第60話 ティム危篤
★
「ティム! しっかりしろっ!」
「いやああああああ、目を開けてくださいっ! ティムさんっ!」
ユーゴの怒鳴り声と、オリーブの叫び声がダンジョンに木霊する。
「オリーブ! 早く治癒魔法を掛けてっ!」
「もうやっていますっ!」
さきほどから連続で『ハイヒーリング』を掛けている。だが、ティムは急所を刺されており、今も血がぼたぼたと流れている。
「『ハイヒーリング』じゃだめだ、治癒ギルドへ行かないと!」
リベロがダンジョンの出口へと先行する。現れるモンスターを短剣で斬り捨て道をひらく。
ユーゴがティムを背負い、どうにかダンジョンの外へとでた。
「これは!? 大切な臓器が傷ついていて手の施しようがありませんっ!」
「そんなばかなっ、それを何とかするのが治癒ギルドだろうがっ!」
治癒士に対してユーゴは食って掛かる。
「そうは言われましても……今こうして生きているのが不思議なくらいなんですよっ!」
ティムの顔は土気色に変わり、わずかな呼吸で胸が上下している。
本来ならとっくにくたばっていてもおかしくないのだが、ギリギリのところで命を繋いでいた。
「お願いしますっ! ティムさんを助けてくださいっ! 私にできることならなんでもしますからっ!」
オリーブは目に涙を浮かべながら治癒士へと縋り付く。
「ティム先輩っ!」
そこにガーネットが飛び込んでくる。後ろにはサロメもおり、連絡を受けて駆け付けてきたようだ。
全力で走ってきたのか汗を掻き息を切らしていた。彼女は治癒ギルドを見渡すと、診察台に横たわっているティムを発見した。
「ティムさんは……もう……」
『助からない』
オリーブはそう告げようとして言葉を飲み込む。
もし言葉にしてしまえば、その瞬間ティムが死んでしまいそうな気がしたからだ。
「ティム先輩は死にませんっ!」
ガーネットはティムに近寄ると懐から瓶を取り出した。
「それは……エクスポーション!?」
ダンジョンの深い層でごくまれにドロップされるアイテムだ。
ポーションやハイポーションでは治せない、骨折などの怪我を治すことができる治療薬。
滅多に出ないため、価値は金貨50枚や100枚、それ以上の値がつけられることもある。
「エクスポーションでも瀕死の彼には……」
治癒士は首を横にふる。
たとえ傷が塞がったとしても、血が流れ過ぎている。ティムの体力がそこまで持つことはないだろう。
「私は、ティム先輩に死んでほしくないのです。さあ、ティム先輩。飲んで下さい」
蓋をあけ、口元にエクスポーションを持って行く。
「だめです、ティムさんにはもうそれを飲む力も残ってません」
だが、口を開くことはなく、オリーブが絶望の表情を浮かべた。
――カシャン――
エクスポーションが入っていた瓶が地面に落ち割れた。
「んっ、ふっ」
液体が流れる音がする。
ガーネットはエクスポーションを口に含むとティムに口づけをした。
彼女がティムに口移しでエクスポーションを飲ませ終えると、
「傷口は塞がりました。あとは患者の体力が持つかどうかですが……奇跡でも起こらない限りは……」
これまで多くの怪我人を見てきた治癒士は言葉を濁す。それほどに絶望的な状況なのだと誰もが理解してしまった。
ところが、ガーネットはティムの手を取る。
「ティム先輩、目を覚ましてください……。また来週って言ったじゃないですか……」
ガーネットは細い声を出すと震える。その姿はティムの生還を願ってはいるが、ティムが死ぬかもしれない恐怖に怯えていた。
「ユーゴ、しばらく休みをもらえませんか?」
「ん? どうするつもりだ?」
オリーブは決意を込めた目でユーゴを見ると……。
「ティムさんが目覚めるまで私が看病したいんです」
そう答えるとオリーブはガーネットの肩に手を置く。二人はお互いに頷くと、ティムが目覚めるまでの間交代で看病をすることを決めた。
「それで、状況を教えてもらえますか?」
サロメが目で訴えかけるとユーゴと一緒にその場から離れた。
ティムの傍らにはオリーブとガーネットがいるので、これ以上は治癒士の邪魔になるだけだろう。
「状況も何も、俺たちが遅くまで五層で狩りをして戻ってきたら一層の出口の前でティムが倒れていたんだ。何事かと思って駆け寄ってみると、その場から二人の人間が慌てて立ち去っていった」
「それは冒険者ですか? どのような顔をしていたかわかりますか?」
「いや、薄暗かったし、ぼやけて見えたからな。もう一人は仮面をかぶっていたし」
「認識阻害の魔道具ですね。そうなると犯人の特定は難しい……」
サロメは爪を噛むと悔しそうに虚空を睨みつけた。
「そう思ってミナとリベロにダンジョンの入り口を見張らせている。奴らは出口ではなくてダンジョン内に逃げて行ったからな」
「そうですか、では冒険者ギルドからも人をだしてダンジョン内を探すことにしましょう」
ユーゴの説明を聞いたサロメはこれまで見たことのない程冷たい目をするとそう言った。
「ユーゴさん、協力して頂けませんか?」
その言葉にユーゴは頷く。
「当たり前だっ! ティムをあんな目に合わせた奴に報いを受けさせてやるっ!」
そう言うと、サロメとユーゴはそれぞれ走り出す。ティムをこんな目に合わせた犯人を突き止めるために。
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