第101話 『精霊石』
「『オーラブレード』」
ガーネットが剣を叩きつけると、目の前のアースエレメントが崩れ落ちていく。
今の衝撃で核が壊れたのだろう。
彼女はモンスタードロップの『精霊石の欠片』を拾い上げると、俺に近付いていき声を掛けた。
「大分慣れてきみたいだな」
ガーネットは精霊石の欠片をポーチへと仕舞う。
「ええ、アースエレメントは剣を叩きつければ倒せるので楽です」
実際の評価では、アースエレメントの岩肌は硬く、並の戦士では倒すことができないと言われている。
彼女がたやすくそれを成し遂げられるのは、剣聖のスキルを組み合わせた物理攻撃力のお蔭だ。
今のところ、ウインドエレメントが出た場合は俺が魔法で対処して、
アースエレメントはガーネットが剣でねじ伏せる。
ファイアエレメントとウォーターエレメントは二人で連携して倒すという、役割分担を決めている。
そのお蔭で、大分この精霊回廊での立ち回りにも慣れてきたのだが……。
「それにしても『索敵』が使えないのは痛い」
地図表示のお蔭でマッピングができているため、移動は楽なのだが、敵がどこにいるかは教えてくれないので、狩りの効率が著しく落ちるのだ。
「まあでも、それが普通なのですけど……」
ガーネットが苦笑いを浮かべている。
「これで倒したエレメントが16匹、いまだに精霊石は出ない、か……」
俺のスキルが効果を発揮しているのなら『指定スキル効果倍』『アイテムドロップ率増加レベル5』の効果によりドロップボックスが出る確率は11%になっているはず。
「もしかして、運が足りないのではないでしょうか?」
「その可能性もあるが、そもそも倒した数が少ないからな……」
半日動き回って遭遇できたのが16匹だけ。まだ判断をくだすにははやい。
「あの……本当に、このままここで狩りをしていて良いのでしょうか?」
ガーネットの疑問に、俺は不安を押し殺すと、
「とにかく、今日一日はここで狩りをしてみよう。駄目だったらまた考えればいい」
「……はい」
無理やりガーネットを納得させると、俺たちは狩りへと戻るのだった。
「『アイスアロー』」
「『オーラブレード』」
ファイアエレメントが凍りつき、砕け散る。
「はっ?」
「えっ?」
崩れ落ちた氷が地面に吸い込まれると、そこには……。
「出ましたね?」
「出たな?」
俺とガーネットはお互いに顔を合わせると、どちらも驚いた表情を浮かべている。
青白い光が通過し続けるツルツルとした床に、小箱ほどのサイズのドロップボックスが落ちていたからだ。
「ここまで倒したエレメントが50匹、ぎりぎりだったな……」
粘ってはいたが、今までの確率をとっくに超えていたので、半ばあきらめのムードが漂っていたところだった。
噂に聞く精霊石は超希少レアアイテム。これまでの確率にマイナス補正が働いているか、そもそもスキル効果が及んでいない可能性もあった。
「いずれにせよ、運のせいではないということがはっきりしたな」
ガーネットが小箱を開け、精霊石を掲げているのが目に映る。
「これで、明日からもここで狩りをすることができる」
欲しかった結果を、初日に得ることができた俺は、ほっと息を吐くと、嬉しそうに精霊石を見つめるガーネットに合流するのだった。
★
ベッドと机のみが置かれた部屋に私は閉じ込められています。
ここは奴隷館の中でも高級奴隷に与えられた部屋で、私は二週間前にここに連れてこられました。
通常、奴隷はまとめて牢に入れられ、顧客が来た際に見せて売買契約を結ぶはずなのですが、私はなぜかオークションにかけられることになりました。
オークションには貴族や商人などの金持ちが足を運び、競り合って奴隷を落札します。
私をここまで案内した奴隷館の人は「オークションまでの間は身綺麗にして、価値を落とさないよう努めるように」と言い含めて行きました
。
毎日、ちゃんとした食事が用意され、湯も着替えも新しいものが差し入れられます。
私は日々それらを受け取ると、言われた通り清潔を心掛けました。
「私は……どのような方に買われるのでしょうか?」
これも噂に聞きましたが、オークションに掛けられるような奴隷はその金額や納税額の多さから大切に扱われることが多いようです。
なので、おそらくそう悪い結果にはならないと思うのですが……。
不安が襲い掛かり胸が痛みました。私は右で胸を掴むともう一つの噂を思い出しました。
貴族や商人などは、見目麗しい女性を囲うため奴隷を購入するとか。
この国での性交渉は当人の同意がなければ犯罪になりますが、奴隷の身分では跳ねのけることはほとんど不可能です。
私は望まぬ相手に抱かれる恐怖に振るえました。
「どうして、このようなことになってしまったのでしょうか?」
これまでも、大好きな料理を作り、御客様に「美味しい」と言ってもらうことに喜びを覚えていました。
私の天職はこれだと疑うことなく、勤めていたところ……。
私の出した料理に問題があったのか、不調を訴える人たちが現れたのです。
彼らは、私とともに乗合馬車の商会に雇われている冒険者で、不調のせいでモンスター相手に大怪我を負ってしまいました。
その時に、使用したのが『エクスポーション』です。
彼らは、私が作った料理しか口にしていないと主張し、怪我の原因が私にあると責め立てました。
私はとんでもないことをしてしまったと青ざめ、弁明することもできず、事態の成り行きを見守っていると、気が付けばすべての罪を背負わされ、借金を負っていました。
エクスポーション二本分の支払が金貨で100枚。冒険者ならいざ知らず、日々慎ましく暮らしている私にとっては天に手を伸ばしても到底稼げる金額ではございません。
結局、支払期日を超えてもお金を用意できなかった私は、奴隷館へと連れてこられたのです。
「私のこれまでの人生はなんだったのでしょうか?」
ベッドに横たわるとポツリと呟きます。
料理が好きで、それを仕事にしてきて、その料理のせいで冒険者の方に怪我を負わせて、借金を背負い奴隷となる。
「せめて、良い方に買っていただけるように祈るしかできません」
目を閉じると、悪い想像を振り払うように心を無にするのでした。
★
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