってないと言っておくか。


「いや、全然、待ってないよ」

「嘘。さっき電話した時、もう外だったでしょ?」

「ば、バレてた?」

「バレバレだから。本当ごめんね。ホントは部活終わったらそのまま来る予定だったんだけど……その、着替えたくなっちゃって……」


 え、それはなんで……もしかして、わざわざオシャレしたかったということ? たかだか俺と出掛けるために?

 ……いや、あまり希望的観測は持つな。どういう意味で言ってるのかは分からないが、それでも着替えてきた、ということについて反応すべきだ。

 ・汗の匂いも嗅ぎたかった。

 ・私服、改めて見ると良いね。

 ・部活の後だから、分かるよ。

 ……あんまり変態的なことは言えないけど、保守的になるのも良くない気がする。


「私服、改めて見ると良いね」

「え、い、良いって?」


 え、そこ聞き返す?

 ・綺麗

 ・可愛い

 ・カッコ良い

 ・エロい

 どれにするか……いや、だから変態的なのはダメだってば。

 実際、スカートとか履いてきたわけではないから、綺麗とかそういうのはダメだろう。

 ショートパンツに、肩が大きく開いた短いTシャツ……この前同様、その肩からキャミソールが見えている。

 この前と違うのは……おへそが出ているということだ。これ、エロいも適してる気がする。

 ……ここは、やはり普通に行こう。


「か……可愛いなって……」

「っ、も、も〜! 何いってんの!?」

「痛い痛い」


 バシバシと肩を叩かれる。いや、本当に痛い。鍛えられた肉体から放たれてるから……まぁ、楽しいけど。

 が、やがてその手も、徐々に力が抜け始め、やがて引っ込められ、胸前で両手でゴニョゴニョと手遊びを始める。

 そんな仕草が、大胆な格好と全く釣り合っていなくて可愛らしくて。俺も、頬を赤らめて目を逸らす。

 ……なんか、二人揃って顔赤くなったまま固まってしまった。

 言わなきゃよかっただろうか……? でも、妹が褒められた時と同じ顔してるし……。

 そんな中が、空気を払拭させるためか、今度は向こうから声をかけてきた。


「そ、そういえば、西村も私服良いよね!」

「え……そ、そう?」

「そうだよ! 何々、もしかして学校では地味な癖にオシャレとか気を使ってる感じ?」


 そ、そんな風に言ってもらえるとは……今まで、あまり興味なくても研究し続けて良かった……あれ、でもなんか……褒められるのって照れ臭いカモ……。


「あ……ありがと……」

「ちょっ、て、照れないでよ……!」

「いや……基本、褒められないから俺って……」

「……」

「……」


 二人揃って、また立ち尽くす。と、とりあえず……行かないと。何でこんな俺も早崎も恥ずかしがっているのか分からないけど、こうしていても仕方ない。


「い、いくか……」

「うん……」


 二人で会場へ歩き出した。

 お祭り会場につけば、その熱気に当てられて俺も早崎も一気に照れから解放された。

 まずは俺が持参した虫除けを使い、その後で下調べしておいた屋台で迅速に食べ物の購入、持ってきたウエットティッシュで清潔に食事もできたし、他にも水ヨーヨーだのお面だのを買ったり、くじや金魚掬い、射的をやったりして、とにかく遊び尽くした。

 一通り回り終え、遊び尽くしたところで再び公園の入り口に戻って来た。


「ふぃ〜……面白かったー」

「うん。早崎、金魚掬い上手だったね」

「まぁね。私、SGだから。狙えれば簡単だしこんなの」

「じゃあなんで射的は全然当たらなかったの?」

「ば、バスケとライフルじゃ全然違うから!」


 じゃあ金魚掬いも違うでしょ、と思っても、それ以上は意地悪だと思って口にしない。


「ていうか、逆に何であんた射的そんな上手かったの?」

「昔からお祭りのミニゲームみたいなの好きだったから。射的、輪投げ、木の板のパチンコ、型抜き、この辺は得意」

「じゃあなんで金魚掬い下手なの?」

「……金魚が可哀想で?」

「嘘こけー!」


 う、うるさいな……タイミングがものをいうゲームって得意じゃないんだよ。昔から、一人でコツコツ何かをやる方が好きだった。

 ……楽しい。こうして誰かと一緒にいられるのは。何で、この楽しさにもっと早く気が付かなかったのだろう。

 もう少し長く居たい所だけど……でも、明日は早崎は部活だ。


「早崎、明日は何時から部活?」

「8時半集合で9時からだよ?」

「じゃあ……もうそろそろ帰んないとか」

「もう少し平気だよ?」


 そうは言ってくれているが……どうしようか? この後、花火大会がある。

 ・花火に誘う。

 ・バスケに誘う。

 ・やめておく。

 ……でも、俺との遊びより、まず早崎にはバスケがある。今日はお開きにした方が良いかな。


「明後日、大会でしょ? 今日は、家まで送るよ」

「……うん。そうだね。ありがとう」


 話しながら、帰宅し始めた。花火を見ていく他の客より一足先に電車に乗って、今日はいつもとは違う方向の電車に乗った。

 早崎の家の最寄りに来て、そのまま再び歩き始める。

 何か……話したい。まだ一緒にはいられるわけだし。何を話そうか?

 ・大会について。

 ・前に告られたことについて。

 ・今日のことについて。

 ……大会だな。楽しかったことの後には、改めて集中できる話題にしたほうが良い。


「早崎。そういえば……大会ってどんな感じなの?」

「どんなって?」

「勝てそう?」

「そりゃ勿論。勝つよ」

「自信あるんだ」

「なかったら言わないよ。……あー、早くやりたい感じはあるんだよなー」

「そういえば……一緒にバスケはしたけど、早崎が俺以外とバスケやってるとこ見たことないや。見てみたいかも」


 上手い、とは聞くけど、それを見たことがないから見てみたいとこある。


「じゃあ見に来る? 明後日」

「え?」

「試合」


 見にくる……とは、やはり部活の大会のことを言っているのだろうか? でも……そんな真似をしたら、部員達にまたいじられるのではないだろうか?


「えっと……大丈夫なの? 行っても」

「平気でしょ。あ、でもみんなにはバレないようにしてね本当。からかわれるの嫌だし」

「お、おう……」


 それは嫌なんだ、なんて少し思ってしまった。


「じゃあ……何処の体育館か教えて」

「うん。後でメールで体育館のURL送るから」

「分かった」


 話しながら歩いていると、住宅街に到着した。そこで早崎は足を止める。


「じゃあ、ここまでで良いから。私の家、この通りだし」

「分かった。じゃあ、気を付けてね」

「それこっちのセリフだから」

「いや、試合までに怪我しないように」

「ああ、そういう……ありがと」


 話しながら、解散した。


【二十四日目・8月6日(日)午前】

 今日は、明日に備える……が、計画を考える。告白までの流れ……本当なら呼び出す予定だったが、誘われた以上はこちらから行くべきだろう。

 だが、ここで困ったことが一つ……いや、この問題は最初からあった、というべきだろう。

 負けた時にも、告白して良いものなのだろうか? そこが一番困った所だ。おそらく、勝った時は告白して良いのだろう。8月7日の大会の規模は知らないが、勝つ気で臨んでいるし、だからこそ大久保に「8日にして」と言ったのだろうから。

 だが、ちょっとそこが不思議だ。何せ、試合に集中して臨みたくて「返事は待って」と言ったのに、勝ったらまた試合は続くだろうに、何故その後に返事を持ち越したのか。

 その答えは……俺は二通り考えている。

 ・元々、大久保と付き合うつもりはなく、勝ったら「ごめん、もう少し待って」と引き伸ばし、負けたら「ごめん、ちょっと気分じゃない」と言う。

 ・元々、相手はかなりの強豪で勝てるような相手ではない。

 のどちらかだろう。

 その答えは、今までの早崎との思い出にあるはずだ。あいつの性格はどんな奴か、そういう時、なんて言いそうか、そこにヒントがある……。


「……あ、分かった」


 そうか……あいつは、多分強がりなんだ。だから……基本的に苦手なものに対してもつい、強がりを言ってしまう。よく言えばポジティブだが、それでも決して弱音は吐かない。

 つまり……恐らく、後者なのだ。明日の試合、勝つ気はあっても勝てないかもしれない。自分を試合に誘ったのも、見たいと言ってしまったから、最後になるかもしれないから……なのかもしれない。

 なら……俺は、告白をするべきだろうか? 向こうは、そんな気分じゃないのかもしれないから。

 それともう一つ……明日、何か試合に対して励ましてあげた方が良いのではないだろうか?

 おそらく、バスケ好きは本当の事だ。今……は無理として、午後も無理……夜に、何か声をかけてあげるべきかもしれない。

 告白をするべきか……そして、今晩はどうするか。


「……よし」


 決めた。とりあえず、告白はしない。勝ったら告白したら邪魔になるだけだし、負けたら告白なんかよりバスケでもして、気晴らしに付き合ってやった方が早崎のためになる。

 そう決めて、俺はとりあえず早崎から送られてきた明日の試合会場について調べ始めた。


【二十四日目・8月6日(日)夜】

 その日の夜……俺は、のんびりと深呼吸をしてから、スマホを手に取る。

 さて……早崎に声を掛けなければならないが……なんと言おうか。何せ、向こうは基本的に強がりな性格。それを見透かしたような言い分になると嫌な奴に思われる。

 こういう時は……。

 ・遠回しに。

 ・直球に。

 ・慎重に。

 遠回しに告げよう。そう決めると、電話をした。


「もしもし?」

『もしもーし。西村? ちょうど私も電話しようと思ってたんだよね』

「あ、そうなの? なんで?」

『え? あー……いや、明日の事で……』


 わざわざ丁寧にありがたい。何か特別な事とかあるのだろうか?


「明日?」

『あ、うん。ホント、他の人に気付かれないようにしてねって。女子ってほら、恋バナ大好きな子が多いから』

「あそう。分かった」


 なるべく変装していこうか……いや、それは後で考えるとして、だ。


「……いよいよ、明日だな」

『うん……そ、そうだね……』


 遠回しに勇気付ける、か……と、ホッとする。わざわざ負けるかもしれない試合に招待してくれているのだ。


「明日、応援してるけど……でも、俺の事なんて気にしないで、思いっきりやってね」

『うん……分かってる』

「俺は、全力でバスケしてる早崎が見られれば満足だから」

『……』


 言うと、黙り込まれてしまう。……余計なことを言ってしまっただろうか?

 ちょっとヒヤヒヤしている中、電話の奥から声が聞こえてきた。


『……ありがと。正直、ちょっと緊張してて』

「そうなんだ」

『あ、あはは……ダメだよね、エースが怖気付いてたら』


 ……もしかしたら、早崎の強がりはそこから来ていたのか? よく知らないけど、三年生が引退したのは去年の夏頃だろう。

 つまり、今のメンバーになって現在がちょうど一年ほど。その間、ずっと下級生でありながらエースと呼ばれてきたのだから。


「そんな事ないでしょ。俺はスポーツなんてやったことないから分からないけど……エースだって人間だし……それに、先輩の最後の試合を後輩が背負ってるんだから当然だよ」

『っ……う、うん……』

「でも……先輩も全部を出し切れば、例え負けたとしても悔いはないんじゃないかな。悔いが残るとしたら、全部を出し切れない事。だから、早崎もいつも通り、思いっきりやって来れば良いと思う」

『……』


 ……ちょっと、偉そうだっただろうか? 何も知らないくせに、言わなくて良いことを言っちゃったのかも……なんて、少し反省してしまう……でも、思ったことを言ったし、悔いはない……。


『……ありがとう』

「っ……い、いやいや……」


 電話越しなのに、少し照れ臭くて頬が赤く染まってしまった。やはり……言ってよかったかもしれない。

 ……まぁ、俺も気持ちはわかるからな。スポーツはやった事ないが、悔いが残らないように全力が早崎を落としに掛かってたし。捨て垢まで使ってトゥイッター監視してたり。

 でも……俺は告白はやめた。何にしても、大久保はフラれると分かったし……それに、今の早崎は俺なんかに構っている場合ではないから。


『よし……じゃあ、頑張るね! 明日!』

「うん」


 話しながら電話を切った。まぁ……上手くいった、で良いのかな?

 さて、明日に備えて早めに寝るか。そう決めて布団の中に入った。


【二十五日目・8月7日(月)午後】

 体育館では、試合に備えて両チームのアップが行われていた。

 俺には正直、アップの内容なんてさっぱりなので、なんか上手いなーと思いながら眺めるしかない。

 勿論、他人に見つからないように、帽子にサングラスをかけてきた。オシャレをちゃんと学んできて良かった……そんなにおかしな格好にはなっていないはず……。

 それより、早崎は何処でアップしてるんだろ? さっきまで混ざっていたはずだが、見失った……。


「何そのカッコ。野球観戦に来たおじさんみたい」

「っ?」


 横から声をかけられる。汗だくのユニフォームの上にジャージを羽織った早崎が立っていた。

 ・なんでいるの?

 ・お疲れ様。

 ・ユニフォームも似合うな。


「……ユニフォームも似合うな」

「っ、な、何急に……!」

「あ……ご、ごめん」


 しまった、つい口走ってしまった。本当に何を言っているのか。


「ていうか、アップは?」

「先に終わらせた。……見掛けたから、話しておきたくて」

「? 俺と?」

「うん。昨日はありがとう、ちょっと肩の力抜けた」


 そんなことか、大した事は言っていないと思ったが、早崎のためになれたのなら何よりだ。


「あの……西村」

「何?」

「もし……試合が終わったら、時間ある?」

「あるけど、どうして?」

「話したい事あるから」

「分かった」


 何の話だか分からないが……あ、もしかして晩飯一緒に食べるとか? 別に良いが、こういう部活ってあんまり現地解散とかしないんじゃないだろうか?


「じゃあ、行ってくるね」

「頑張ってね」

「うん、頑張る」


 それだけ話して解散した。


【二十五日目・8月7日(月)夜】

 夜というより夕方だったが、試合が終わった。結果的に言うと……なんか早崎が暴れてた。

 パスをもらった直後、スパッとその場で打ってスリーを決めまくり、10本から先は数えるのをやめたほど。

 ちょっと強気すぎない? というタイミングで放ったスリーも入っていた。

 すごいな……と、素直に感動する。バスケの試合自体、ちゃんと見るのは初めてで、正直感動したくらいだ。

 ちょっと、楽しそうかも……と、思わないでもない。まぁ高校バスケでガッツリやるつもりはないので、大学でサークルがあったら入ってみても良いかも、という程度だ。

 さて、そんな中で、俺はこの体育館の裏に呼び出された。


「お待たせ」

「あ……早崎。おめでとう、勝ってたじゃん」

「そうなの! なんか今日、めっちゃ調子良くて! 正直、勝てるか微妙な相手だったのに、やばいわマジ! まだ試合出来るわ、今の三年生と!」

「お、おう……」

「特に見た? ハーフラインからブザービーターで放り投げた奴! あれ入れるとか私、トゥイッターの動画でしか見てないんだけど! てか、むしろ撮ってたらバズってたかもってほどで!」


 すごい熱だ……まぁ、興奮が鳴り止まないのだろう。自分は味わったことのない感覚だが、だからこそ今は語らせてあげることにした。


「とってもカッコ良かったよ、早崎」

「そっ……そっか……えへへ」


 そのギャップは可愛い。あれだけ、格好良い姿を見せつけられた後に、この可愛さは反則である。

 照れたように頬を赤らめたまま、早崎は本題に入る。ひとまず、深呼吸をしてから、俺を真っ直ぐと見据えた。


「……ね、西村」

「何?」

「……明日、大久保に返事をしないといけないの」

「そうか」


 ……どうするか、聞いても良いのだろうか? いや、向こうから振ってきた話だ。前とは違い、聞いても良いだろう。


「どうすんの?」

「どうして欲しい?」

「……」


 そんなの……いいえに決まっている。告白はしない、と告げたが、告白を受けて欲しくもない。

 ……というか、そもそも何だろう。その質問は? いや、何にしても、答えなければ。今の器なら、こう答えられる。


「……早崎が、大久保の事を好きなら、仕方ないかなって思うけど……」

「それはない……って、言ったら?」


 なんだ、さっきから……もしかして「断って欲しい」って言わせたいのだろうか? よく分からないが……もしそうなら、それは本音だ。言っても問題はない。


「それは……まぁ……断って欲しいけど……」

「っ……そ、そうなんだ……」


 ? 何が言いたい? と片眉を上げる。なんか、頬を赤らめてめっちゃ照れてるし……。

 不思議に思っていると、すぐに早崎は顔を赤くしたまま……俺の身体を正面から抱きしめた。


「ーっ……!」

「……西村……私、あんたの事が好き……なんだけど……」

「え……?」

「付き合って、くれない……?」


 好き……好き? え、待って……確認させて欲しい。


「好きって……えっと、あれ? 男女のそれ的な意味の……?」

「うん」

「えーっと……早崎が、俺を?」

「う、うん……」

「や、あの……え、えーっと……これはつまり……告白?」

「何回確認するの!? そうって言ってんじゃん!」


 え……いや、あの……え、俺……好かれてたの……? 思えば、俺は早崎のこと好きすぎて……逆にあまり早崎が俺をどう思っているか考えたことなんてなかったが……。

 あ、あわわっ……やばっ、人が告白をやめたときに、なんだこのタイミング……!


「っ……!」

「へ、返事は!?」

「ちょっ……ま、待って……」

「は?」

「お、落ち着、かせて……」


 そんな声を漏らした直後、ハグをしていた早崎が一旦離れる……あ、マズイ。爆照れしてる顔が見られる。


「あ、アハハ……顔、真っ赤じゃん……」

「お前が言うな……」

「可愛い」

「それも、お前が言うな……」

「何そ……え? それどういう……」


 今度は、こちらからハグをした。ギュッと抱きしめた後、こうなった以上は覚悟を決めて告げた。


「俺も……お前が好きだから……その、何。今後ともヨロシク」

「っ、う、うん……えへへ、初恋が叶っちった……」

「……明日、暇か?」

「実を言うと、明日から部活、お盆休み」

「……そうか。じゃあ、たくさん遊べるな」

「うん……」


 しばらく、そのまま二人でハグをした。


【二十六日目・8月8日(火)】

 俺と早崎が恋人関係になって二日目。正直、まだニヤニヤが収まらない。

 昨日、あの後、早崎と俺のそれは部員にガッツリ見られていたらしく、早崎は単独行動のペナルティはなかった代わりにメタクソに弄られたらしい。

 元々、別で来ていた俺が女子バスケ部と一緒に帰るわけにもいかず、別々で帰宅。そして、夜は深夜まで二人で電話して過ごした。

 今日の朝、大久保にお断りの連絡を入れたらしい。どんな顔をしていたのか気になる気もするが、不思議だ。彼女が出来たからか? なんかそんなのどうでも良い。早崎が俺の彼女になった……それだけで十分だ。

 ……そして、今日。俺は公園で待機していた。


「お待たせ!」


 その俺に、駆け寄ってきた明るい声。


「あんま待ってないよ、早崎」

「むっ、は、早崎じゃないよ! 昨日、散々話したじゃん!」


 っ、そ、そうだったが……いや、恥ずかしいんだもんだって……。

 でもまぁ……確かに付き合っても苗字呼びは、他人行儀だしな……。


「ご、ごめん……み、美月……」

「う、うん……も、守隆……えへへ、やっぱ少し照れくさいな……」


 それは俺もだよ馬鹿野郎……。人を下の名前で呼ぶとか、あまり得意じゃなかったりするから。


「さ、じゃあ行こっか」

「うん」


 それだけ話してから、早崎は手に持っているボールを一度、地面につく。

 こうして付き合えた今、俺は割とグレーなこともやってよかった、と少し思う。何事も、やはり行動しなくては始まらない。

 特に、俺みたいな暗い奴が好きな子にアタックするには、偶然を装うことも悪いことじゃないのかもしれない。

 少なくとも「どうせ無理だ」と諦めて行動するのをやめなくて、本当によかった。

 そんな風に思いながら、バスケをしにコートに向かう。……二人並んで、手を繋いで。


 ー終ー


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