第91話 ガーネットと打ち合わせ

「さて、次の目標を決めるか」


「はい、ティム先輩」


 屋敷の誰もが寝静まったころ、ガーネットは俺の部屋を訪ねてくる。落ち着いた状況でステータスを振り分けたり、次の職業を決めるためだ。


 彼女はフリルが付いた可愛らしい薄手の寝間着を身に着け、ガウンを羽織っている。


 髪がしっとりと濡れていて、花のよい香りが漂ってくる。風呂上りなのか、頬が火照って赤らんでいた。


「今日もお父様にお付き合いいただきありがとうございます。あんなに楽しそうなお父様を見るのは珍しいです。ティム先輩のこと、随分と気に入られているみたいですね」


「そうなのか?」


 パセラ伯爵は、初対面のころの態度が嘘のように上機嫌で、チェリーワインをグラスに注いでは、俺と一緒に飲んでいる。


 おそらく、俺とガーネットが狩りをする限り安定して『チェリーワイン』が供給されるのが嬉しいのだろう。


 実際、サクラの香りと酸味が聞いた甘いワインは口当たりが良く、ついつい飲みすぎてしまう気持ちも理解できなくはない。


「とりあえず、今のペースで狩りを続けるなら、ガーネットの『見習い冒険者』レベル30まで後数日って感じだな」


 冒険者を続けられるようになったので、時間に余裕が生まれた。


 そのこともあってか、俺はガーネットにまず『指定スキル効果倍』を取得させるようにしたのだ。


 このスキルさえあれば、ステータスポイントもスキルポイントも普段の取得より増やすことができる。戦闘に関しても『指定スキル効果倍』の効果対象に『オーラ』を指定した場合、得られるスキル効果が高まり、俺をはるかにしのぐ前衛となるだろう。


「そう言えば、今日は植物系モンスターダンジョンでしたが、水棲系モンスターダンジョンの方には行かれないのでしょうか?」


 明日以降も植物系モンスターダンジョンに籠る話をしていると、ガーネットがそのような疑問を口にした。


 ジュエルスライムから『スターアクアマリン』を出して以降、俺は意図的に水棲系モンスターダンジョンを避けてきた。


 その理由とは……。


 前のめりになった彼女の寝間着の隙間から胸の谷間が見え、あと少し前かがみになると危険なものが露出しそうになっている。


 彼女は不思議そうに顔で俺をじっと見てくる。こうして夜中に二人きりになることもそうだが、ガーネットは気を許した相手に対して無防備すぎるのだ。


 そんな彼女と水棲系モンスターダンジョンにいると他の人間の視線が彼女に釘付けになるのだ。


 水棲系モンスターダンジョンには水場が多く、戦闘をすればどうしても衣服が濡れて肌に貼り付くからだ。


 俺としても、なるべく見ないようにはしているのだが、彼女が前衛で俺が後衛を受け持つ以上、サポートをするためにどうしてもある程度動きを見る必要がある。


 もしそんな目で見てしまっていると知ったら、彼女も気まずい思いをして即パーティーを解散するだろう。


 そういった複雑な事情もあり、今のところ植物系モンスターダンジョンに籠っていた。


「……パセラ伯爵が飲むワインの補充があるからな」


 本当の理由を言うわけにもいかず、俺は咄嗟にそう答える。


「お父様の我がままのせいなのですね。ティム先輩、お嫌でしたら私の方からやんわりと伝えておきますので、おっしゃってくださいね」


「いや、俺も楽しく飲ませてもらっているからさ」


 特にそれほど嫌というわけではない。


「それより、今の職業をレベル30まで上げたら次は何の職業にする?」


 話題を今後の計画へと戻す。


「そうですね、話に聞いた感じでは商人の『スキル鑑定』はティム先輩が持っているので被らせる必要がない、そうすると戦士か斥候……いえ、僧侶とかいかがでしょうか?」


「僧侶? それはどうして?」


 意外な職業を選ぼうとするガーネットに俺は首を傾げる。


「私が前衛に必要なステータスを上げる、という基本的な考えは変える必要ありません。ですが、ティム先輩の『ステータス操作』を解明するためにはまだ上げたことのない職業を上げてみるべきではないかと思うのです」


 彼女の言葉に俺は頷く。


「前衛職を目指す私にとって一見寄り道かと思いますが、得たステータスポイントとスキルポイントで強化するのが前衛向きの項目やスキルであるなら無駄になることはありませんので」


「確かにそうだな、今の俺たちなら十分に戦えているわけだし」


 ガーネットが成長し、肩を並べて戦うようになってからは随分と楽になったと思う。

 最悪、現状のステータスを維持したとしても各ダンジョンの四層までなら探索可能だろう。


「わかった、次の職業は僧侶にしよう」


 俺が納得してそう答えると打ち合わせが終了する。


 ガーネットは自分の部屋に戻る気配がなくじっと俺を見ている。その潤んだ瞳を見ていると心臓が高鳴り、


「あー、俺そろそろ眠くなってきたかも」


 俺は欠伸をしてみせた。


「夜分遅くに失礼いたしました。それでは、ティム先輩。ゆっくりお休みください」


 彼女はそう答えると部屋から出て行く。


「一体、何だったんだ?」


 ガーネットが帰った後も彼女の視線の意味が気になり、俺はなかなか寝付けなくなるのだった。

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