第96話 二人が出した結末
「うっ……ぐすっ……うぇっ」
両手の甲で次々に溢れる涙をガーネットが拭っている。
今しがた、俺はエクスポーションを彼女へと返却し、彼女との関係を清算したばかりだ。
正直、彼女と過ごす時間は楽しく、ずっとこの関係が続けばよいと考えていた。
だが、彼女はあくまで俺に冒険者の指導を頼んでいただけで、自らの意志で俺とパーティーを組んでいたわけではない。
これまで、ガーネットは俺を呼ぶときに名前の後ろに「先輩」とつけて関係を強調していた。
あくまで自分たちは冒険者の先輩と後輩という関係。
彼女にそう呼ばれるたび、俺はそのことを強く意識していた。
だけど、そんな曖昧な関係をずっと続けるわけにはいかない。俺には俺の、彼女には彼女の冒険者としての道があるからだ。
「うっ……ぐすっ、ティムせん……ぱい。今までありがとうござい……ました」
これまでのことを思い出しているのだろう。ここまで涙を流しながら感謝の言葉を口にする彼女を見て胸が暖かくなってきた。
そして、あの時。彼女を一人前の冒険者にしてやる、とサロメさんに啖呵を切った自分が間違っていなかったと確信した。
「俺だって、ガーネットがいたから自分を見つめ直すことができた。君と知り合うまでの俺は、他人と関わり合うのをおそれていたんだ。だけど、強くなろうとひたむきになっている君を見ているうちに負けてられないなと考えるようになった」
俺と彼女は境遇が似ている。どちらも自分のままならない状況を知りつつ、それでも冒険者をあきらめることができなかった。
「俺の人生の中で、君との出会いは間違いなく最高のものだったと断言できるよ」
「うぇ、ティム……せ……んぱい。私も……ティム先輩と出会えてよかったです」
テーブル越しに腕を伸ばすと彼女の頭を撫でる。
こうして泣いている彼女は、モンスターを一撃で斬り伏せられるとは思えない程儚げな普通の少女のようだ。
「今の君なら大丈夫だ。例えどこの冒険者パーティーに入っても上手くやっていける」
かつての弱かった、彼女はもういないのだと俺は言い聞かせる。
「だから泣くのは止めてくれ」
「はい、ティム先輩」
彼女は俺の最後の頼みを聞いてくれたのか、涙を拭くと正面を向いた。
「……ガーネットさん」
「はい、ティム……さん」
彼女の名前を改めて呼ぶと、彼女も俺の名前を呼び返した。
「今までありがとうございました」
丁寧な御辞儀をする彼女。
俺は緊張で手が震えるのを押さえつけながら手を差し出し握手を求める。
彼女の手は涙に濡れ、冷えていたが、俺はそんな彼女の手を握ると深呼吸をして言った。
「ガーネットさん。改めて俺とパーティーを組んでいただけないでしょうか?」
「はい?」
ガーネットは愕然とすると俺を見た。
「……あの、ティムさん? よく聞こえなかったので、もう一度言ってもらえないでしょうか?」
勇気を振り絞って言ったのだが、どうやらちゃんと聞こえなかったらしい。俺はなけなしの勇気をふたたび振り絞った。
「俺はこれからもガーネットと冒険を続けて行きたい。だから、パーティーを組んで欲しい」
改めて言葉にすると恥ずかしい。そればかりか緊張で手が震えてくる。
これまでは、依頼であったことと、エクスポーション弁済などの理由があったから当然のように行動をともにしてきた。
だが、彼女を一人前の冒険者にするという依頼を終え、最後の理由となっていたエクスポーションを返還した以上、ガーネットは俺と一緒にいる必要がない。
「……あの、ティムさん? どうして今の流れでそうなるのでしょうか?」
彼女の身体が震えている。やはり俺と組むのは嫌なのだろうか?
「ティムさん、おっしゃりましたよね? 『この関係を終わらせるべきだ』と」
「ああ、このまま上下関係を続けて行くことはできないと思ったからな」
「ティムさん、おっしゃりましたよね? 私なら他の冒険者パーティーに入っても上手くやっていけるって」
「ああ、ガーネットは自信が足りないことがあるから一言言っておくべきだと思った」
「一度パーティーを解散しておきながら、私と組みたいから改めてパーティーを申請したと?」
「その通りだな」
彼女は顔を真っ赤にして俺を睨み付ける。
「言い方が紛らわしいんですよっ!!! 馬鹿ぁぁぁぁっ!!!」
初めて本気で睨み付けられ、初めて怒鳴られた。
ガーネットは大声を出したからか息を切らせて呼吸を整えている。
「悪かった、やっぱり図々しい頼みだったよな…………」
一時的にパーティーを組んだからといっても彼女にも選ぶ権利がある。俺は胸の中が空くような感覚を覚えていると…………。
「私だって、ずっとティムさんと……あなた様と一緒にいたいと思っていました!」
ところが、次に彼女が言葉にしたのは俺の考えとは真逆の言葉だった。
「……と言うことは?」
喉をゴクリとならすと続きを促す。
「私がパーティーを組むのはティムさんだけです。他のパーティーなんて絶対に嫌ですから」
ガーネットから熱烈な想いを伝えられ、俺は胸が熱くなるのだった。
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