第87話 暗殺者の正体は……
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「くそっ! あの野郎、調子に乗りやがって!」
スラム街に存在する、もう使われていない古びた倉庫の中でニコルは叫び声を上げていた。
「にしても旦那、流石に失禁はないっす。俺たちもあれには引きましたよ」
周囲には暗い雰囲気を纏った人間がいて、含み笑いを浮かべている。彼らは盗賊ギルドの人間で、現在はニコルに雇われている最中だ。
彼は声を掛けてきた男を睨みつけると、思考を先日へと戻す。
先日、闘技大会の決勝戦で、ニコルはティムと戦った。
その際に失態を犯し、今まで築き上げてきた地位を失ってしまったのだ。
「あいつは初めてあった時から気に入らなかったんだ」
ニコルは剣を抜くと、目の前にあったテーブルへと振り下ろす。
「私にあのような恥を掻かせやがって……」
元々、ニコルが王都で冒険者として成り上がったのは、意中の相手であるサロメを振り向かせるためだった。
パーティーが解散する際にプロポーズをしたのだが、受け入れてもらえず。
誰の目から見ても魅力的な男になれば振り向いてくれると考えた。それを実現させようと思い、単身王都へと向かったのだ。
ところが、王都で成果を上げて戻った彼が見たのは、彼女がたかだがDランク冒険者の専属サポートをしている姿。
最初は自分の気を引くための作戦か何かだと考えていたが、彼女がティムに向ける視線には暖かさがあった。
気になったニコルは、盗賊ギルドに調査を依頼し、ティムと言う人物を徹底的に調べさせた。
結果、彼はギルドが期待する新鋭で、ゆくゆくは冒険者ギルドのエースになると目されていたことを知る。
今はまだサロメが好意を抱いていないようだが、ティムが地位を得たらわからない。彼もサロメに言い寄るかもしれない。
そう考えたニコルは、釘を刺すため、ダンジョンで待ち伏せをして警告をした。
ところが、ティムはその警告をはっきりと拒絶。気が付けばニコルは怒り狂うとティムに襲い掛かっていた。
その後、ティムが意識不明の重体となったので安心していたのだが、何故か王都の闘技大会に現れ、自分の前に立ちはだかった。
後は皆が知る通りだ……。
「おまえっ! 間違いなく急所を刺したのではなかったのかっ!」
警告する際、人払いを指示した盗賊ギルドの男をニコルは怒鳴りつける。
ティムの予想外の反抗に苦戦していたところで男がティムを刺した。これまで何人ものターゲットを暗殺している手練れと言うので信じていたのだが……。
「いや、あれは普通死にますって……。エクスポーションでも治せない傷だったんすから」
男の見立ては正しい。ティムが咄嗟に『深く眠る』スキルを取得していなければ今頃生きてはいないだろう。
「とにかくっ! こうなったら手段は選ばない! 金はいくらでもだすっ! やつを殺せっ!」
周囲の気配が変わったところで、
「頭領!」
盗賊の一人がかけこんで来た。
「何だこんな時に……」
話を遮られたニコルは不機嫌そうな顔をすると、
「こんなところで奇遇ですね」
盗賊に囲まれてティムが入ってきた。
「お、お前っ!」
ティムの顔を見るなり怒鳴りつけるニコル。
「怒鳴らないでくださいよ、話をしにきただけなんですから」
「話し……だと?」
どうしてこの場所がわかったのか、自然と警戒心が高まる。
「ニコルさんの目的は、俺をサロメさんから手を引かせるというものでしょう?」
確かに当初の目的はその通りだった……。
「なら専属サポートを他の受付の人に変えてもらいます。それで手打ちにしませんか?」
「どういうことだ?」
何故いまさらそんな提案をするのか?
「今回のことは誤解なんですよ。俺は別件で受けていた依頼に対して『手を引け』と言われていると思ったもので、その件が片付いて改めて状況を整理しなおしたんです」
「良かったじゃないっすか、これで旦那の目的も達成っすね」
頭領もそう口添えをする。
「ふざけるなっ! 大舞台であんな恥を掻かせておいてこれで終わりだと?」
ニコルが犯した失態の噂は間違いなくサロメの耳に入っているはず。いまごろそんな提案をされたところで手遅れなのだ。
ニコルが腸を煮えくり返し、どうすれば目の前の男の表情を歪めることができるか考えていると……。
「頭領……」
「どうした?」
困惑した表情を浮かべた盗賊の男が一人の少女を連れてきた。
「路地裏に潜んでいた女を捕まえました」
「ガーネット!? どうして……」
高級な衣装を身に着けた、思わず見惚れずにはいられない美しい姿に、おもわず情欲が湧きおこる。
「ティム先輩、申し訳ありません……捕まってしまいました」
その言葉でニコルは状況を把握する。元々話し合いと言ってはいたが、ティムとて完全にそれを信じたわけではない。
争いが起こった際、助けを呼べるように外に人を待機させていたのだと気付いた。
「その娘は……パセラ伯爵家の三女。これまた扱いに困るっすね」
Dランク冒険者が失踪したくらいならそこまで調査の手は伸びない。盗賊ギルドでどうにでももみ消すことが可能だ。
だが、貴族令嬢ともなれば違う。誘拐でもされようものなら兵士たちが徹底的に調べ上げる。
国が介入してくると、これまで受けた後ろ暗い仕事にも調査の手が回るので、どう扱うかで頭領は頭を悩ませた。ところが……。
「そう言えば聞いていたな。お前は才能がまったくない貴族の女の面倒を見ていると。よし、そいつをここへ連れてこい」
目を血走らせたニコル。盗賊は悩みつつもガーネットをニコルの前へと連行した。
「……どうするつもりっすか?」
目の前には怯えるガーネット、その先には焦りを浮かべるティム。
頭領が眉根をひそめ聞いてくると、ニコルは嗜虐的な笑みを浮かべこういった。
「やつの目の前でこいつを犯して廻してやる」
「やっ、止めろっ!」
ティムの叫び声が聞こえる。ニコルはガーネットに手を伸ばし、どのような悲痛な悲鳴を上げるのか楽しみにしていると……。
「この場の全員、伯爵令嬢誘拐の現行犯で逮捕する!」
いつの間にか、倉庫の周囲を多くの兵士が囲んでいた。
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