第102話 フローネの酒場

「ここが、フローネの働いていたという酒場か?」


 冒険を終え、一度パセラ伯爵家に戻った俺は、晩飯を食べた後に屋敷から外出した。


 なぜこの店を訪れたのかと言うと、フローネに関する情報を得ておくためだ。


「いらっしゃい、席なら空いてますよ」


 中に入ると、従業員の女性が声を掛けてくる。


 店内を見渡すと、まばらに客が座っていて、カウンター奥のキッチンには料理人が一人だけいるのが見える。


 晩飯時を過ぎたからなのか、それほど繁盛していないようだ。


「この酒を一杯、あとツマミはこれとこれを頼む」


 カウンターに座ると、適当な料理を注文する。


「はーい。ちょっとお待ちくださいね」


 従業員が奥の料理人に声を掛けると、けだるそうな顔をしながら冷蔵庫から食材を取り出した。


 すぐに酒が運ばれてきて口を付ける。

 毎晩パセラ伯爵と酒を呑んでいたせいか舌が肥えてしまったよで、物足りなさを感じる。


 特にすることもないので、周囲の会話に聞き耳を立てつつ、料理人が俺の注文した品を作るのを見ているのだが、包丁を扱う音のリズムが悪く、要領も良くない。


 他の客の話題は、最近王都で流行っている金儲けの話らしく、片方がもう一人に話を持ち掛けている最中だった。


 しばらくして、料理が完成したのか従業員が運んできた。


「お待たせしました」


 従業員が皿を運んできて料理名を読み上げると、目の前に置いていく。


 盛り付けの仕方が適当で見た目も悪く、あまり美味しそうには見えなかった。


「お客さんは、冒険者ですか?」


 料理を運び終えたのに、従業員はその場に留まり、俺に質問をしてきた。


「ええ、まあ……」


「ずっと王都で冒険者活動をしているんですか?」


「いや、依頼で来ただけで、普段は地元の街でダンジョンに潜っている」


 話を繋ぐためなのか、さらに街の名前を聞かれたので答えておく。


 だが、彼女は街の名前を聞いてもピンとこないのか首を傾げた。

 王都の人間にとっては、王都内の地区名を覚えるのすら大変なのだろう。


 外のことはあまりよくわからないらしい。


 俺はツマミを口に入れると眉根を寄せる。海鮮系の具をソースで炒めたものなのだが、具は半生でソースの混ぜ合わせも不均一で美味しくなかった。


「それ、美味しくないですよね?」


 従業員がポツリと呟く。あまりにも正直な態度に驚くが、開き直っていそうな節があった。


 店が暇な理由が良くわかる。この料理を食わされるのなら他の店に行った方がましだと他の客も思ったのだろう。


「元々はこんなんじゃなかったんですけど、料理人が一人辞めちゃって、評判がガタ落ちになったんですよ」


 それはおそらくフローネのことだろう。自ら話題を振らずに話を引き出せた幸運に、俺は乗っておくことにした。


「その料理人は、どうして辞めてしまったんだ?」


 俺は慎重に目の前の女性から情報を引き出す。


「それが、ある日突然来なくなって……。店長に聞いたら彼女から『都合により辞めさせていただきます』と一方的に告げられたとか……。私、それなりに仲良くしているつもりだったからショックで……」


 女性は溜息を吐く。


「もしかして借金とかじゃないか? 王都には高いブランド品なんかが一杯あるだろ? それを買い漁っている内に返済しきれなくなったとか?」


「ありえませんよ、だってあの子。化粧の一つもしなければ、休みの日はアパートで料理の勉強しているくらいですから。あの子の料理って本当に美味しくて、この店もその評判でもっていたくらいなんです」


 聞きたい情報が聞けて、俺はほくそ笑む。

 やはり、フローネの借金の裏には何かありそうだ。


「話し相手になってくれてありがとう。もう行くよ」


 俺はカウンターにお金を置くと立ち上がった。


「あなたみたいな冒険者ならいつでも歓迎しますよ」


 そう言って、抱き着いてきた。おそらくリップサービスなのだろうが、この店の閑散具合を見ると少しでもリピート率を上げたいのだろうな。


 俺が店を出ようとすると、


「へへへ、今日も稼げたからな。呑むぞ」


 冒険者の男が二人入ってきた。

 奴らは俺を一瞥すると、店内へと入っていく。


「あら、またいらっしゃったんですね」


 先程の従業員も冒険者に愛想を振りまいている。


「今日も豪勢に行くからよ。酒を持ってこい」


「最近、はぶりがいいですね」


「まあな、新しい武器も調達したし、これから俺たちは有名になるぜぇ」


 確かに腰に下げている武器は中々のようだ。


 俺は、やつらが従業員に自慢話をしているのを尻目に立ち去った。





「あれ? ティムさん出掛けられていたのですか?」


 屋敷に戻ると、廊下でガーネットとばったり遭遇する。


 ちょうど風呂上りなのか、薄い寝間着姿をしていた。


「ああ、ちょっと外に呑みに出掛けていたんだ」


 俺がそう答えると、彼女は近付いてきてスンスンと鼻を鳴らした。


「本当です、お酒の匂い……後、香水の匂いもしますね?」


 そう言って、チラリと俺を見る。


「明日も狩りなので私は先に休ませていただきますけど、あまり飲み過ぎない方が良いですよ?」


 そう告げて立ち去った。


 機嫌がよさそうな素振りを見せるガーネットだが、俺の勘が告げている。


 彼女が少し怒っていると……。

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