耳が聞こえない少年に恋している

龍川嵐

あなたは耳が聞こえないの?

中間試験が終わって、テストを返す日になった。

教室の中から「みたくないー」「いやだー」など声を上げていた。

一人一人が先生の所に行き、テストを返してもらった。

城さんが先生のところに向かうと、先生から

「城さん、また0点だ。なぜ何も書かないの?絵を描く暇があれば、書け」

テスト答案に何も書いていないで、真っ白だった。裏を捲ると、漫画のようにカッコいいポーズを決めるキャラと効果線を端から端までびっしりと描いた。

城、また0点を取ったと、クスクスの笑い声が後ろから聞こえた。

上子さんは「はあ」と小さなため息を吐き、頬杖を付く。

城さんは表情を一つも変えずにそのままテストをもらって、自分の席に戻った。

私の隣に座った。ちらっと横顔を見ると、城さんは何事もなかったよう呑気な顔で再び絵を描き始める。

どうして悪い点なのに動じないの?どうして城さんは真面目に勉強しないの?

頑張らない条さんの顔を見ると、無性にイラつく。真面目に勉強してほしい!と心の中で叱ってやりたいと思ったが、授業中だと目立つのでやめた。

・・・

放課後になり、ほとんどの生徒は帰った。城さんはいつも遅くまで絵を描くので、帰りが遅い。だから、他の生徒の全員が居なくなるまで、本を静かに読んだ。

ほぼ居なくなり、2人だけしか居ない空間になった。残りの声は、バットがボールに当たる野球とボールを蹴るサッカーなど部活から音が聞こえる。教室の中では、紙に対して鬼のように集中する城さんがペンを走らせる音がする。カリカリの音を聴くと、不思議けれど心地よい。

まるで、私は今から告白するような雰囲気になってる…ハッ、何のために教室に残ったのか、ようやく気づいた。変な妄想をしていたので、余計な緊張をしてしまった。まずは呼吸で落ち着かせてから話しかけた。

「城さん、どうして勉強しないの?」

私が話しかけても、城さんは何の反応もなく、ただ黙々と絵を描き続けた。話しかけているのに、どうして無視しているの?!とイラついて、城さんの肩を強引に引っ張った。

城さんの身体がビクッと驚いて、私の顔を見て、頭の上にクエスチョンマークを浮かんだ。

「どうして無視してるの?」

「?」

城さんは頭を傾けた。前方に左手を出して、右手は耳のところにうちわで扇ぐように表現した。

私は初めてこのような表現を見たので、一瞬だと分からなかった。この表現の意味は何だろうと、少しの間を入れて考えた。前方に左手を出しているとは、謝罪の意味を著している。右手は耳のところにうちわで扇ぐようにしているのは…耳が聞こえないということ?

「え?耳が聞こえない?」

あ、言っても城さんは何を言われたのか分からないよね、と理解して、紙に『あなたは耳が聞こえないよね?』と書いて、見せてあげた。耳が聞こえない人に対して、筆談してあげると良いと誰かに聞いたことがあると思い出した。これならわかってくれると思った。だが…

城さんは前方に両手を合掌して、腰を屈めた。

え…文字も読めない?


城さんは耳が聞こえない。さらに文字も読めない。

どうやって情報を得るのか、理解し難かった。耳が聞こえないので、周囲から人の話やニュースなどさまざまな情報が耳の中に入って、自然に言葉を習得することができる。私も聞こえによって幾つかの情報を得て、日本語の話し言葉や書き言葉を養ってきた。

しかし、城さんの場合は、耳が聞こえないので、周囲からの情報を絶っている。話し言葉と書き言葉を習得できなくて、何も分からないまま中学生になってしまった。

耳が聞こえない、文字を読めない条さんにどうやって伝えれば良いか、考えた。

城さんなら理解できるのは…あ、そうだ、城さんはいつも絵を描いてる。

絵ならば伝わることができると思う。

早速、シャーペンを持って、絵を描き始めた。

私は、絵はあんまり得意ではない。美術の評価は1しか貰えなかった。それくらいひどい絵だ。それでも私は伝えたいことがある。絵が酷くても構わない。一生懸命に絵を描いた。

体は棒、顔は丸で人物を描いた。机に座り、紙に絵を描く様子と絵を描く人を見る女性が腕を組んで、頭を傾ける様子を描いた。

想像していた通り、私の絵は壊滅的に下手だった。私が言いたかったのは、「どうしてテストをしないで、絵を描いているの?」だ。改めて自分の絵を見直すと、恥ずかしすぎて顔から火が出た。見ないで!と描いた紙を引っ張ったが、引っ張ることができなかった。

閉じた瞼を開いて、城さんを見ると、既に描き始めた。

漫画のような絵が徐々に出来上がっていく。下に俯いて、集中に絵を描く城さんを見て、ドキッとした。

あれ?私がドキッとした?

城さんは私の隣に居るけど、あんまり話さなかった。休憩時間も授業時間もずっと絵を描いている。話しかける隙が全くないので、話しかけなかった。城さんのことはただオタクかなと思った。私は絵を描くとはオタクかなと思った。改めて私を振り返ると、私はど偏見だった。城さんのことを知ろうとせず、勝手に自分で判断してしまった。恥ずかしい…反省した。

再び描き始めた。

棒人間で、男子が勉強する様子と私が教えてあげる様子を描いた。

『私が勉強を教えてあげる』

城さんに見せてあげると、城さんの表情が明るくなって、こくりと頷いた。

手と手を合わせて、腰を曲げた。

『ありがとう』

私は指差しで感謝する動作を指して、紙に『ありがとう』と書いた。

城さんの顔がキラキラと輝き始めた。城さんも私が書いた『ありがとう』を真似にして書いた。

初めて見て喜ぶ城さんはまるで赤ちゃんのようだ。

可愛くて微笑ましくなりたいけど、ニヤけるところを見られたくない。私は表情筋を緩まないように我慢して、平常心で保った。

毎日放課後、二人だけ残して、私は勉強を教えてあげて、城さんは学んで覚える。

時々、関係ない男子生徒と女子生徒から「お前らは付き合ってんの?」と笑いながら教室から去った。私の顔は赤く染まっている。でも、城さんは耳が聞こえないのでバレずに済んだ。幸いだったけど…本当に私は今のままの関係で良かったのかな?

いやいや、なんで私は卑劣なことを考えているの?

私はただ城さんは馬鹿されるところを見たくないので、勉強を教えてあげようと決めた。

私と城さんは、ただ友達関係だ。

もし私が伝えたら、城さんはどんな反応になるか分からない。私との距離を置くかもしれない。想像するだけで、ズキッと胸が痛くなった。

私は城さんから離れて欲しくないので、私の気持ちを伝えるのをやめた。

一方、城さんは少しずつだけれど、語彙力が伸び始まった。

前までは絵でやり取りしたけど、今は筆談で伝えたいことを伝え合えるようになった。

言葉を教えてあげるだけなく、授業の内容も教えてあげたので、徐々に成績が上がり始まった。

成長する城さんを見て、嬉しく思っているけど、なんだか寂しい。

私だけ置いて、城さんだけ先に進んでいくじゃないか、怖い。

悲しい。寂しい。怖い。

城さんはもう一人だけ頑張れるかなと思って、そろそろ終わりにしよう。

一緒に居るだけで、苦しくなるから。

最後の放課後、いつものように二人だけ残して勉強した。

いつそろそろ終わりにしようと伝えようかなと悩んだ。

その時、城さんは絵を描いた。

何を描いているかな?

気になって覗いてみると、私と城さんは手繋ぎをする絵と周りに大きなハートを描いていた。

「えぇ?」

私の頬の色が赤くなっていく。

視線を絵から城さんの顔に変えると、城さんの顔が真っ赤になっていた。

お互いに顔を見合わせると、さらに恥ずかしくなった。二人とも下に俯いた。

城さんが紙に『返事は?』と書いた。

私は、改めて言葉にするのは恥ずかしいと思った。なんて返事しようかなと迷った。

城さんは絵を描いたので、私も絵を描こうか。下手だけれど、伝えたい。

棒人間の私が棒人間の城さんをハグする絵を描いた。

城さんの頬だけなく、耳までも赤くなった。

再びシャーペンを持ったが、絵ではなかった。文章を書いた。

『本当?』

私はこくりと頷いた。私も書いた。

『勉強を教え始めてからずっとだよ。耳が聞こえなくても関係なく、一生懸命に絵を描く城さん、すごくカッコよかったよ』

お互いが両思いだと分かったけど、何をすれば良いか分からなかった。

とりあえず私の手と城さんの手を重ねて、恋人繋ぎをした。

私は右手で城さんの手を握ったので、左手で書くのは難しい。

城さんは伝わらないと思うけど、伝えたいことは一つだけなので。

深呼吸して

「城さんのこと好きだよ」

教室に響くくらい大きな声で伝えた。

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