第126話 グロリアの涙
「あははははは、お疲れさまでした」
目の前ではサロメさんが苦笑いを浮かべている。
「本当に疲れたのはギルドに入ってからなんですけどね」
「うっ……」
王都から護衛依頼を受けて戻ってきたのがつい先程。道中、他の冒険者との相性も良く、パーティー行動のコツなどを教えてもらったり今後に生かせそうな話を多々聞くことができた。
今日はギルドに顔を出し、冒険者カードを提出した後はのんびり過ごそうと考えていたのだが、ドアを開けたところ、多くの冒険者が殺到してきたため中々受付に辿り着くことができなかった。
「どうして、皆、俺が戻ってくると知っていたんでしょうかね?」
じっとりとした視線をサロメさんへと送る。彼女は両腕をスカートの前で組むと気まずそうに目を逸らした。
「すまない、うちの若い職員が口を滑らせたみたいでな」
そう言うと、サロメさんの代わりにギルドマスターが頭を下げる。話を聞く限り、他のギルド職員が、どうやら俺とサロメさんの通信を聞いていたようだ。
「まあ別にいいですけど、冒険者ギルド経由でなくても俺が武闘大会で優勝したことは記事になっていたみたいだし」
集まってきた冒険者たちはそのことを引き合いに出していたので、姿を見せたらどちらにせよ群がってきたので大差はない。
「サロメさんも気にしないでください。これはお土産です」
「ううう、申し訳ありませんでした」
年上に頭を下げられると気まずいものがあるので、俺は土産に用意した酒を渡しておく。
「ってこれっ! 『チェリーワイン』じゃないですかっ!」
「何だとっ⁉ ティム、俺の分はないのか?」
二人は予想以上のリアクションをするとバッと俺に顔を向けてきた。
「希少モンスターが低確率でドロップするレアアイテムで、貴族ですら滅多に手に入らないワインだ。飲むと爽やかな花の香りが口いっぱいに広がるとか……」
「わ、私がもらったんですからねっ!」
ワイン瓶を抱くと必死にギルドマスターの視線から逃れようとするサロメさん。
まるで愛しの我が子を護るような姿勢なのだが、初対面のウイング氏と同じ態度なので、思い出してはついつい笑いそうになった。
「実は俺のユニークスキルのお蔭で、レアアイテムが出やすくなってましてね。市場に卸すわけにもいかないので、御裾分けです」
ウイング氏とは毎晩のようにこのワインを酌み交わしていたが、良い酒というのは親しい人にも勧めたい。
これまで親身になってくれたサロメさんにはこのくらい贈ってもよいだろう。
「ティムさん、ありがとうございます! 一生ついて行きますよ!」
「酒一本で大げさな……」
感極まった様子を見せるサロメさんに俺は苦笑いを浮かべた。
「それで、更新手続きが終わるまで三日かかるけど、その間はどうする?」
ギルドマスターの問いかけに俺は悩む。色々手続きがあるので三日かかるのは妥当な線ではある。
「一応、仮のギルド証を発行すればダンジョンにも潜れますよ?」
俺がダンジョンに潜りたいと考えていると思ったのか、サロメさんが気を利かせて提案をしてきた。
少し考える。ガーネットやフローネには危険域まで行かないようにしながらダンジョンに潜ることを許可している。
であるなら、俺も少しくらいは潜って戦闘経験を積むべきだろうが……。
「いえ、止めときます」
今の俺は注目を集めすぎている。ここのダンジョンのモンスターは五層まで既に攻略済みだ。わざわざ潜らなくても良いだろう。
「取り敢えず、適当にぶらぶらする予定なんで、後のことはお願いしますね」
「解りました。お任せください」
サロメさんはワイン瓶を抱きながら満面の笑みを浮かべて返事をした。
「さて、飯にでも行くとするか……」
護衛依頼で戻ってきたのが昼前で、冒険者ギルドで色々やっていたせいで昼時を完全に外してしまっている。
ギルドを出た俺は、美味しそうな匂いが薄まりつつある繁華街を歩いていた。
「ん?」
ふと、何かが引っ掛かり『索敵』のスキルを使う。すると、後ろに青い点が二つあり、一定距離を保って俺についてきた。
最近気付いたのだが、この青い点の輝きにも意味がある。濃い色の方がより親しいと思ってくれている相手らしく、ガーネットはもの凄く青く、フローネは水色に近い。
後ろからつけてくる二人は、片方はガーネットにも劣らぬ青い点で、もう一つもそれに近い色をしていた。
俺は少し足を速めて進むと、曲がり角に入る。そしてそこにあった荷物箱の陰に身を隠した。
「あれっ? どうして……」
「うそっ! 見失ったの?」
つけてきた二人の正体が判明する。グロリアとマロンだった。
「よっ、二人とも。久しぶりだな」
おろおろと狼狽えている二人に後ろから声を掛ける。
「ティム君⁉」
「ティム⁉」
「後ろをつけるのはあまり良くないぞ」
「うっ、ごめん。なんて声掛けるか悩んでるうちにティムがどんどん進んでいっちゃうからさ……」
「別に、普通に声かけてくれればいいのに……」
そう言えばと、ふと思い出した。この二人は、俺が危篤という偽情報を得たとき他の冒険者と違い、俺を助けるために行動してくれたのだという。
「二人ともありがとうな。俺が死にそうだという話を聞いて、ダンジョンに挑み続けたんだろ?」
事情を話すわけにはいかなかったので仕方ないが、彼女たちが必死に行動してくれたのはサロメさんより聞き及んでいる。
サロメさんからはそれはもう何度も「御礼を言ってください」と念押しされた程だ。
それくらいこの二人は必死になってくれていたので、俺も罪悪感を覚えている。
「べ、別に……。あんたのためだけじゃないけどね。私たちも冒険者としてやり直してるから鍛える必要があったし、たまたま目的が一致したってのも……」
マロンらしからぬ態度。彼女は杖を両手で持つと恥ずかしそうにもじもじとしていた。
「その辺の苦労話は置いておいて、これから飯を食いに行こうと考えてたんだけど一緒しないか? 積もる話もあるだろうし」
いつまでもこんな路地裏で立ち話もなんだ。俺は彼女たちを飯に誘う。
「私はいいけど、グロリア。あんたもそろそろ何か話しなさいっ! ひっぱたくんじゃなかったの?」
「まあ、仕方ないか」
ふらふらとグロリアが近付いてくる。俯いており、路地裏が暗いので表情までは解らないが、彼女にはそれをする資格がある。
俺が覚悟を決めていると、
「ティム……君?」
ふわりと風が吹き、良い香りが鼻腔をくすぐる。グロリアの顔が間近に見えるのだが、彼女は目に涙を一杯溜めていた。
「ティム君! 本当に生きてて良かったよぉ~~!」
不意に抱き着かれる。胸元がグロリアの涙で濡れ冷たくなり、腹部にかけて柔らかいものが押し付けられる。俺は、グロリアの行動に驚き、身体が熱を持ち始めた。
「ま、マロン何とかしてくれないか?」
まさか泣かれると思っていなかったので、どうしてよいかわからない。
「それがお詫び代わりなんだから、諦めなさいよ」
「ヒックッ! ヒックッ!」
目の前にはグロリアの頭がある。俺は幼子を慰めるように彼女の頭を撫で続けるのだった……。
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